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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
第一話 駆除者
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1-1 呆然と見上げているだけだった

 月の無い夜だった。


 目を瞑って静かに耳を澄ませば、ごうと、何処からなのか判別もつかぬ漠然とした音が聞えてくる。

 町全体が唸っているようだ。

 音の出所がハッキリとせず、頭の上から厚手の布で覆われるかのようで実に鬱陶しい。

 が、むしろ深夜の夜陰には相応しいとも言えた。昼間の喧噪とはまるで違う町の吐息だ。


 建物の屋上に片膝を立てて腰掛けているのはセーラー服の女子で、まるで蔦のようにうねった酷いくせっ毛の黒髪を夜風にたなびかせながら、身じろぎもせず、静かに目を閉じてソコに在った。


 制服の襟が風に弄ばれて頬を叩いていた。


 瞑った瞼の上を風で乱れた前髪が揺れ動いていた。


 その女子は微動だにしない。

 先刻からずっと指先一つ動かさず、氷のようにカチリと固まったままだった。

 あまりに動かないモノだから、遠目には建物の一部か、或いはオブジェに見えるのかも知れなかった。


 ちょっと気の利いたテナントビルなら左様な意匠もありそうだ。

 しかしその実、真っ黒な地面の上に建つこの四角い建屋は学校で、無駄な装飾品や小洒落た装飾などがある筈も無い。平凡至極な地方の一公立高等学校だった。


 不意に彼女は目を開いた。


 猫の目にも似た眼差しであったが、三白眼のせいで奇妙な威圧感があった。

 ジロリと睨み付けられれば言葉に詰まる、無言の抗議を投げかけられたような錯覚があった。


「どうだった?」


 いつの間に現われたのか、何時からソコに居たのか。

 投げた視線と掛けた言葉の先には黒猫が居て、ジッと彼女を見つめていた。


 額にはまるで電源ボタンのような白班があった。

 重ねて付け加えるなら足四本分の爪先も、黒と言うにはやや薄い灰色がかった毛色であった。

 だから一点のシミも無い漆黒、と言うのは些か語弊がある。

 ほぼ真っ黒な白黒のブチ猫とでも評するのが適当なのかもしれない。


 猫は女子と同様にピクリとも動かず立っていた。

 金色の目は瞬きもせず、ただ見つめ続けていた。

 まるで足が建屋のコンクリートに縫い付けられているかのように。


 酷いくせっ毛の女子が猫と視線を交し合っていたのはどれ程か。一〇ほど数えた位だったろうか。

 しばしの沈黙の後に「そう」と彼女は返事をした。


「じゃあ今夜は此処までにしておきましょうか。特にピリついた感じも無いし、まずまず今宵も平穏だったわね」


 その物言いは何処か物足りなげなニュアンスで、そして何処か安堵したかのようで。


 左手に着けた、見るからに厳ついリストウォッチと思しきモノの表示盤を見た。

 あと二時間ほどで夜が明ける。

 女子が身に着けるには不釣り合いにも思える代物なのだが、当人は特に気にしている様子は無かった。


 彼女は立ち上がるとスカートの埃を払って、ヒョイと屋上から飛び降りた。

 三階分の高さから何事もなく中庭に着地すると、何事も無かったかのように軽い足取りで中庭から出ていった。


 残された猫の方といえば、流石に一息で飛び降りるのは無謀と考えたらしく、それでもひらひらと小器用に軒先伝いで二、三回に分けてジャンプして地面に降り立った。

 待てと言わんばかりに「にい」と鳴くのだが、黒髪の彼女が振り返ることは一度とて無かった。


 そして少女と黒猫は、夜明け前の闇の中に溶け込んで消えて行ったので在る。




 佐村良樹が深夜の散歩を決め込んだのは単純な気晴らしからだった。


 夜中にコッソリ家を抜け出すのはコレが初めてじゃあない。

 配信されて間もない深夜アニメだの期間限定無料枠の映画だの、片端からハシゴしていたら妙に目が冴えて、コンビニを目指して徘徊するなどよくある話だった。


