58.道は続いてゆく
神殿内にある託児所。そこでは、神殿でレフィエリのために働く者たちの子が時間を潰している。と言ってもそれほど大規模なものではなく、神殿内の一室とそのすぐ横にある小さな庭だけで成り立っているものだが。それでもまだ世の広さを知らない子どもたちにとっては広い世界であって、彼ら彼女らは、そこで一日の多くの時間を楽しく明るく過ごしているのだ。
そんな部屋に、アウピロスはいた。
「ごめんなさいねぇ面倒みてもらって」
「いえいえ」
子どもたちを見守りながら忙しく働く女性たちとは対照的に、アウピロスは大人でありながら前後に揺れる椅子に腰を下ろしている。だが遊んでいるわけではない。赤子を抱っこしているのだ。つまり、これはきちんとした一種の仕事のようなものなのである。いや、厳密にはボランティア活動のようなものか。給料を貰っているわけではない。
アウピロスは両手を器用に使ってうっすらと銀髪の生えた頭の赤ちゃんをだっこしている。
彼にとって、こういう経験は珍しいものだった。
そもそも結婚していないし子も持ってこなかった彼は赤ちゃんを抱いたことなどなかったのだ。
けれども周りの人たちに色々聞いて習って。
それでここまである程度自然にだっこができるようになったのである。
そこへ、一人の男が飛び込んでくる。
「やぁー! おじさーん! どんな感じーっ?」
託児所へ突撃してきたのはリベルだった。
彼は周囲のことなどほとんど気にせずアウピロスのところにまで真っ直ぐに走っていく。
椅子のすぐ傍にまでたどり着くと、肘置きに手をついて、身を乗り出すようにしてアウピロスがだっこしている赤ちゃんの顔を覗き込む。
「おおー! よく寝てるねーっ」
「こら、リベルくん静かに」
厳しい一言が出て。
「っ……うんそうだよねごめーん」
リベルは、やらかしちゃった、というような顔をして小声になる。
「気持ちよさそーう、僕も眠くなってきたなぁ」
そんなことを言いながらリベルは地面に腰を下ろす。それからふわぁとあくびのような音を立てて横になる。その姿はまるで気ままに眠る猫のよう。
「まったく。リベルくんたら、そんなところで寝ないでくださいよ」
「いいじゃんー、寝させてよー」
「どこでも寝ていいってものではないんですよ」
「ここは敵もいないし、大丈夫だってー」
その時、一人の女の子どもがリベルの方へ駆けてきて、そのまま寝ている彼の腹に足をひっかけてしまって転んだのだ。
「っ!?」
いきなりの出来事に目をぱちぱちさせるリベル。
倒れてきた子どもを取り敢えず支え怪我しないようにする、が、何が起きたのかまだ少し理解が及んでいない様子だ。
「うわああああああああああ!」
女の子は号泣した。
驚いたのだろう。
「えええ!?」
まさかの展開、と思ったのか、リベルは驚きの声をあげる。
「リベルくん!」
アウピロスは小声ながら名を呼んで注意する。
「……ごめんなさーい」
「ぶゅえああああああああ!」
「と、取り敢えず、向こう行こっかー? 痛かった? 大丈夫ー?」
アウピロスが抱いている赤ちゃんが目覚めては大変なので、リベルは号泣する女の子を連れてその場から離れた。
託児所からの帰り道。
二人は並んで歩いている。
「さっきはごめんねーおじさん」
「やれやれ。リベルくんが来るといつもああですよね」
「ごめんってー」
「ほんといつも騒がしくなるんですよね」
「しつこいよー」
「事実でしょう」
「ま、そうなんだけどね」
レフィエリは平和を取り戻した。
完全に元通りになったわけではないけれど、それでも、徐々にかつての平穏が戻りつつはある。
完全な復興にはまだ時間がかかるだろうけれど。
「ところでおじさん、あの話、どうなったの?」
「あの子の話ですね」
「そうそうー」
廊下ですれ違う者も今はもうリベルらを異端としてじろじろと見ることはしない。レフィエリの民とは異なる姿をしていても、彼らはもうそこにあるものになっているのだ。廊下を歩いていて当たり前、そういう存在になっている。
「ゆくゆく引き取ろうって……少し話してみておきました」
「ホント!?」
「引き取り手がいないからそれも可能、って、言ってらっしゃいましたよ。まぁ、でも、何かと色々手続きが必要になりますけどね」
「ふーん、そっかぁ」
先を行くリベルは軽やかに舞うように数歩踏み出し、振り返る。
「じゃ、お金貯めないとね!」
彼はご機嫌だった。
声も表情も漂わせている雰囲気も、そのすべてに明るい色がある。
「別荘建てるぞーっ!」
急に叫ぶリベル。
「ええ……」
呆れるアウピロス。
「もう! まったく。何度も言っていますけれど、こんなところでいきなり叫ばないでください」
道は続いてゆく。
色を、匂いを、そして人を――着実に変化させながら。




