45.壊せ!(2)
順序は逆転している。
前を行くのはアウディーで、その後ろで後方の敵に目をやりつつ駆けているのがリベルだ。
雨のせいで足もとはぬかるみ、足のつくそこの状態はお世辞にも良いとは言えない。とはいえそのような言い訳をしたからといって追ってくる敵が速度を落としてくれるはずもない。そのため、捕まらないでいようと思ったならただひたすら駆ける外ない。
やがて、雷鳴が轟く。
暗雲に覆われた空が眩しく光った。
――それとほぼ同時に背後から飛んできた攻撃魔法、それはリベルの右足首に命中する。
「わっ」
リベルの身体が宙に浮く。
そして彼はつまづいたかのように前向けに転倒した。
「リベル!?」
前を行っていたアウディーはそのことにすぐに気づいた。そして足を止める。座り込むような体勢になっているリベルは苦みのある笑みを浮かべて「先行っててー」と言う、けれどもアウディーは首を左右に振った。彼は速やかにリベルをおんぶする、リベルの前面が後ろへ向くような向きで。
「これで走んぞ、敵が来たら攻撃してくれ」
「人間魔法砲台だねー?」
「何だそりゃ……まぁいい、それならできるだろ」
「うんうんー」
全力疾走し始めるアウディー。
リベルを一人で走らせた方が速いことは分かっている。走ればアウディーよりリベルの方が足が速いから。だがリベルが足首に攻撃を受けた今はこうして運ぶ方が効率的なのではと考えた、なのでアウディーはこの選択をした。
アウディーはとにかく走る。
リベルは追ってくる敵を魔法で討つ。
「頼むぞ!」
「はーい」
それからはそれぞれが己の役割に集中した。
そして、その成果もあり、追ってくる敵を片付けつつレフィエリの街近くにまで逃げ帰ることができた。
その頃には雨もやんでいて。
空を見上げれば、厚い雲の隙間から日射しがただいまと挨拶している。
「ねー、アウディー、もう下ろして大丈夫だよー?」
「お、おう。そうか。じゃあ下ろすわ」
アウディーは垂直落下させないよう彼にしては丁寧にリベルを地面へ下ろした。
二人ともずぶ濡れだ。
髪も顔に貼りつくような状態。
「足首、大丈夫か?」
地面に下り立ち履いているロングブーツのようなものについた乾きかけの泥を手で払おうとしているリベルに向けて、アウディーは問いを放った。
アウディーなりに心配はしているのだ。
「どうってことないよー」
「そうか。ならいいんだが……」
「心配性だなぁ」
「はぁ!? そんなんじゃねぇ!!」
あたふたなるアウディーを見て、リベルはふふと笑う。
「味方が怪我してんの放置なんてできねえだろ!」
「……味方、ね」
「何だ? 味方じゃねえってのか? 何か隠してんのか」
「ううん、そうじゃないよ。ただ、アウディーが僕のことそういう風に見てるんだって初めて知ったからさ」
首を傾げる――のではなく、そのような感情が映し出された表情を面に浮かべるアウディー。
「何でだ、もう味方だろ」
「そう言うけどさ、最初滅茶苦茶怪しんでたよねー?」
「そりゃそうだろ」
「そういうものかなぁ」
「でも今は味方だって思ってる」
アウディーの言葉に、リベルはしなやかな笑みを滲ませる。
「あはは、そりゃどーも」
空は晴れてきている。
歩き出す二人。
「前、訓練の時、助けに入ってくれただろ?」
「そーんなこともあったねー」
「あの時は助けてもらったよ、だからいつか恩返ししたかったんだ」
「それで背負ったんだ?」
「あ、いや、まぁそれだけじゃねえけど……半分くらいは、な」
「そっかぁ」
二人は喋りながら徒歩で神殿まで帰った。
時間は結構かかったが。
それでも二人には特に問題はなかった。
◆
「お帰りなさい。……凄く濡れているわね」
仕事を終えて戻った男二人を迎えたのはレフィエリシナ。
「雨が降ったんですよー、もう最悪でー」
「それは大変でしたね」
「雨さえなければもっと破壊できたのになぁ」
「その感じだと破壊できたのですね?」
リベルは終始笑顔のまま。
彼そのものとも言えるようなその表情は崩す気がない限り崩れない。
「破壊できたのは五つくらいですねー」
「そう……」
「少ないですよねー? ごめんなさーい」
「いえ、一つでも減らせば意味はあるはずです」
◆
「リベルくん!? どうしたんです!? 濡れました!?」
部屋へ戻ったリベルはアウピロスにいきなり大きな声を発されてしまう。
「うん、ちょっと仕事でー」
「仕事で!?」
「途中で雨が降ってきちゃってさ」
「ああ……そういうことですか……」
濡れなくなってから数時間が経ち、一度は水浸しになった服も自然に乾いてはきている。けれども一時濡れたという痕が消えることはなく。一度濡れて乾いた状態であることは隠せない。
「と、とにかく! 脱いでください!」
「慌てないでよおじさんー」
「いいから脱いで! 乾かさないといけません。は! や! く!」
「……はーい」
アウピロスから圧をかけられ、リベルは渋々脱ぎ始める。




