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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第三話 腐臭
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3-1 ヒト喰らいに囓られてしまえ

邑﨑(むらさき)キコカといいます。皆さんよろしく」


 そう言って軽く頭を下げた。ギリギリお辞儀と言える程度の角度であったが、今回は思いの他に大人しい挨拶が出来たと思う。


 新しく赴任した先は新進の私立進学校だった。


 国公立大学への入学者数は県下でも上位に数えられるうえ、有数著名な学校にも毎年多数の合格者を出しているのだという。合格ラインはハイレベル。高い実績と高度なカリキュラムを誇り、普通ならば途中編入など論外とも言えるのだが前例が無い訳でもない。


 みな高偏差値で入学してきた生徒たちばかり。くるりとクラスを見回しても皆等しくお行儀良く見える。とはいえ「何だコイツ」的な空気もまた少なからず感じ取れた。

 ま、それはそうだろうな。この学校の体裁を鑑みれば中途転入という存在自体が稀だ。


 親の都合で転校するのなら付近にいくらでも別の学校があるじゃないか、この学校である必然があるのか、何故よりによってこんな入り難い学校を選ぶ、などなど、そんな感じだろうか。

 確かにその通りで怪訝に思うのはよく判る。だが少しの辛抱だ、我慢してくれ。どうせ半年も経たぬ内に消えて居なくなるから。


 もっとも、憶えていればの話だけれども。


 胸の内で軽く肩を竦めながら指示された自分の席に着いた。左右の席にそれぞれヨロシクというと右隣の女子は「こちらこそ」と社交辞令を返したが、左隣の男子は戸惑ったように軽く会釈をしただけだった。


「うちの学校は結構競争が激しいけれど大丈夫?」


 昼休みに学食で昼食をっていると、担任となった女教師がそう話し掛けてきた。中野というらしいが下の名前は憶えていない。だが名字だけで充分だ。


 以前の学校での成績や偏差値から心配になったらしいが問題ありませんと答えた。転入試験は当たり障りのない成績でクリアしたし、そもそもテストの点数や偏差値などただの飾りだ。だがそれを口にする訳にもいかないし言う必要も無い。一度定期考査を乗り越えて相応の順位を獲得すれば彼女の不安も払拭出来よう。


 確かに授業内容のレベルは高いが何も問題は無く、後はただのルーチンワークだ。難易度と正しい回答を上方修正すれば充分に事足りる。


 何も問題は無かった。


 ベストなのは試験期間が訪れる前に始末を付けて早々に退散することなのだが、生憎とソコまで楽観はしていなかった。あたしが赴任するハメになったのは前任者が行方不明になってしまったからだ。


 喰われたのは間違いなかろう。だが「彼」の事は知っている。決して相手をナメてかかる愚か者でも無かったし相応の手練れでもあった。此処ここに巣くうモノが一筋縄でいかない相手なのは確かだ。


 しかし此処ここは確かにヤバいね。


 この学校は臭いが濃過ぎる。間違いなく腐臭だった。

 そこら中に腐ったアレの体臭がびったりと染みついていて目眩めまいがしそうだ。只でも腐った肉と取り違えんばかりの強烈さだというのにこの密度はハンパない。鼻腔を通して脳髄まで直に染みこんでくるような強烈さに辟易する。タマランと思った。


 あまりに濃いせいで他の臭気の印象が薄かった。隣に居る、何ということのない普通の生徒と普通じゃない連中との見分けすら出来ず、駆除担当者である自分達にしてみれば両目を塞がれたような状態だった。


 そもそも連中の体臭は、主に体表に滲んでいる体液から漂ってくるものなのだが、濡れたままの状態ではほぼ無臭だ。死んで腐敗が始まるか、あるいはその体液が乾いて初めて連中の体臭になる。汗を吸った髪や衣類が、湿り気を無くしてから更に汗臭くなるように、だ。


 そういう意味ではサンショウウオの体液に似ていた。サンショウウオは濡れている内はほぼ無臭だが、乾いて初めてその名の由来ともなっている山椒の香りを放つのである。


 もっとも、アレの不快さとではまるで比べるべくもないのであるが。


 きっと此処に住むアレは身内の身体をバラバラに解体した後に手当たり次第バラまき、そこら中にこすりつけ、自身のカモフラージュとしているのだ。


 大仰で仲間の遺体に忖度そんたくしない利己的なやり方だが効果は高かった。前任者が不覚を取ったのもむべなるかな。始終ぴりぴりと警戒していたとしてもやがてすり切れてしまうし、そんな集中力が日がな一日続く筈もない。


 疲弊した挙げ句、出来た隙を狙われたのだろうと容易く見当はついた。しかし、対処方法はと問われると言葉に詰まる。


 複数の担当者を投入しシフトを組み、二四時間の監視体制を作れば問題は解決する。が、それを申し入れていたにもかかわらず、何時ものように予算がどうの人員不足がこうのと言い訳ばかりを重ね、現場に丸投げする始末だった。実に腹立たしい。


