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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第二話 溜息と女子高生
12/89

2-2 逆に余分な仕事が増えそうだ

 部屋で缶ビールを開けて一気に一本飲み干した。


 風呂上がりの一本はこたえられないが、こちとら見てくれは幼気なJKさまだ。コレを手の入れるのは一苦労。実年齢は一〇〇パー合法なれど、色々と詐称している関係上詳らかにする訳にもいかない。


 密かに隠し持っている疑似マイナンバーカードで年齢証明の儀式を行なえば手近なコンビニでも手に入るが、学校関係者や顔見知りのクラスメイトと出会すのは避けたかった。


 よって買い出しは何時も派遣先の生活圏から大きく離れた隣町の酒屋か、寂れたスーパーになる。駐車場の小さな店が狙い目だ。クルマで来る客が少ないと言うことは、その店周辺に住む地元民しか寄りつかないという事だからだ。


 ストックがきている事を失念し、冷蔵庫のドアを開けて初めて発覚するのも悲しいが、買い出しに出て部屋まで持って帰るまでに温くなってしまうというのも悲劇的現実。


 クーラーバックや保冷剤程度では到底補填できない業務に支障を来たす重要改善案件。麦酒ビール買い出し要員もしくは補填義務の条項追加を申請する、と申し入れたら「寝言は寝て言え」と軽くあしらわれて終わった。


 はなはだ不本意。


 げふ、と息を吐いてもう一本いこうかと思ったが、残数が心許なかったので止めておいた。


 ビールはうまいがそれ以外が色々とマズイ気がする。


 前回に続いて、今回もまた潜んでいた連中の片割れを見落としていた事もしかり。妙な仏心を出してソレを見逃してやった事も然り。近頃何か緩んで来ているのではあるまいか。

 連中を発見するのはあくまで追加業務。処理と片付けが本分とはいえ以前ならもっと鋭敏で果断だったはずだ。


「ぬるいわ」


 本棚の上でうずくまっていたデコピンが顔を上げてこちらを見た。


 ほぼ真っ黒な白と黒のブチ猫だが、目をつぶって丸まっていると白い部分を見て取る事が出来ず、黒くて丸いクッションかもふもふのオブジェのようにも見える。


「言っとくけどビールのことじゃないわよ」


 ヤツは黙ったまま何も言わない。金色の目を見開いて、ただじっと見つめるだけだ。


 空き缶をキッチンの脇に置くと下着姿のままベッドに潜り込んだ。確か明日は監査官が来ると言っていた。少し早めに登校して、本日清掃済みの教室をもう一度確認した方がいいかもしれない。


「電灯消して」


 一言()うとデコピンは壁へ飛び付いて前足でスイッチを切った。馴れたモノである。

 暗くなった部屋の中で「やれやれ」と溜息をついた。




 訪れた監査官は随分と若かった。


 これが研修期間を終えて最初の仕事なのだという。大層な肩書きだが、その実駆け出しぺーぺーホンモノの若造というわけだ。和田修介ですと名乗ったが特に憶えるつもりも無かった。

 どうせ直ぐにおさらばする身の上だ、此処ここを去ったらきっと二度と会うこともあるまい。


 若造はそんな思惑など知るはずもなく「お会い出来て光栄です」となどとお愛想を言う。やれやれだと思った。あたし何ぞを相手に光栄もへったくれも無かろうに。

 それとも本来の立場を知らないのかとも思った。昨今の新人なら有り得ない話じゃ無い。


「予定ではキコカさんが去った後釜を任されています。この学校の新任教師という役柄を与えられて居ますが、本来の仕事はコッチ側です」


「失礼だけどあなたにソレが務まるとでも?」


 立ち振る舞いを見ただけでもコッチ方面の技量が無いのは丸わかりだ、体幹すら出来ていない。聞いた話でも大学を出て間も無く現場の経験も無いと云う。それでは素人と何が違うと言うのか。


「はは、噂通り歯に衣着せぬ方ですね。仰るとおりで僕の役割は監視業務です。現場は到底無理ですよ、専門職の方に丸投げです。

 情けないと思われるかもしれませんが見つけたら知らせるというだけの役で。使い手の方は人数が限られていますからね。サポート役の数を増やして、キコカさんのような方の負担を減らすのが目的という訳ですよ」


「負担を減らすねぇ」


 逆に余分な仕事が増えそうだと思ったが流石にそれは口にしなかった。


 その日の授業を受けている合間に現場の調査は終えたらしく、放課後に再び呼び出されて仕事の終了を確認したと連絡を受けた。これでようやく報酬を受け取ることが出来る。

 以前は自己申告だけで済んだというのに、時を経るにつけ煩わしい決まり事ばかりが増えてうんざりだ。


 ともあれ今はビール購入の為の軍資金が欲しい。


 左腕の表示を確認してみる。だが昨日のままだった。まだあの上司は報告書に目を通してないようだ。或いは単純に忘れているのか。


「随分と立派な腕時計ですね。ダイバーズウォッチですか?」


 その趣味があるのか興味深々といった面持ちだった。


「何言ってんだ、これはカウンターだよ。あたしの腕に埋め込まれた残刑表示器。むしろあたしをつなぐ首輪を言った方が正しいけどね」


 ダミーのベルトを取り外し、手首に直にめり込んでいる文字盤を模した表示画面を見せてやった。


「受刑者のあたしが逃げ出さないように監視するツールでもある、GPSと連動させてね。連中を始末して、一連のお仕事を片付ける度にあたしの刑期が短縮されていくって仕組みよ。それがあたしへの報酬って訳。

