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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第三話 腐臭
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3-3 似たような事例があった

「夏岡十里。成る程きさまか」


 二日後にやって来たのは小柄な少年だった。いや、少年の姿をしたいやらしいストーカーのシリアルキラーだ。夜の学校に立つ彼の手首に埋め込まれた残刑カウンターが鈍い光を放っていた。


「キコカちゃんが手こずっているというからボクが手伝いに来てあげたよ。嬉しい?」


「ああ、嬉しくって涙がちょちょ切れちゃうね」


 なれなれしく歩み寄って来ると肩に手までまわしてくるものだから、素早く、そしてぞんざいに手を振った。ひゅん、と得物の刃先が風を切る。だが手応えはまるで無かった。


 ち、避けたか。その腕を切り落としてやるつもりだったのに。


 ヤツの死角から抜いたはずのなたはあっさりとかわされてしまい、空振った得物はそのまま素直に腰の鞘に戻した。


「やだなぁ、そんな冷たくしなくてもいいじゃないか。同業同類の仲間だろ、ボクたちは」


反吐ヘドが出るね。仕事とはいえ、あんたと一緒に居るなんてさ」


「同類嫌悪かい。いやぁ分かる分かる、ボクだって興味があるのは生きている女の子だし、死体をいじくり回すイカれ共とは一緒には居たくないもの。ましてやその死体の頭蓋に自分の脳をねじ込むキ○ガイともなればねぇ。嗚呼ヤダヤダおぞましい。鳥肌立っちゃうよ」


「切り刻む前に、そのよく回る口を顎ごと穴開けてワイヤーで縫い付けてあげましょうか。それとも焼きごての方が良い?」


「ああ誤解しないでね、キコカちゃんだけは別さ。ボクと同じ世界に住むボクと同じ感性の『少女』なんだから。愛しくならないはずがないよ」


 叩き付けるような大きな音がして、つい今し方彼の立っていた場所に大柄な鉈が突き刺さっていた。刀身の半分ほどが地面に埋没している。目標だった当の本人は数歩離れた暗がりの中に平然と立っていた。


「あんたと話してると思わず手が滑ってしまいそう。夜は短いのよ、無駄話している暇はないわ。何の為に此処ここに来たの、調べて追い回すのは十八番なんでしょう」


「そうだね。仰せのままに、つぎはぎ姫さま」


 夜の校舎の影で小柄な少年はうやうやしく慇懃いんぎんな礼をした。

 



 払暁の頃、窓からは明けガラスの群れがぎゃあぎゃあと鳴きながら黒い森の奥から飛び立つのが見えた。


 キコカは彼の少年と共に一夜をかけて学校中を調べて回ったのだが、結局今晩もまた何の成果も得られないままだった。


「やっぱり一晩じゃ無理ね」


 使われていない宿直室に二人して潜り込み、キコカは畳の上に拡げられた彼の収拾物を眺めながら溜息をついた。


「いやいやキコカちゃん、コレはおかしいよ。どんな生き物でも、生きて生活圏を闊歩しているのなら、痕跡を残さないなんてことは有り得ない。ましてや此処は狩り場だよ?」


 犬のように這い回り、土を舐め、夜闇を見透かし耳を地面に押し当て、草むらの中の些細な足跡すら見つけ出し毛くずほどの体毛すら見落とさない。


 目に見えぬ蠢くダニやカビすらも探し当て、種類と繁殖した時間すら選別し、子細にそこに活動する動物全てを見通すがごとき探索である。


 ましてや今は夜なのだ。陽の照る日中でも見つけることが怪しい痕跡であるというのに。


 自分は後ろから付いてまわっただけだったのだが、その子細な観察眼、痕跡こんせきとも言えぬ痕跡を探りだす視覚、味覚、触覚、聴覚、そして嗅覚。自己の経験則とその五感の全てを駆使するさまにただ感嘆した。


 いけ好かないヤツだがその能力には舌を巻く。


「此処には居ないんじゃない?」


「そんな事は有り得ないわ」


 犠牲者はつい先日も出たばかりなのだ。しかし、彼の拾い集めた各種様々な体毛やら糞やら皮膚垢やら、説明されなければゴミとしか見えないそれら全てを、一つ一つ丹念に説明してその結果を否と言う。


「実習棟の男子トイレには尿や便や汗、そして唾液の他に血と精液の痕跡がたくさんあったよ。体液の味と臭いからも、複数の女子が出入りしているのは間違いない。

 何があったかは推して知るべしだけれども、そんな盛りのついた連中の居る場所にアレが寄って来ないとでも思う?」


 確かにアレはヒトの熱気や発散する汗と体臭に寄ってくる。餌が興奮状態ならば尚更だ。一箇所でそんな盛大にやらかしていれば、見つけてくれと大声で騒いでいるようなものだ。


「そこで狩られたんじゃないの?」


「血痕はあったけれど少なすぎるね。それに、アレと人間の体臭が吃驚びっくりするくらい少ないんだ。学校全体の臭いの偏りもまばらというか気まぐれというか。体臭だけわざとらしくあちこちに擦りつけて、狩り場に見せかけているようにも思えるよ」


「自分の痕跡を消す知恵があるのでは。歳を経たヤツならそれぐらいするわ」


「ボクらみたいに?」


「少し前にも、ヒトと見紛わんばかりに知恵のついたヤツを狩った。それこそナリ替わりかと目を疑うほどのね。

 見てくれだけじゃないホンモノのヒトと寸分変わらぬ話し方に受け答え、感情どころか人格すら感じさせる見事なまでの擬態だった。あたしらの逆バージョンってのは充分に在り得るわよ」


