32.こんな人生じゃ、ね
その日、仕事がなかったリベルは、アウピロスを連れて街へ出掛けていた。
寝るも起きるも一緒な二人だが、こうして二人で外出するというのはあまり多いものではない。というのも、日頃はリベルの仕事が忙しいのだ。そのため自然と別行動の時間が長くなりやすい、そこに二人の心なんて関係しない。
「ごめんねー? おじさん。急にこんなこと言い出して」
「いえ、慣れていますから、大丈夫ですよ」
晴れた空の下、二人は並んで歩く。
石畳と靴が当たるたびに乾いた音が歌った。
「それでリベルくん、今日は何をするのですか?」
「うーん、まだ決めてない!」
「ええっ」
「おじさん何したい?」
「それは難しい問いですね」
「そっちも考えてないじゃんー」
「そちらが誘ったのでしょう」
「ま、そーだよねー。うーんどうしよっか……」
その時リベルの目に留まったのは、赤ちゃん用品の店だった。
ガラス張りの店先にはモビールのような玩具や赤ちゃんサイズのつなぎの服などが展示されていて外からも見えるようになっている。全体的にパステルカラーで構成されたデザインとなっており、見るからに柔らかな雰囲気を漂わせている。
「あ! そこの店とか入る?」
「ええっ、赤ちゃん用品店ですよ」
「まずいかなぁ」
「男二人じゃ入りづらいですよ……」
「ま、いいんじゃない? 珍しいお客ってことで!」
ええー、と言いたげな顔をするアウピロスだったが、リベルはもうすっかりその気になってしまっているので今さら嫌だとかは言えない。
「まったく、仕方ないですね。分かりました。そういうことにしておきましょう、入りましょうか」
「やったー!」
敢えて大きく万歳してみせるリベル。
「じゃ、行こ!」
「はいはい」
扉が開けば、鐘の音が来店を知らせる。
店内には若い男女もいれば老齢の夫婦などもいた――恐らく、娘の出産に際し赤ちゃん用品を買いに来ている者もいるのだろう。
ただ、男性同士で来ている者はやはり多くはない。
ほぼいないといっても過言ではないくらいだ。
「少し……緊張しますね」
「うんうんー」
「ああっ、あまり早く歩いちゃ危ないですよ!? 通路狭いですから――って、ああっ」
注意している最中、アウピロスは何者かにぶつかられ、その場で転倒しそうになってしまった。
だが何とか完全に転倒することは防ぐことができた。
それは、気づいたリベルが素早く腕を掴んでいたからだ。
「大丈夫? おじさん」
「あ……はい」
そこへ、女性の声が飛んでくる。
「す、すみません! ぶつかってしまって!」
腹の大きな女性だった。
銀細工のような髪が美しい。
「あ、いえ、大丈夫ですよ」
「すみませんでした……」
アウピロスが女性に言葉を返していると。
「もしかして子ども!?」
リベルは興味深そうに女性へ近づいていく。
「ちょ、リベルくんっ、いきなり失れ――」
「子が入ってる!?」
アウピロスが注意しようとするがリベルは気づいていない。
彼は目の前の腹が大きくなった女性に気を取られている。
「え……あ、あの……」
「人間って腹の中で子を育てるんだよね!?」
「あ……は、はい……そう、です」
女性は少し引き気味だった。
けれど。
「へぇー! 凄いなぁ、不思議だなぁ。元気に産まれるといいね!」
リベルの瞳が輝いているのを見て少し心を開いたようで。
「ありがとうございます、頑張ります」
女性はいつの間にか笑顔になっていた。
しかし。
「きっとお姉さんみたいな綺麗な銀髪の子が生まれるんだろうなぁ」
「は、恥ずかしいです……声が大きくて……」
リベルの言葉に女性は頬を紅潮させる。
周囲からは生温かい笑みが向けられていた。
すっかり馴染んでいる女性とリベルを後ろから眺め、アウピロスは思う――目の前の青年が仕事とはいえ人殺しを重ねてきた人間だなんて夢にも思っていないだろうな、と。
でもそれで良かった。
リベルと仲良さそうに喋っている女性がまったく知らないことを自分は知っている。
そこには、優越感に似た何かがあって。
アウピロスには独特の心地よさがあった。
「ではそろそろ行きますね」
「はーい! 元気でねー!」
そのうちにリベルと女性は別れた。
そしてアウピロスのところへ戻ってくる。
「ごめんねおじさん」
「いえ」
「……怒ってる?」
「まさか。そんなわけないじゃないですか。色々見ましょう」
「はーい!」
それから二人はまた赤ちゃん用品を見た。
どう考えても購入することはない物なのだが、それでも、一つずつ見て回るというのもたまには悪くない。
これではまるで女性のショッピングのようだ、などと思いつつも、アウピロスは無邪気で気ままなリベルに付き添ってあちこち歩いていた。
そんなことをしているうちに日が暮れてきて。
付近の飲食店で腹を満たした後に、二人は神殿へと帰った。
「いやー、今日は楽しかったねー」
「……ほぼ赤ちゃん用品見てましたよね」
二人は住み慣れた部屋に帰った。
アウピロスはいつも通りに水の入ったカップを差し出す。
リベルは「ありがと」と微笑んでそれを受け取ると、その中の水を一気に飲み干してしまう。
「今日のコースはまずかったかなー?」
「いえ、構いませんけど……」
「なら良かったよー」
「でも! いきなり大声で話しかけるのは! 控えてください!」
「ええー?」
「驚かせては駄目です!」
「うわぁ、厳しいなぁ」
「当たり前のことですよ。もうっ、気をつけてください」
「ごめんごめんー」
リベルはカップをアウピロスに返してから立ったまま体操のように上半身を左右に倒したり前後に倒したりする。
「でもさ、実はあの店入ってみたかったんだー」
「そうなのですか?」
「うんうんー、たまたまみたいに言ってたのは半分演技だよー」
「そこは言わなくていいです……」
アウピロスはカップを一旦テーブルの上に置いた。
「だから良かったよ、一回入ってみれて。こんな人生じゃ――ああいう店の中ってなかなか見る機会ないからね」




