40.子どもたちとの交流
ここのところ、レフィエリには不穏な空気が流れている。
現時点では特にこれといった大きな動きがあるわけではないのだが、不穏な噂のこともあり少々薄暗い空気になってしまいがちなのだ。
とはいえ、たまにはほっこりできるような出来事もある。
四六時中地獄の沼にはまっているような状態ではない。
「フィオーネ、今日は子どもたちとの交流会があるらしいな」
「あ、エディカさん! はい! そうなんです」
この日フィオーネには予定があった。
それはレフィエリの子どもたちとの交流イベントである。
「アタシも同行するから」
「そうなんですか!?」
眼球が飛び出そうなくらい豪快に驚くフィオーネ。
「落ち着けフィオーネ」
「は、はい……」
小さなことに大きな衝撃を受けているフィオーネの背を、エディカは呆れた顔で撫ででいた。
「ふぃおおねさん! きょうはみんなでつくったぷれぜんとをもってきましとうぁ! うけとっちぇくだたい!」
子どもたちとの交流会が始まる。
緊張していたフィオーネだったが、子ども代表が発する気の抜けたようででも懸命な言葉を聞き、急激に元気を取り戻す。
そして間もなく『みんなでつくったぷれぜんと』である八羽蔓が子どもからフィオーネへ手渡された。
それは、深緑色の蔓を絡め組むようにして作られた八羽の鳥――特に何かに使うものではなく、置物である。
「か、かわいぃぃぃぃぃぃ」
鳥の頭部にはペンで目が描かれている。
それがまた気の抜けたようなもので。
フィオーネは思わず顔面をとろけさせてしまう。
「うけとっちぇくだたい!」
「ありがとうございま――か、かわいぃぃぃぃぃぃとろけるぅぅぅぅぅ」
思わず本心を漏らしてしまったフィオーネ。
直後、フィオーネは、やらかしたかも、というような焦った顔になるのだが。
少しして会場内に柔らかな笑い声が広がって。
それを受け、フィオーネは安堵し、顔面にあどけなさの残る照れ笑いを滲ませる。
「フィオーネさんって可愛らしいお方なのねぇ」
「あまりお人柄は知らなかったけれど、好きだわぁ」
会場内の大人たちから思わぬ形で好意的な印象を抱かれることとなるフィオーネ。
「素敵な作品をありがとうございます、皆さん」
「これからもれふぃえりゅぃをよろしくおねがいちます!」
フィオーネはしゃがみ込むようにして代表の子どもへ礼を述べる。
すると代表の子どもは恥ずかしそうに笑いながら挨拶の言葉を発する。
場にはとても温かで優しげな空気が漂っていた。
そして、子どものうちの選ばれた複数人が一人ずつ言葉を発して紡いでゆくというコーナーに入る。
「ふぃおおねさん!」
「きょうはありがつぉうごだいまちとぁ!」
「ぷれぜんとをわたせたことが」
「とてもうれしいでつ!」
フィオーネは贈られた八羽蔓を両手で大事に持ちながら言葉を聞く。
「じょぉうさまになられたことを」
「わたちたてぃもおいわいちまつ!」
「れふぃえりゅぃにおおきゅのこうふきゅがありまつように!」
「おくりもの、よければぜひかざってください!」
「ふぃおおねしあわてがたくたんありまつように!」
その言葉をもって、プレゼントを渡す謎の儀式は終了した。
しかし交流会はまだ終わらない。
――ここから引き続き軽い食事会があるのだ。
『ただいまより、部屋の移動を行います』
アナウンスがあって。
子どもたちは列を作って歩き始めた。
当然、フィオーネらもそれに同行する。
部屋移動をした先にはローテーブルがたくさん置かれていて、その上には既に食事の準備がされていた。
一人ずつ食べられるよう、取り分けは済んでいるようだ。
『レフィエリ中央幼稚園の給食を担当している者たちが作った食事になっております』
さらにアナウンスがあった。
「フィオーネ様こちらへどうぞ」
「あ、はい、ありがとうございます」
やがて全員が席に着くと、食事開始の挨拶が行われ、そこから流れ込むように食事が始まる。
フィオーネの隣の席はエディカだ。
知り合いが近くにいてくれるだけで不思議な安心感があった。
「美味しそうですね、エディカさん」
「ああそうだな、なかなかクオリティ高そうだな」
その食事会の最中。
早く食べ終えてエディカのところへ駆けてきた少女が一人。
「おとうたんからきいたんでつけど」
「何だ?」
「えでぃかさんはほうまんびじょ、て、ほんとうでつか?」
「ほうま……!?」
いきなりの質問に困惑するエディカ。
そこへ追撃が来る。
今度は問いの形式ではなかったが。
「えと、それと、えでぃかさんはこぼれおちるくらいぼりゅうみぃなびじょ、と、ちちがいっていまちた!」
これまた幼い少女に聞かせるような内容ではなく。
「何てこと言ってんだそのおとん」
エディカは思わず冷静に突っ込んでしまっていた。
そうしているうちに食事会も終わり、終わりの言葉と共に、交流会は幕を下ろした。
神殿へ戻ってから。
二人、少しだけ気を緩めて喋る。
「お疲れ様でした、エディカさん」
「ああ」
「大丈夫でしたか?」
「ああ、問題ない。フィオーネは? 疲れてないか?」
「可愛い置物を貰えましたし、料理にトマトが入っていましたし、最高のイベントでした!」
フィオーネの目はキラキラしていた。
それを見たエディカは「ならいいけどさ」とだけ返した。
「できればまた、いつか、開催したいですね」
「お。気に入ったのか?」
「はい。小さい子というのはとても愛おしいです――見ているだけで元気を貰えるようで」
フィオーネは知らなかった世界を知ったような気がしていた。
小さくて、弱々しく、それでも明るく生きている生命。
その愛おしさを今回強く感じた。
幼い子の命を要らないものと思っていたわけではないが、それでも、関わってみて初めて気づくことができた部分というのもあったのだ。
「エディカさんはどうでした?」
「色々考えさせられることがあったな」
「豊満美女とかこぼれ落ちるくらいボリューミーな美女とか言われていましたね!」
「ありゃ将来が心配だわ」
やれやれ、というような動作をしてから、エディカは短く放った。
「エディカさん、人気者ですね! 褒められてますよ!」
「素直に喜べねぇ……」
「あの子のお父さん、エディカさんの大ファンなんでしょうね。鳥を飼っていたら鳥に性癖を暴露されるタイプですよね、きっと」




