57.紅と闇の果てに
その日、アウディーとエディカは、今は亡きあの人の墓を訪ねていた。
青く澄んだ空は二人を穏やかに見守る故人である彼女の姿を描いているかのようで。
「戦いはひとまず終わった。……皆無事だよ、生きてる」
墓の真正面に腰を下ろしたアウディーはいつものように両手を組みながら言葉を紡ぐ。
もうずっと続けてきている行為だ。
そこに彼女の身はなくても、彼は、彼女に伝えたいことをこうして口から出す。
「護ってくれてありがとな」
返事はない。
けれどもアウディーにはそんなことはどうでもいいことなのだ。
自分の言葉を、自分の話を、伝えられるだけでいい――いや、伝えられていると思えるだけ、それでも嬉しいのだ。
生前話せない時間が多かった。そして、その状況を作り出していたのは、他の誰でもなく自分だった。アウディーはそう思っているし後悔している。だからこそ、今、手遅れだと分かっていながらもこうして愛する人へ言葉を向ける時間を意図的に作っているのだ。
「ほら、エディカも何か言えよ」
「え? いーよアタシは。心の中だけで祈っとく」
「マジかよ」
「アタシは別に声に出して喋りたいとかないしな」
「えええー……」
その時。
紅のポニーテールを子どものように揺らしているフィオーネが通りかかる。
「あ! エディカさん! それに、アウディーおじさまも!」
父娘に気がついたフィオーネは片手を掲げ大きく手を振りながら言葉を放った。
「よ、フィオーネ」
エディカが口を開いて対応すれば、フィオーネは餌づけされた猫のように彼女の方へ近づいていく。
「もしかしてお墓参りですか?」
「ああ」
「邪魔しちゃまずい……ですかね」
「いやべつに大丈夫だろ」
「そういうもの、ですか。分かりました」
フィオーネは女王となり、一度国難を越えた。
それでもなお彼女の子どものような綺麗さは消えることはなく。
凛々しく育った一方で、かつてから持っていた幼き純粋さのようなものも残っており、どことなくアンバランスな雰囲気となっている。
もっとも、それゆえ多くの人から愛されているという側面もあるのだが。
「――お、いたのかフィオーネ」
遅れてフィオーネに気づくアウディー。
「あ、はい!」
「珍しいな、こんなところに来るなんて」
言いながら立ち上がる。
「何の用だ?」
「いえ、用ではないのです。そこの道を通っていまして」
「それだけか?」
「はい」
瞬間、フィオーネは、自分に用事があったことを思い出す。
「あ! そうでした! 今から仕事が!」
「そうなのか」
「すみません! では私はこれで!」
数回軽い礼をして、フィオーネは走っていった。
墓の前にはまた父娘だけが残る。
爽やかな風に橙色の髪が揺れていた。
ちなみにフィオーネがこの後何をしなくてはならなかったのかというと、神殿内で負傷者の手当てをするために使っていた部屋の清掃のお手伝いである。
負傷者の状況がおおよそ落ち着くまでそこは閉じられなかった。
そのため他のところより長く利用されることとなっているのだ。
で、そろそろ負傷者らもそこから出ていく時期となったので、おおよそ怪我人がいなくなったそこを大掃除するということなのである。
最初フィオーネはその清掃の様子を見守るという話だったのだが、本人が「見ているだけなんて」と言ったこともあり、彼女も共に清掃を行うこととなったのだ。
それで実際何をしたかというと。
フィオーネは汗やら血やらで汚れてしまった壁の一部を清潔な状態に戻すという掃除の担当になった。
先から作業を始めていた女性に使う物や掃除の具体的なやり方を丁寧に習い、フィオーネは懸命に壁を磨いた。