 そもそも野生動物は度々捕食者をまやかし、出し抜く程に抜け目が無い。自分の足跡をなぞって後ずさりし行方をくらますバックトラップや、手負いの演技をして巣から相手を遠ざける鳥も居る。


 ヒトと狩り狩られる間柄である連中の生きる知恵が高じ、知性が生ずると予測するのは的外れか?むしろ擬態するだけのケモノと考える方が危険ではないのか。


「何度も提案されては否定されたよね、その可能性」


 オウムや九官鳥がヒトの言葉を話しても会話が成立することはない。人語を操り交流を図っているかのように見えてもそれはただの行為模倣。人間の声を真似た「鳴き声」であって言葉ではない、という理屈だ。


 擬態したヤツが日常会話ではない話題、普段は話さない会話になると直ぐに言葉尻が怪しくなる。論理的な返答が不得手だからだ。創造的なものの考え方が出来ないからだ。


 サシで話せば見分けるのは難しく無いが、この学校に居る生徒職員全てとなると気が遠くなる作業だった。自分の周囲にもそれとなく声を掛けて確認をとり続けてはいるものの、ナリ替わりを何匹か見つけただけで、ヒト喰らいを見つけるまでには至っていなかった。


 ましてやヒトと変わらぬ知恵を持ったヤツが相手となれば、困難さに合わせて危険度も跳ね上がる。狩る者が居ると気付いているのだとしたら更に厄介だ。

 こちらに向ってくるのなら逆に返り討ちにも出来ようが、潜伏したままこちらの様子をうかがって、ひたすら自分の優位を維持し続けるようなモノなら極めて危険な状況となる。


 それに余り悠長に構えている暇もない。ナリ替わりが生徒と置き換わっているから大事にはなっていないが、徐々に違和感を感ずる者が出始めていた。グズグズとはしていられなかった。


「動物に知恵があるように見えるのは生存習慣に基づいた経験と本能。創造や思索は人間の特権だと思いたい人が多いのかもね」


 あるいはあまりに人に似過ぎているが故に、人為らざるモノであると強調し、主張する本人が自分自身に言い聞かせているのかも知れない。


 何のことはない、要は怖いのだ。認めれば自分たち人間の立場が、唯一の優位が揺らぐと恐れおののいているのである。


「学者どもに何が分かるというの」


「キコカちゃんが言うと説得力半端ないなぁ」


「・・・・・」


「あ、ゴメン。今のは聞かなかったことにしてくれる?あっ、あっ、ちょっと待って得物から手を放してよ。この場所じゃ流石にボクでも荷が重いから」


「脳みそを経由してから発言することをお勧めするわ」


「肝にめいずるよ」


 にらみ付けていた視線を外すと、細い安堵の吐息が漏れ聞こえてきた。


 痕跡は無いのに被害者だけは出続けている。しかもその現場すらようとして知れない。


「まるで人間がやらかしてるみたいだ」


「模倣犯だとでも言うの。ナリ替わりを従えて?」


「例が無かった訳じゃないよ。今回もそれなんじゃない」


 考えなかった訳では無いが、その案件は自分達の属する組織だけではなく内閣調査室、公安、刑事警察ともに皆が過剰なまでに神経を尖らせていた。専門の捜査部署だってある。到底隠し通せるとは思えなかった。

 知って悪用する者は人格人権を剥奪はくだつされ、片端から処分される。例外は無い。司法の寛容を超えてしまうからだ。


 それは遠い昔から連綿と続く揺るぎない掟だった。

 大勢が知るところとなれば国が国としての体を為さなくなってしまう。それは何としても避けねばならなかった。人間は、群れが崩壊してしまえば生きて行くことが出来なくなる脆弱ぜいじゃくな生き物なのだ。


 そしてヒトを狩るのは、アレを狩るよりもはるかに容易かった。


「リスキーに過ぎるわ」


「まともな状態だったらそう思うだろうね。でもそれはボクたちだからだ。裏事情を知らない者なら手を染めてもおかしくない」


 確かに、コレがイカレや世間知らずの模倣犯ならばもう自分達の出る幕では無い。専門の部署に丸投げしてそれで終了だ。しかし、奴らの可能性が消えない限り此処を離れる訳にはいかなかった。


 上司には一言意見具申はしているものの、果たしてどう判断することか。自分や夏岡が勘ぐるくらいだ。あの腹黒がその辺りに思い至ってないはずが無い。


「そもそも、アレの臭いが日々更新されているのはどう説明するのよ。体臭を模した香水でも売っているのかしら。三丁目にあるディスカウント店のコスメ売り場に?」


「飼ってるんじゃない?餌要らないし」


「莫迦なことを」


「一匹だけならヤバいかもね。でもつがいなら自分に類が及ぶ確率が小さく出来るかもしれない。食欲性欲睡眠と三大欲求を満たされる訳だし。ストレス発散はヒトや野生動物を問わず大切なコトだよ。

 そうやって生まれた子供は、片端から自分の気に入らないヤツの家に放り込むってのも悪くないね」


「増やしてどうするのよ。逆に不吉な未来が近付くだけだわ」


 危険なだけでまるで意味が無い。素人の計画殺人にしたってもっとマシで確実性のある方法を思いつく。そもそも自分が餌になるかも知れないケダモノを誰が飼うというのか。


 そう反論しようとして、時折その手の愚か者がニュースを賑わすのを思い出し言うのを止めた。


 そして唐突に不吉な連想が脳裏をかすめたのだ。


「・・・・」


 つがいで、増やす?


 確かあったな、似たような事例が。

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