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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第二話 溜息と女子高生
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2-5 男の声で呼び止められた

「いやぁ、なかなか痛快だったよ邑﨑(むらさき)ちゃん」


 さっき校門でのやり取りは最高だという。気安く呼んでくれるがあたしはの子のことをろくに知らない。確か芳村(なにがし)であったと思ったが、下の名前は憶えてないし今まで挨拶を交わした程度で直に話したことも無かった。


「あの場面に出会してた?」


「出会してた出会してた。ちょうどわたしがあの年増につかまった場面でさぁ、笑いこらえるのが大変だったよ」


「そう。でも田中先生はまだ三十路前で年増というには語弊があるのでは?」


「わたしらからすれば充分にお年寄りさま。それに邑﨑ちゃんも言うこと言っちゃったんだから御同類よ」


「そうね」


「もうクールなんだから。でも其処そこがステキ。でも何だか最近当たりが柔らかくなった感じよね。ちょっと前まではピリピリして何か近寄りがたい感じで、声掛け辛かったから」


 仕事が一段落していたせいだろうか。確かに此処に来たての頃よりも、この頃は緊迫感の無い毎日を過ごしている。ひょっとすると告白何ぞを受けたのも、その辺りが影響しているのかもしれない。


「あ、気を悪くした?」


「別に」


「そか、良かった」


 今更だが「邑﨑ちゃんって呼んで良いか」と訊くので「良い」と答えると「だったらわたしのことはよっしーって呼んで」と言われた。


「よっしー?」


「そそそ。皆そう呼んでるからさ。よろしくぅ」


 そう言って彼女は自分の席に戻っていった。担任教師が教室に入ってきてホームルームが始まったからだ。何だが妙な成り行きになってしまった。派遣先では為るだけ親しい相手は作らないようにしていたというのに。


 だがしかし、今までそんな相手が居なかった訳でも無い。まぁよいかと成り行きに任せることにした。

 どうせこの級友達とも然程長い付き合いをする事も無かろうし、一時の退屈しのぎ、いやいや生来のJKを観察しそれを演じながら、のんびり監視業務とやらに勤しむとしよう。馴染むように為ったら晩酌の酒量も減るかもしれない。


 放課後になり一緒に帰ろうと仲間連れの「よっしー」に誘われた。サシでも些か荷が重いのに、ほぼ初対面の女生徒に包囲されるのはいささか腰が引けた。


「ごめん、今日は先生に呼び出されているから」


 偽りの理由で断りを入れて居残り、誰も居ない暗くなった校舎の中を巡回して回った。多分何も問題は無かろうが、日々確認を重ねておけば些細ささいな変化も気付き易くなるし、直に確かめた場所は太鼓判を押せる。いわば自分自身への安心と保険のようなものだ。


 一巡りを終えて暗い校舎の中で息を吐いた。


「やれやれ」


 誘ってくれるのは決して不快では無いが、皆で仲良く放課後街で買い食いだとかそういったノリは正直苦手だった。それよりもこうして独りでふらふらと夜陰に紛れ、学校内を徘徊はいかいしている方が気が休まるし、何より相手に気を使わなくていいから楽でいい。


 本日の昼間は色々と賑やかだった。休み時間になった途端「よっしー」を筆頭に四、五人の女子が机の周囲に集まって来た。何が趣味好きなタレントは誰音楽はどんなの聴いているのから始まり、映画の話ドラマの話食べ物から衣類まで事細かく際限が無かった。


 なかなかに強烈な波状攻撃。現役JKの群れに混じるというのは思いの他に難易度が高い。少々甘く考えていたのかも知れない。以前なら軽くあしらい流して終わっていたというのに、今回のコレはどういう訳だろう。


 転入初日にも机の周りに別口の集団が寄って来て、似たような矢継ぎ早のかしましい尋問があった。

 その時は何時ものようにただ相づちだけで済ませ、以下同文で追い払えたから良いものの今回ばかりは少し勝手が違う。同様の接し方をしている筈なのに食いつき方がまるで違った。もしかすると、一番最初のアレは入所儀式か社交辞令みたいなモノだったのかもしれない。


 と言うことはコレが本番ということなのか?


