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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第二話 溜息と女子高生
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2-6 好きにすればいい

 教室に入ると一人の女生徒に声を掛けられた。


「いやぁ、なかなか痛快だったよ邑﨑(むらさき)ちゃん」


 さっき校門でのやり取りは最高だという。

 気安く呼んでくれるがあたしはの子のことをろくに知らない。

 確か芳村某であったと思ったが、下の名前は憶えてないし今まで挨拶を交わした程度で直に話したことも無かった。


「あの場面に出会でくわしてた?」


「出会してた出会してた。ちょうどわたしがあの年増につかまった場面でさぁ、笑いこらえるのが大変だったよ」


「そう。でも田中先生はまだ三十路前で年増というには語弊ごへいがあるのでは?」


「わたしらからすれば充分にお年寄りさま。それに邑﨑ちゃんも言うこと言っちゃったんだから御同類よ」


「そうね」


「もうクールなんだから。でも其処そこがステキ。でも何だか最近当たりが柔らかくなった感じよね。ちょっと前まではピリピリして何か近寄りがたい感じで、声掛けつらかったから」


 仕事が一段落していたせいだろうか。

 確かに此処ここに来たての頃よりも、この頃は緊迫感の無い毎日を過ごしている。

 ひょっとすると告白何ぞを受けたのも、その辺りが影響しているのかもしれない。


「あ、気を悪くした?」


「別に」


「そか、良かった」


 今更だが「邑﨑ちゃんって呼んで良いか」と訊くので「良い」と答えると、「だったらわたしのことはよっしーって呼んで」と言われた。


「よっしー?」


「そそそ。皆そう呼んでるからさ。よろしくぅ」


 そう言って彼女は自分の席に戻っていった。

 担任教師が教室に入ってきてホームルームが始まったからだ。

 何だが妙な成り行きになってしまった。

 派遣先ではなるだけ親しい相手は作らないようにしていたというのに。


 だがしかし、今までそんな相手が居なかった訳でも無い。

 まぁよいかと成り行きに任せることにした。

 どうせこの級友達とも然程さほど長い付き合いをする事も無かろうし、一時の退屈しのぎ、いやいや生来のJKを観察しそれを演じながら、のんびり監視業務とやらに勤しむとしよう。

 馴染むように為ったら晩酌の酒量も減るかもしれない。


 放課後になり一緒に帰ろうと仲間連れの「よっしー」に誘われた。

 サシでもいささか荷が重いのに、ほぼ初対面の女生徒に包囲されるのは些か腰が引けた。


「ごめん、今日は先生に呼び出されているから」


 偽りの理由で断りを入れて居残り、誰も居ない暗くなった校舎の中を巡回して回った。

 多分何も問題は無かろうが、日々確認を重ねておけば些細ささいな変化も気付き易くなるし、直に確かめた場所は太鼓判を押せる。

 いわば自分自身への安心と保険のようなものだ。


 一巡りを終えて暗い校舎の中で息を吐いた。


「やれやれ」


 誘ってくれるのは決して不快では無いが、皆で仲良く放課後街で買い食いだとかそういったノリは正直苦手だった。

 それよりもこうして独りでふらふらと夜陰に紛れ、学校内を徘徊している方が気が休まるし、何より相手に気を使わなくていいから楽でいい。


 本日の昼間は色々とにぎやかだった。

 休み時間になった途端「よっしー」を筆頭に四、五人の女子が机の周囲に集まって来た。

 何が趣味好きなタレントは誰音楽はどんなの聴いているのから始まり、映画の話ドラマの話食べ物から衣類まで事細かく際限が無かった。


 なかなかに強烈な波状攻撃。

 現役JKの群れに混じるというのは思いの他に難易度が高い。

 少々甘く考えていたのかも知れない。

 以前なら軽くあしらい流して終わっていたというのに、今回のコレはどういう訳だろう。


 転入初日にも机の周りに別口の集団が寄って来て、似たような矢継ぎ早のかしましい尋問があった。

 その時は何時ものようにただ相づちだけで済ませ、以下同文で追い払えたから良いものの今回ばかりは少し勝手が違う。

 同様の接し方をしているはずなのに食いつき方がまるで違った。

 もしかすると、一番最初のアレは入所儀式か社交辞令みたいなモノだったのかもしれない。


 と言うことはコレが本番ということなのか?


 よっしー曰く「口数は少ないけれど的確なツボを突く意外にオモロイキャラクター」であるらしい。

 そんな自覚は一切無いのだけれども。


 彼女たちが振ってくるどうということのない話題への他愛のない返しに、何故なぜか皆大喜びだった。


「邑﨑さん面白い」


「もっと早く話しておけば良かった」


「ねえねえ、今度一緒に買い物に行こうよ。邑﨑さんなら個性的な寸評が聞けそう」


 それがいと皆が湧いていた。

 個性的と評されるその感想が今ひとつピンと来なかった。

 ごく普通に会話をしている筈なのに、彼女らと何がどう違うと言うのか。

 取り敢えず好評らしいので良しとした。


 そんな訳で、なし崩し的に次の週末は彼女らと一緒に街へ買い物に出かける羽目になったのだが、まぁ学校の見回りなど四六時中やっている必要もない。

 あの新人に丸投げにしたとしても役目に差しさわりは皆無であった。


 クラスメイトとのコミュニケーションが良好なのは悪くはない。

 だが正直疲れる。

 やはり「普通」というのはあたしには少々荷が重かった。

 孤高を気取ったぼっちの女生徒というのが気楽な定位置である。


 所詮あたしのJK力なんてこんなものだ。


 自嘲とも諦めともつかぬ溜息をつきながら、いつものようにふらふらと誰も居ない夜の校舎の中を巡回していると窓の外に人影が見えた。

 女生徒と男子生徒の二人組だった。

 ひょっとしてと目を凝らせば、やはり件の「女生徒のふりをしたナニか」だった。

 視線を感じた彼女がはっとして振り返り、見下ろしていたあたしと目が合った。


 彼女が固まっていたのは一瞬のこと。

 でも、あたしの方から視線を外してふいっと窓際から離れると、少しだけ立ちすくんでいた後にまた歩き出した。

 視界の端には同伴の男子が怪訝けげんそうに話し掛け、それを取りつくろっている様子が見て取れた。


 夜の学校をソレの場所とするのはどうかとも思うが、此処ここの管理をまかされている訳でもない。

 確かに人目には付きづらいだろうし、雑音雑臭が少ない分居心地が良いのかも知れない。

 何よりこちらとしては人死にが出ないのならそれで良かった。

 全面的に信用した訳でも無いが、目を付けられていると知って粗相そそうをしでかすほど愚かでも無かろう。


 ま、好きにすればいいさ。


 そしてその夜は、そのままいつものコースを一巡して自分の部屋へと戻った。

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