 考えておくと言われたが当てにはしない。実行が伴わぬ言葉など何の意味も無いからだ。


「ま、受刑者の一人や二人くたばったところで、痛くもかゆくも無いんだろうけどさ」


 それともあたしたちだけではなく、今回一連の被害者もまた許容損害の一端と数えて終わりなのだろうか。自分達の利益肩書きに害が及ばないのなら、問題無しと考えているのかもしれなかった。


 恐らくナリ替わりと徒党を組んでいる複数のモノたちであろうという報告を受けていた。あたしもそうだろうと確信していた。学内で狩りが行なわれているのは間違いないのに、行方不明になっている生徒や学校関係者が一人も居ないからだ。

 遺骸の一部やその痕跡は発見できても遺族を名乗る者も出でず、不審と思う者も居ない。消えた人物の居場所を何者かがすり替わっている証拠だった。


 真夜中の学校に出張ってきてなたを片手に徘徊してみた。

 自分の五感と経験をフルに動員して思いつく全ての箇所を総ざらいする。隅から隅までくまなく満遍なく、それこそ舐めるように探索した。だが異変の「い」の字も転がってやしない。在るのは平穏退屈な夜の静寂だけだった。


 まぁそうだろうとは思っていた。この程度で見つかるのなら前任者がとうに始末している。だが、だからといって匙を投げる訳にもいかない。


「どうだいデコピン。何か臭う?」


 声を掛けみるのだが、チラリとこちらを見ただけで何の反応も無かった。


 あたしの鼻では当てにならないからコイツの嗅覚が頼りなのだが、どうにもこうにももどかしい。ムラっけが有り過ぎて今ひとつ信用に欠ける。だが闇雲に探し回り前任者の二の舞になるのは御免であった。


 なだめスカしてせっつく必要が在るのだが、どうにもそれを見透かしている節があって、何時もにも増して怠惰でやる気が無かった。


 今も目の前であからさまに視線を外し、余裕ぶった大欠伸をカマしている。そしてそのままうずくまってゆらゆらと大きく尻尾を振っていた。増えた仕事の分もっと餌を寄越せと要求しているのだ。


 腹の立つヤツめ。


「カリカリ二割増しに煮干しとネコミルクを追加してやろう。仕事が無事完了したら成功報酬も準備する」


 破格の対価を提示するとくるりとこちらを仰ぎ見て、仕方が無いといった風情でようやく腰を上げて歩き始めた。やれやれ、全く以て世話の焼ける相棒様だ。


 しかし残念ながらその夜は何の収穫も無く終わった。


 その次の日もそのまた次の日も同様だった。


 日を置いて時間をずらし思いつく様々な状況で調べ直し続けたのだが、まるで手がかりが無い。

 空振りが続くのは捜索作業では当たり前のことだが、今やっているやり方が果たして正しいものなのか。見当違いのことをやらかして大事な部分を見過ごしているのでは無いのか。などと、作業に確信が持てなければ不安にもなってくる。


 そもそもあたしは捜索向きの性格ではないし、その技術も見よう見まねなのだ。上司には専門職を呼べと幾度いくどもスマホ越しに吠えるのだが、なしのつぶて。まるで手応えがない。愚にも着かぬ聞き飽きたいつもの返答が聞こえて来るだけである。


 曰く、不満は己の無力を誤魔化す為の遠吠えに過ぎない。


 ふざけるなと言いたい。


 こちとらデスクワークを小莫迦にするほど狭量ではないが、日がな一日椅子に座いっているあんたらはどうなんだ。毛先ほどの不満もなく完璧な仕事をこなしているとでものたまうつもりか。数字の帳尻さえ合っていれば世は事も無しなのか。

 書類とメールと電話だけで世界が回るとでも?莫迦も休み休み言え。


 オフィスだけで人生を完結できる訳なかろうが。現場在ってこその現実だろう。机に擬態したヒト喰らいにかじられてしまえと思った。


 猫の嗅覚は、犬ほどではないにせよ相応のものがある、はず。


 それに何も引っ掛からないとすれば余程に上手く隠蔽できているのか、普段この場所で狩りをしていないのか。


 あるいはもう目の前に居るというのにそれと気付かないだけなのかもしれなかった。

 ちょうど保護色で紛れる虫のように。何の違和感もなく日常風景として受け容れてしまうほどに巧みなのだとすれば、見つけ出すには別の手段を講じる必要がある。


「だからあたしは探すのは得手じゃないっていうのにさ」


 愚痴を言っても始まらない。どうしたもんかと頭をひねった。


 自分自身を餌にするという手もあるが余りやりたくなかった。囮役が狩る役を兼ねるというのはどうしたって後手に回る。しくじる確率がうんと高くなるから前任者の二の舞を演じそうだ。

 正直それは勘弁だな、と思いながらふと目の前を歩く相棒を見た。


 コイツを餌にしたらどうだろう。


 不穏な思惑を感じたらしくデコピンはくるりと頭だけで振り返った。そして極めて不愉快そうな目つきで睨みつけ「にい」と鳴いた。

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