 よっしー曰く「口数は少ないけれど的確なツボを突く意外にオモロイキャラクター」であるらしい。そんな自覚は一切無いのだけれども。


 彼女たちが振ってくるどうということのない話題への他愛のない返しに、何故か皆大喜びだった。


「邑﨑さん面白い」


「もっと早く話しておけば良かった」


「ねえねえ、今度一緒に買い物に行こうよ。邑﨑さんなら個性的な寸評が聞けそう」


 それがいと皆が湧いていた。個性的と評されるその感想が今ひとつピンと来なかった。ごく普通に会話をしているはずなのに、彼女らと何がどう違うと言うのか。取りえず好評らしいので良しとした。


 そんな訳で、なし崩し的に次の週末は彼女らと一緒に街へ買い物に出かける羽目になったのだが、まぁ学校の見回りなど四六時中やっている必要もない。あの新人に丸投げにしたとしても役目に差しさわりは皆無であった。


 クラスメイトとのコミュニケーションが良好なのは悪くはない。だが正直疲れる。やはり「普通」というのはあたしには少々荷が重かった。孤高を気取ったぼっちの女生徒というのが気楽な定位置である。


 所詮しょせんあたしのJK力なんてこんなものだ。


 自嘲ともあきらめともつかぬ溜息をつきながら、いつものようにふらふらと誰も居ない夜の校舎の中を巡回していると窓の外に人影が見えた。女生徒と男子生徒の二人組だった。

 ひょっとしてと目を凝らせば、やはり件の「女生徒のふりをしたナニか」だった。視線を感じた彼女がはっとして振り返り、見下ろしていたあたしと目が合った。


 彼女が固まっていたのは一瞬のこと。でも、あたしの方から視線を外してふいっと窓際から離れると、少しだけ立ちすくんでいた後にまた歩き出した。視界の端には同伴の男子が怪訝けげんそうに話し掛け、それを取りつくろっている様子が見て取れた。


 夜の学校をソレの場所とするのはどうかとも思うが、此処の管理を任されている訳でもない。確かに人目には付きづらいだろうし、雑音雑臭が少ない分居心地が良いのかも知れない。

 何よりこちらとしては人死にが出ないのならそれで良かった。全面的に信用した訳でも無いが、目を付けられていると知って粗相そそうをしでかすほど愚かでも無かろう。


 ま、好きにすればいいさ。


 そしてその夜はそのままいつものコースを一巡して自分の部屋へと戻った。




 週末になって、約束通りクラスの女子達と共に街へと繰り出した。


 買い物と言うから何かお目当てがあるのかと思っていたのだが、そういう訳ではないらしい。いわばウィンドウショッピングでわいわいとはやし立てながら、アレが良いだのコレが可愛いだのあの服が似合うだの似合わないだのと、とりとめもなく話し寸評し買い食いするだけの話であった。


 おしゃべりの内容も色とりどりだ。昨日見たTVドラマから始まって最近食べたスイーツのことタレントの某か誰かと不倫しただの、何処そこの事務所の若い子はアレが好みだの虫が好かないだの、雑貨屋で可愛いアクセサリーを見つけたがお小遣いが足りなくて諦めただの。

 ネット販売限定の靴で気になるのがあったが試し履き出来ないからどうしようとか、会話に前後の脈略も何も無く、ただただ思いついた出来事や関心事が羅列されてゆく。


 一つの話題について皆で意見の交換がされる訳では無い。ただ話して聞いてもらって軽く賛同があればそれでお終い。たといナニも無かったとしても、直ぐに別の子の話が始まってうやむやに為ってゆくだけだ。

 他愛のない友人との会話はそういうモノなのかも知れないが、余りにも細切れで止めど無く、ただひたすら咲いては消えを繰り返していった。


 まるで水底から無限に湧き出る泡のようだ。


「やっぱ無口だねぇ邑﨑ちゃん。遠慮しないで好きなこと話して良いんだよ」


 よっしーがそんな具合に水を向けるが遠慮をしている訳では無い。付いていけないだけなのだ。だがソレを言っても詮無い話で、「聞いているだけで面白いから」と軽く笑んで返した。


 結局買い物も何も無く喫茶店で四時間ほどダベって別れた。

 あたしが飲んだのは珈琲一杯。彼女らはアップルパイだのシフォンケーキだのを頬張っていたが、会計時には皆ワリカンで一人頭一〇〇〇円未満であったから大した量では無かった。たかがケーキ一つとお茶の一杯でよくもまぁ四時間も粘れたものだ。素直に感心する。


 そして解散とはなったもののまだ喋り足りない様子の子が居て、その二人は別方向へと去って行った。何処で何をするのかは知れないが、逆に知らない方が良いのかも知れない。踏み込んだら一緒に引きずり込まれてしまいそうだ。


「今日は楽しかったよ、邑﨑ちゃん」


 それは何より。またねと言われて手を振って別れた。彼女は最後まで朗らかに笑っていたが、見送るあたしの方は愛想笑いを見透かされていやしまいかと、ただそれだけが気になって仕方が無かった。


 そうか。次の機会もまた今日と同じ事が繰り返されるのか。


 そう思うと少しブルーが入る。思わず溜息が洩れた。いささか軽率な選択だったのかもしれないと微かな後悔が胸をよぎった。


 彼女の後ろ姿が見えなくなったのできびすを返そうとすると、「邑﨑さん」と男の声で呼び止められた。

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