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この人生の終わらせ方  作者: 妻鹿シジミ
6/8

福岡 2

近年、同性愛はLGBTなどと表現され市民権を得だした。

そして多様性を認めないのが悪かのような風潮にパワーハラスメントのような圧を感じている方もいるのではないだろうか。


時代とは移りゆくものであるが人の世は変わらないものである。


長いものに巻かれ、声が大きい人の主張だけが通るのである。


LGBTとして自分たちの権利を求め主張をすることばかりに目を向けているが、その傍らでLGBTのことをどうしても生理的に受け付けないと感じる人がいることを忘れていないだろうか。


かく言う私は現在知らない女性が苦手である。

電車で横にいられることに多大な不快感を覚えるほどである。


女性の方からも男性が怖いという声があるが、私も言いたい。


あなた方のことが怖いのだ。




閑話休題。さて木下くんが好き。



そう自覚し出したのはいつのことであったであろうか。



体育祭?


いや違う。

私は運動音痴だったが障害物競走だけは得意であった。幼い頃から上に4人もタンコブのような兄弟がいて押しのけながら生活してきたのだ。

そんじょそこらの奴らとは歴が違う。

だから3年間通して参加したし一位は確実にとっていた。


木下くんはよくやった!と褒めてくれたが褒められたからといって靡くほど私は単純ではない。



製図の授業?


