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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第一話 駆除者
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1-10 奇妙な既視感を感じた

 きみは誰も失っていないし傷ついてもいない。


 そして今夜は顔見知りの友人と出会って思わず話し込んでしまったと、そう家族に説明なさい。

 それで明日からもまた、普通の高校生を続ける事が出来る。


 それがきみにとってのベストな選択よ。




 頭の芯は朦朧としているというのに、妙に彼女の声だけは冴え渡って聞こえた。


 反駁はんばくの感情は驚くほどに希薄で、意識の奥底に彼女の文言が染み落ちていった。


 是もなければ否も無かった。


 ただ彼女の言葉に従うだけがその瞬間の全てだった。


 


 そして女生徒に見送られながら、佐村良樹は夜の学校を後にしたのである。




 何時ものように朝起きて何時ものように朝食を食べて、何時ものように「行ってきます」と言って家を出た。


 ただただ繰り返されるルーチンワークで何の新鮮味もドラマもない退屈な毎日だ。

 入学した当初のわくわく感というか、ぴりぴりとして何か新しいことが始まるかもしれないという期待と、一抹の不安とがない交ぜになったあの感覚。

 それはもう在り来たりな毎日に埋没してしまって、どうでもいい日常風景に為ってしまっている。

 馴れるなんてのはあっという間だなと思った。


 たまには何かこう、ドラマチックで非日常的な何かがやって来ても良いだろうに。


 何時もの通学路を何時ものように歩いて居ると学校が見えてきた。

 また在り来たりな一日を其処で過ごすことになる。何だかやれやれだ。


「どうしたの。朝っぱらからションボリした顔して」


「委員長」


 声を掛けられて振り返ると、ポニーテールの女子が快活そうに笑いながら立っていた。


「委員長は止めて欲しいな、西荻さんって呼んでよ。まだ学校の中ですらないんだからさ」


「委員長は委員長じゃないか」


「全然しっくり来ないのよね、何だか昨日の今日で貼り付けられた役職みたいでさぁ」


「何言ってるんだよ、入学して直ぐに決まったじゃないか。クラスの皆がそう呼ぶようになって何ヶ月経ったと思ってるんだい」


「それはそうなんだけどさぁ」


 そう言って彼女は納得出来ない様子で小首を傾げていた。

 そしてボクと並んで歩き始めた。


 ああもう、これじゃあ何だか最初から二人仲良く登校しているみたいなシチュエーションだ。


「しっくり来ないと言えば、一昨日の集団予防接種っていうのも何よ、唐突よね。

 ああいうものって事前に連絡があってしかるべきじゃない?

 隣町で感染症の患者が見つかって拡散を防ぐ為だとかなんとか。

 教職員もまとめて全員だったし。言ってる意味は判るけれどいきなり過ぎよ。

 ニュース見たけどそんな話、一個も出てないしさ」


「地域限定の流行だったんじゃないの?」


「しかも注射打たなくてもいい人が何人も居たそうじゃない」


「あ、僕はそれだ。既に抗体があるんだって」


「何時調べたっていうのかしらね」


「この前の健康診断の時、かな。一応採血もされたし」


「解せんわ、何もかも解せない。最近の昼休みに流れている悪趣味な音楽も納得がいかないし。

 かったるくて眠くなりそうなクラッシックばっか。ラップとかロックとかポップスとかは何処行った。

 放送部員は何をとち狂っている、いきなりの趣旨替えか、プライドは無いのか」


「クラッシックは悪趣味じゃないだろう。むしろ今までがちょっとリベラルに過ぎたような気もするよ。

 委員長は軽音部なんだから、その辺りはもっと寛容ってものがあっても良いんじゃない?

 ミュージックはミュージックじゃないか」


「音楽だからって、全部を十把一絡(じっぱひとから)げにするのは止めてくれる」


「でもまぁ、スローペースな音楽な方が洗脳の文言を仕込みやすいのかもしれないね。

 実際、音楽や映像の中にメッセージを仕込んで暗示を掛ける手法があるらしいよ。 

 確かサブリミナルとか言ったかな」


「なんじゃそりゃ」


「未来人が学校の中に潜んでいるんだよ。或いは宇宙人の手先かも知れない。

 彼らは学校に通う生徒を、将来自分達の都合の良い従順な手先として飼い慣らそうとして、日夜怪しい何かを企てているんだ。そして様々な解せない某かを僕らに仕掛けているんだよ。

 唐突な予防接種もその一環に違いない」


「それはきみが最近ハマってる、その手のイカガワシイ小説から湧いて出た発想かな」


 鞄の隙間からはみ出ている文庫本は、既に彼女の目に留まっていたらしい。


「SFはいかがわしくない。空想科学小説って立派なジャンルだ」


「でもちょっと意外。きみはそういったロジカルな読み物を好むようには見えなかったのだけれども」


「何だか急に気になってね。でも意外っていうのはどういう意味?僕の好みを話したことあったっけ」


 そもそも彼女とは、こんな具合に話すことすら珍しいというのに。


 問い返した途端に彼女は言葉に詰まって、ぷいとそっぽを向いた。

「何となくよ」などと言う。そんなリアクションではボクの方が解せないと言いたい。


 こぼれ落ちそうになっていた文庫本を仕舞い込みながら、何故僕はSFなどと今まで見向きもしなかったジャンルの本を読み出したのだろうと思う。

 何か切っ掛けはあったのだろうが、それがどうにも見当がつかなかった。


 失した某かを拾い集めるような焦燥感があって、読まないとどうにも落ち着かなかった。

 これってひょっとすると活字中毒ってヤツなんだろうか。


「わたしも読んでみようかな」


「え、なんで」


「良さそうな作品ない?」


「古典的なヤツならアシモフとか、ハミルトンとかのジュブナイル版。星新一ならショートショートで読み易いけれど」


「わたしは作品って言ったんだけれど」


 そう言えば何でボクは作家の名前を知ってるんだろう。SFなんて鞄に押し込んでいるコレが初めて買った作品だというのに。


 ふと気付くと、西荻さんの後ろ側に邑﨑さんの姿が見えた。

 僕たち二人のやり取りを物珍しそうに見ている。

 急に気恥ずかしくなって彼女から視線を外すと真正面を向いた。

 どうやら端からは割と目立つ存在らしい。


「あ、もう学校に着いちゃうからまた後で」


 そう言うと、僕の意図を察してくれた彼女がちょっとだけ距離を置いた。面白くなさげな表情に見えたのは気のせいだったのかどうか。


 色々と腑に落ちなかったり小首を傾げたりすることは多々あるけれど、淡々と繰り返される日常の一部分だ。


 僕と委員長が計らずも一緒に登校したり、それを見かけたクラスメイトが興味深く観察していたり、そんなささやかな変更点を積み重ねながら日々は過ぎてゆく。

 他のみんなだって同じようなモノだろう。世は全て事も無しだ。


 邑﨑さんが小走りになった。腕時計を見れば少し焦らなければならない時間になっている。

 僕も西荻さんも慌てて早足になった。


 目の前では邑﨑さんの特徴的な髪が跳ねていた。蔦のようなくせっ毛が、うねって踊ってまるで別の生き物のようだ。


 空中でくるくると目まぐるしくも軽やかに、鮮やかなダンスを舞っている。


 あれ、この光景何処かで見たような?


 奇妙な既視感を感じたのだが、それは予鈴であっという間にかき消されてしまった。




 そして邑﨑さんが家の都合で転校することになったと聞いたのは、それから三日後の事だった。

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