10.すれ違うは、怪しき男
はねた橙色の髪を後頭部高めの位置で一つに束ねる豪快な髪型の女性エディカが神殿敷地内の通路を歩いている。
髪と同じ色をしたショート丈の半袖ボレロを羽織っていて、その胸もとは豪快に開いており、その隙間からはストラップレスブラを連想させるようなデザインの紺色の衣服がちらりと見えている。長い脚のラインがはっきりと出るスパッツは紺色にレモンイエローのラインが走ったもので、履いているヒールのない靴もスパッツと同じような色づかいである。
そんな彼女が肘までの手袋をはめた手で握っているのは剣。
ただし、本物の剣ではなく、訓練などに使用している偽物の剣だ――なぜなら今は訓練の帰りだからである。
そんな彼女は特に何か考えるでもなく通路を歩いていたのだが、すれ違った者が見慣れない顔であることに気づく。
「なぁ、ちょっといいか?」
エディカは声をかけた。
しかし布を巻き付けて顔を隠したその人物は無視して歩いてゆく。
「無視すんなよ!」
エディカは軽い足取りで数歩追いかけ、その人物の手首を掴む。
掴んだ手首は彼女が想像していたよりがっしりとしていて。女性という感じではなかった。袖越しでも分かるほど、太く筋を感じる触り心地だったのだ。
「声かけてんだけど、聞こえなかった?」
「……ね」
「は? 何言って――」
刹那、エディカの視界が強い光に見舞われた。
視界が光に掻き消される。
だが。
「なっ……」
「読めるっつーの」
顔を隠した男は発光魔法で目眩ましをしてその隙にエディカの身にナイフを突き立てようとしたようだ。だがエディカはそれに反応し、持っていた偽物の剣でナイフが迫ってくるのを防いだ。その時のエディカは発光によって視界を潰されはしていたが、それでも、相手の動きは空気の揺れから察知できていて。そのため、視界は光のせいで無となっていても、相手から向けられた武器を防ぐことができた。
エディカはそこからすかさず剣を振り、本来であれば刃となっている部分で男を殴り動きを遅くさせ――そのまま地面にねじ伏せる。
「ぐっ……」
「動くなよ」
男は身をよじり抜け出そうとするが、伏せるような体勢にさせられたうえエディカに体重を乗せられているため、抜け出せないどころかまともに動き抵抗することさえできていない。
「アンタ、一体何者だ?」
エディカは見下すような顔の角度で睨みの視線を落とす。
しかし返答はない。
「答える気はない、ってことか。ま、怪しいやつで確定だな。警備隊のとこまですぐに連れていってやる、精々そこで吐けよな」
直後、男の肉体から黒の強い光が放たれた。爆発に近いようなエネルギー。エディカは身の危機を感じ男の上から咄嗟に飛び退いた、巻き込まれないようにするためである。
それから少しして。
エディカが再び男へ視線を向けた時、地面に伏せている男は動かなくなっていた。
改めて男に近づくエディカ。
「おい、何か言えよ。生きてっか? ……死んでるみたいだな」
男は絶命していた。
自爆のようなものか、と、エディカは解釈した。
「あーもー厄介だな」
男は死んでいる。けれどもその肉体が消え去ったわけではない。実際、彼の身体はまだそこに転がっていて、放置しておける状況でもない。それが死体だとしても、一応、警備隊のところへ届けておく必要がある。
はぁ、と溜め息を一つこぼし、エディカは絶命した男の肉体を持ち上げた。
脱力している人間はとても重い。
ただ、それでも、エディカであれば運ぶくらいはできる重さだった。
やれやれというような顔で男だったものを抱え歩き始めるエディカだったが――途中、男の服の中から一枚の紙が落ちたことに気づき、それを拾いあげる。
「オヴァ、ヴァ……?」
紙に書かれていた文字を読み、エディカは首を傾げる。
そしてまた歩き出す。
◆
その後、エディカが警備隊に届けたあの男が、他国の出身の者であることが判明した。
また、声をかけただけのエディカに襲いかかったことと正式な手続きを経て入国した者と確認されなかったということもあって、他国から送り込まれたか何かの怪しい者だろうという結論に至る。
以降、しばらく、神殿の警備が強化されることとなった。
ただ、それ以降は特にこれといって事件はなく、不審者が発見されるというようなこともなかった。




