48.ひとすじ
朝が来る。
降り注ぐ日射し、ありふれた日常の中では気にもならないそれが、特別な朝においてだけはいやに眩しくて。
目覚めたばかりのアウピロスは溜め息と共に目を細める。
恐らく今日レフィエリを護る戦いが本格的に幕開ける――。
リベルはまだ眠っている、とても心地よさそうに。だが、その柔らかな表情を見てもなお、今のアウピロスは穏やかに微笑むことはできない。
むしろ、胸の痛みが強まるばかり。
彼は行ってしまう。
次に会えるのがいつか、分からない。
遠いところへ行ってしまうのではないだけましではあるけれど、それでも、会えなくなることへの切なさはあって。
以前はよく己を抑えてリベルを見送った。けれどもレフィエリへ来てからは平和そのもので、胸の鈍痛を抑えて彼を見送る日はなかった。きっともうそんな日は来ないだろう、とさえ思っていた。だから、もうずっと忘れていたのだ――彼が出掛けていってしまう朝の胸の痛みなど。
◆
「じゃ、そろそろ行ってくるよー」
もう何度も聞いた言葉。
それはリベルの朝の口癖だった。
「え!? も、もう!?」
「うん、だってさー、集合時間ぎりぎりはまずいでしょー」
「……そう」
今日ばかりは明るい顔をできないアウピロスに、リベルは不思議そうな顔をして歩み寄る。
「おじさん?」
彼が顔を覗き込もうとすれば、アウピロスは顔をそむける。
顔を見せる勇気がない、いつものように笑顔で見送ることができない、だからアウピロスは顔を見られたくなかったのだ。
数秒沈黙があった。
お互い何も言いはしなかったが相手の気持ちだけは多少察していることだろう。
「すぐ終わるよ」
やがて沈黙を破ったのはリベルだった。
彼は独り言のように呟いてから、悲しそうな顔を伏せているアウピロスの背に右腕を回す。そして、その少年のように滑らかな頬を、アウピロスの肩付近に当てがう。
「絶対帰ってくるから。待っててね」
その言葉に、アウピロスは何も返せなかった。
――その口を開いたら。
きっと嫌だと言ってしまうから。
引き留めようとしてしまうから。
◆
一人になった部屋でアウピロスは、食器を片付けてから、いつものようにテーブルを拭いた。
いつもと何も変わらない行動だ。
けれども今日だけはその行いにさえ特別な色が含まれている。
まだ何も始まっていないのに、もう遺されたような気分になって――馬鹿げていると思いながらも、ひとすじ涙をこぼした。
瞳からこぼれた滴が拭き終えたばかりのテーブルを濡らす。
宝石のような透き通った粒は、窓の外からの光を受けて煌めいていた。




