41.ここの警備隊って空気だよねー
フィオーネはレフィエリシナから呼び出しを受けた。
朝から呼び出されるのは珍しいことだ。
「先日の石のことだけれど」
第一声、レフィエリシナは放つ。
「リベルに確認してもらったけれど、石には特におかしな点はなかったようね」
数日前、石でできた人型の敵に一般人の女性が襲われるという事件があった。通りかかったフィオーネが助けに入ったため女性に怪我はなく、そのためそこまで大事にはならなかったが、その時の敵の身体を構成していたと思われる石を一つ採取し不自然な点がないかを調べてもらっていたのだ。
「普通の石ですって」
「そうでしたか……なら良かったです」
報告を受けたフィオーネは安堵した。
実は少しだけ恐れていたのだ――何かとんでもないことが判明してしまうのではないか、と。
特別なことは何もない、そういう結果を望んでいた。
だから普通の石だという話を聞いて密かに胸を撫で下ろしている。
「嬉しそうね、フィオーネ」
「はい。結果がずっと気になっていたんです。何もなかったらいいなって思っていました」
フィオーネとレフィエリシナが喋っていた時。
大きなノック音が数回鳴り、直後、誰かが勝手に扉を開けた。
「フィオーネ様! 敵襲です!」
顔を九割以上隠すくらい防具をしっかり着込んでいる男性だった。
「何事ですか!?」
「外に敵が!」
頑丈そうな防具に身を包んだ男性はフィオーネらの方へとつかつかと進んでくる。その足取りに迷いや遠慮といったものはない。レフィエリシナという貴い人の部屋に初めて入るにしては緊張は感じられない。まるでそういった部屋に入り慣れているかのような足取りだ。
「外に? 敵? 待ってください、行きます」
フィオーネが対応するため扉の方へ歩き出そうとした、瞬間。
敵襲を報せに来た男性が想定外の動きをした。
「動くな!!」
男性はレフィエリシナの背後に回り、いつの間にか手にしていた太い短剣の先を彼女の灰色の喉もとへ。
「お母様!」
フィオーネは思わず叫ぶ。
味方のふりをした敵。それは即座に理解できた。けれどどうすれば良いものかと考えてしまって。ただその場に立ち尽くすことしかできない。
「少しでも動いてみろ、この女を殺してやる」
「やめてください!」
「何を言おうが無駄だ」
レフィエリシナは男性の片手に両手首をまとめて掴まれている。
「離してください」
「何を言っても無駄ってこった。なんせこれは仕事だからな!!」
言葉で説得しようとするフィオーネを馬鹿にするように鼻で笑う男性だったが――直後、どこかから飛んできた青白く光る刃に眉間を貫かれた。
一撃だった。
男性はその場で崩れ落ち、レフィエリシナは自由を得る。
そこへ飛んでくるどこか呑気そうな声。
「おかしな人が増える季節だねー」
扉の陰からひょっこり現れたのはリベル。
「師匠!」
「怪しい人がいたからさー、意味もなくついてきちゃったんだよね」
レフィエリシナは直前まで強めに掴まれていた手首を気にしている。
「ここの警備隊って空気だよねー」
リベルは棒読み風な調子でそう言って笑う。
「母を救ってくださりありがとうございます」
「ほんとは生かして捕まえた方が良かったよねー? ごめんねー?」
「いえ、そのようなことは」
「そうー?」
フィオーネと言葉を交わしつつ部屋の奥へと進んできたリベルは、床に転がっている男性だった身体を片手で引っ張り始める。
既に片づけに入っているのだ。
リベルは脱力した男性だった身体を部屋から運び出そうとしている。
「じゃ、これは警備隊に届けとくねー」
嵐が過ぎ去るように。
部屋に静寂と平穏が戻る。
「お母様、お怪我は」
「ないわ」
「……すみません、私、何もできず」
「わたしが甘かったのよ。油断していたもの。貴女のせいではないわ」
何ともいえない空気になってしまいフィオーネは少し後悔した。
自分が男性の不審な点に気づけていたら、と。
「次は絶対に早く気づいて対処します」
フィオーネは愛する人の前でそう誓った。