 ボーナスが加算されれば更なる刑期の短縮か、金銭の報酬かとを選ぶことが出来るわ」


「じゅ、受刑者?」


「あなたホントに何も聞いてないのね、研修所で何勉強してきたの。あたしらみたいなヤバいキワモノの仕事やってる連中が、真っ当な公僕な訳ないでしょう。

 防衛省だの内閣調査室だのから分断されて、公安の所轄になっている分まだマシかもしれないけれど」


「あの、いったい何があったんです」


「その質問は仕事に必要なコト?あたしも人のこと云えないけれど初対面の者を相手にあなたもなかなか不躾ぶしつけよね」


「す、すいません」


「ま、いいんだけどさ。イケズなコトをやらかした人間は相応の罰を受けるってこと。あたしもまだ当分はコイツから手を切ることが出来ないわ」


「まだ沢山?」


「そうね、まだ刑期は二百年以上残っているわ」


「二百!」


「懲役や禁固で犯罪者の罪を償わせ云々は分かるけれど、刑期を使役量で推し量って減刑だなんて司法も何もあったもんじゃない。法治国家が聞いて呆れるわ。

 気を付けなさい、この国の為政者はあなたが考えている以上に陰湿で、執拗で、エゴイスティックよ。間違ってもヤバいコトに手を出すような真似はしない方がいいわね」


 そう云ってあたしは、にやっと笑ってやった。




 蔦のようにうねる濃いくせっ毛の女生徒は、昼間の校舎の屋上で暇を持て余していた。

 給水塔の上であぐらをかき、ぼんやりとよく晴れた青空を眺めている。足元から何処ぞの教室で行なわれている授業の講釈が漏れ聞こえていた。多分自分のクラスの授業だろう、と見当をつけた。五限目は国語だった筈で、声だけは威勢の良いあの初老の耄碌教師は、時折意味も無く生徒に突っかかりながら退屈な構文解説を繰り返している。

 晴れた日のこの場所は風通しが良くて気が向くその都度に訪れた。特に授業中が良い。邪魔が全く入らないからだ。だが授業に遅れる、付いていけないなどは有り得なかった。


 これでいったい何度目の高校一年生だというのか。


 この地区の教科書など目を瞑ってもそらんじる事が出来る。英語歴史国語は云うに及ばず、物理や数学など公式の書かれたページすら暗記しているのだ。別の地区に移って教科書が変わったとしても変化などは訪れない。ちょっとだけ構成だの文章だのが違うだけで内容はほぼ同じなのだ。退屈するなと云う方が無茶だろう。


 そんな訳で邑﨑(むらさき)キコカは最低出席日数に抵触しない程度によく自主休講を決め込むのだが、お陰で訳を知らされていない教師達には目の敵にされている。


 サボリにサボリまくるわりに成績は決して悪くはなく、やもすれば容易く上位に食い込む試験内容だからだ。

 点数を取り過ぎればいささか目立つので、所定の正解を書いた後は白紙で出すこともしばしば。なので心象ははなはかんばしくなく、呼び出されて説教を受けることもまたしばしばだった。


 曰く何故もっと本気に為れない、曰く真面目にやればもっと伸びる筈、曰く今から手を抜いていると本気の出し方を忘れてしまうぞ等々。

 中には何か悩み事でもあるのか先生で良かったら相談に乗るぞと本気で心配する教師も居るが、正直余計なお世話だと言いたかった。


 心配してくれるのは有り難い。教師足ろうとするその心意気も立派だと思う。だが何の益にもならぬ苦労だぞと、そう口にして言ってやりたかった。

 熱心なのは構わないがその情熱は他の生徒に向けてくれ、あたしなんぞにかかわっても貴重な教師生活を無駄にするだけだと忠告してやりたかった。

 人が生きている時間は限られているのである。


 の身は延々と女子高校生を繰り返すだけの存在。歳を経て成長し、平穏で在り来たりな人としての人生を送る機会など決して訪れない。それは既に決定事項だからだ。覆される事など有り得ない、否、在っては為らないからだ。


 しかしそれを教える訳にはいかなかった。


「やれやれ」


 青空に向けて溜息をついた。


 せめて次の派遣先では二年生か三年生にしてくれんもんかね。そうすれば少しは目新しさがあるものを。根本的解決には為らないが気晴らしくらいあっても良いのではないか。


 そう思うのだが上司の方針は変わらない。クラスメイトは一年生の方がスレてはおらず誤魔化しや取り繕いがし易かろう、不測の事態に備えて長期の滞在を視野に入れた配慮だなどと、訳の分からぬ屁理屈で相も変わらず一年生の繰り返しだ。辟易してくる。

 どうせ三ヶ月と経たず次の学校に赴くのだから無用な判断、無益な取り決めだと云いたい。


 一度決めたことは如何いかに下らない事であろうと頑なに押し通すあの様を、頑固と言えば良いのか意固地と言えば良いのか。普通ではない部署の責任者を務める者は、普通ではない者が務めるという決まりがあるのかもしれなかった。


 不意に人の気配があった。

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