いや違う。

確かにあの訳のわからない顧問の元、部活の時間内に製図を描いていたこともあったので私の製図の速さと美しさには定評があった。

彼と共に製図を引いたこともある。


しかしそんな数時間で恋に落ちるほど現実は甘くない。



そう恋とは“いつ”“どこで”などと簡単に調べがつくものではないのだ。


今思えば木下くんが私の初恋であった。


それまでに好きになった人もいたが恋焦がれることなどなくただなんとなく好きになっていたが木下くんに対しては違った。

私は本気だった。




好きだと思うと次第に彼と一緒にいることでなぜか緊張するようになった。




相変わらず彼と一緒にカラオケに行ったしボーリングもたこ焼きもした。


だが、大っぴろげにはできない叶わない恋をしているという自覚から距離を置いていた。


…などという控えめさがあればもしかするともしかしたのかもしれない。



私は元来、自己中であるし猪突猛進である。自分の世界に逃げ込むのも得意である。

寒いと言って彼の制服をよく借りていたし彼にバレないようにいつも彼の私物を膝に置いていた。

カラオケでは私自身の歌の前にわざとジュースを飲みきり間奏で「一口ちょうだい」と彼との間接キスを楽しんでいた。


おそらく私の好意はバレバレだったのだろう。

ある時クラスの紅一点(私からすれば邪魔者でしかないのだが)が

「〇〇って木下くん大好きだよね」と大きな声で言った。


私はふいを突かれてしどろもどろになり「え、えそうか?」と白を切ろうとしたが明らかに挙動不審になってしまった。


すると紅一点は察したのだろう「あ、なんかごめん…そういうのじゃなくて、なんか弟みたいだよね」とカバーしてきたが時は既にお寿司である。遅しであった。



私は他人に自分の好意が悟られていることを恥ずかしく思いそれ以降木下くんとの距離を取るようになった。


木下くんを高校一年の末から卒業するまでの2年、片想いし続けていたが高校三年の秋を過ぎてからあまり話していない。




さて、高校3年間を語るにまだまだ登場していただきたい人がいる。


原田と樋渡だ。


高校一年のクラス、名前順で私と原田と樋渡は並んでいた。

原田は入学後初めてできた友人であり、樋渡はあの頭の硬い中学の頃からの知人であった。


私たちは特に部活に対して興味がなかったので例のモラハラ顧問の下に誘われ同じ部活動に所属することになった。


私が2年の半ばで辞めるまでいつも一緒だった。


かと言って当初から仲が良かったわけではない。

いや当初は仲が良かったのだ。



私も大概だが、原田も独特な性格だった。

マイルールは多かったし過激な思想もあった。


例えば税金を無駄にするなと政府に怒り、老人は生産性のない順に安楽死させるべきだと主張し、あの訳のわからない顧問のために部活辞めるなと泣くそんな奴だった。


そして、人を立てることが上手だった。



高校入学すると最初にオリエンテーションがある学校も多いのではないだろうか。


私の通った高校も例に漏れず二泊三日のオリエンテーション合宿があった。

おそらく高尚な理念のもと始まったものなのだろうが、そんなものは形骸化しただ体育会系の先輩方に扱かれる恐怖の合宿であった。


私は班長となり点呼や伝達の役割を果たしたが、原田は私を全力でサポートしてくれた。


当時流行っていたバンドに某エアーバンドがある。私はあの肉塊かんなの影響でよく聞いていたし沖縄姓の彼のファンだった。そして原田も熱烈なファンであり話がよくあったので休憩時間もずっと話していた。



登山をしたり仰け反りながら校歌を歌ったり団体行動をしたりとさまざまな課程をこなして俗世に戻った私たちは皆一様に声が枯れ筋肉痛になり、先輩に好かれたもの嫌われたもの興味を持たれなかったものに別れた。



少し前に書かせてもらったのだが、私は一人の時間がないとイライラする性格である。

放っておいて欲しいのだ。


しかし入学後初めてできた友人として合宿の前準備の際から私と原田はべったりし過ぎていた。




合宿後、私は原田を気持ち悪いと忌避感を感じた。


そして私は他のクラスメイトと共に彼を無視して仲間から弾き出した。


元より原田はその独特な思考回路ゆえ友人が少なかった。



といっても、私も一人行動が多いタイプで人に合わせるのが得意ではない。

原田も一人だったが、私も一人だった。


樋渡はというと私と一緒か原田と一緒か、はたまた一人か。


私たち3人は一緒にいるようでバラバラだったしとても似ていた。




ある時私は宗教について誰かに話したくなった。心の底から信じていたのだ。それを誰かに伝えるのはごく自然なことではないだろうか。



例えば、あなたは一人イヤホンをしながら商店街にいるとする。向こうのほうで何かが起きているが気が付かない。


周りの人は自分が逃げるので精一杯であなたがいることに気がつかない。

そこに親切な人が教えてくれたとする。


向こうで包丁を持った人が暴れてるらしい。


その場からは何も見えないが、あなたはそれに感謝してその場を足早に去るだろう。特売の野菜が買えなかった!などというだろうか。



実に正当化、美化した表現だが多くの宗教家はこういった理論で、あなたに声をかけるのだろう。


善意なのだ。


それを邪険にしないでいただけると元宗教に携わっていた身分からすると嬉しい。

聞きたくなければ聞かなければいいのだ。



正直善意の押し売りが一番厄介ではあるが“多様性”と思っていただきたい。


彼らはそういう人たちなのだ。

人に期待しても仕方ない。




私もそう言った思考で活動していたし、同級生にもぜひ伝えたいと思った。

しかし幸せになる方法を解く宗教が人を嫌っていいのだろうかと思うようになり、原田に正直に思っていることを話した。



原田は大人であった。

彼も家族と信仰している宗教があるというが私の謝罪を受け入れ、時折信仰について議論を交わすようになった。


そして付かず離れずの距離を保って接してくれるようになった。




さて、LGBTのG、ゲイにも色々な種類の人がいる。


男役をタチ


女役をウケ、もしくはネコ


どちらともする人をリバーシブルからとってリバ


挿入をしない主義の人をバニラ


まだ細分化しようとするとあるのだが私は女役のウケ、ネコに相当する。



猫に限った話ではないが追われると逃げたくなり

逃げられると会いたくなるのは生物の本能なのではないだろうか。


私にもそれは大いに当てはまり、入学当初原田がグイグイ距離を縮めてきた時は気持ち悪いと思ったが、原田が節度を持って接してくれるとこちらからついグイグイいってしまうのだ。



面倒臭い女のようである。我儘なのである。それが私なのである。もう仕方ないであろう。


そんなこんなで、私の高校一年を終え2年へと進学するのであった。

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