 まぁ大抵そんな日は、授業中に居眠りして担当教科の教師にドヤされるのが常であるのだが。


 しかし何だかんだで、もう夏も近い。

 期末テストなどと言う厄介ごとは在るけれど、ソレさえ乗り越えれば長い休みが待っている。

 高校生に成って初めての夏だ。

 入学したのはついこの間のような気がするのに、一度馴染んでしまえば時間の流れは思いの他に早かった。


 既に音速を超えているに違いない。


 或いは光速に達しているのかも。


 ボンヤリと先程見たファンタジー系大作映画の余韻に浸りながら、自分が通っている学校の外周を歩いた。ヤケに風が強かった。街路樹がザワザワと大きな音を立てて枝をしならせていた。


 この学校まで徒歩で五分。走ればきっと二分を切るだろう。

 通うには確かに便利だが、あまりに近すぎて嫌だった。

 何故に学校から帰ってまで、部活に興じる連中の歓声や嬌声に煩わされなければならないのか。

 家に帰って来てまで学校という存在にわずらわされたくはなかった。


 そもそもココは第一志望ですらなくて、この学校に通いたく無いからこそ別の学校を選んだというのに。まったく世の中はままならない。


 歩きながらコンビニで買った濃い味の柑橘系サイダーの封を開け、一口飲んだ。

 炭酸がパチパチと弾けて喉を蹴飛ばし胃袋の辺りに落ちてゆく。ホッと溜息をついた。


 ああ、明日の、っていうかもう今日か。今日の一時限目は英語だったっけ。

 何か忘れているような・・・・あ、しまった。課題あったんだっけ。

 ホームルームが始まる前に、誰かから写させてもらえないかな。

 物理と歴史の課題は何人かに写させてやったことがあったし、その対価ってコトで。


 ダメかな。真後ろの席の七尾はどうだ、やっているかな。

 それとも僕と同じようにすっぽかしているのだろうか。


 アイツは理系の課題は小まめにやるけど、語学系はガン無視してるからな。

 SFマニアを自称して小説はしこたま読んでいるくせに、どーゆーことだ。

 まぁ確かに英語や古典は赤点スレスレだったし、あまりアテには出来ないか。


 いや、僕も人のことは言えないけれど・・・・


 今からやってたら睡眠時間が無くなる。ヘタをしたら朝に為っちゃうかも。

 今は眠気が何処かにいっているけれど、眠っておかなきゃ確実にヤバい。


 どうしようかなと再び飲みかけのサイダーを口にして、ピタリと足を止めた。

 学校の外周を囲う塀の真横に、ポツンと人影が佇んでいたからである。


・・・・何をして居るんだろう。


 小柄な人物だった。男性のようにも見えるが女性かも知れない。

 目深に帽子を被っているし、夜でしかも遠目なので体型が分からなかった。

 そもそも、その人のすぐ側に立っている街灯が無かったら闇の中に溶け込んで、居たというコトにすら気付かなかったに違いない。


 妙だと思ったのは、その人物はキョロキョロと落ち着きなく周囲を窺っていたからだ。

 何度も振り返って誰も居ないことを確かめて居る様に見えた。僕に気付かないのはきっと、街灯の明かりが届かない暗がりの中に居るからに違いない。


 ハッキリ言って怪しさ満点である。実に挙動不審だ。

 ちょっとお近づきに為りたくなかった。昼間なら兎も角、今は人気も途絶えた深夜なのである。


 遠回りだけど、引き返して別の道から帰ろうか。

 そう考えて踵を返そうとした時である。

 人影は塀の上を見上げたかと思うと膝を屈めた。

 そのまま、ぴょんとジャンプして軽々と塀を跳び越え、その向こう側へと消えて行ったのである。


 えっ。


 僕は唖然として固まってしまった。


 一瞬呆けた後に、慌ててその人物が立って居た場所まで駆け寄った。

 飛び越えていった先の塀を見上げて、そんな莫迦なと思った。

 だってその塀はあの小柄な人影の背丈はおろか、僕が両手を伸ばしても上の縁には届かないからだ。


 優に二メートルを超えている。この高さをタダの垂直跳びで?


 僕はただポカンと口を開けて、塀の上に拡がる夜空を呆然と見上げているだけだった。

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