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タナベ・バトラーズ レフィエリ編  作者: 四季
1部

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9.近すぎるのはちょっぴり苦手

 青空に、剣と剣のぶつかり合う音が響く。

 フィオーネの剣の訓練である。

 しかし今日だけは彼女の相手はエディカでない。


「っ!」

「……ちょいと休むか?」


 今日の相手はアウディーだ。

 日頃剣の扱いを習っているのはエディカだが、いつも同じ相手とやっていても一定以上発展する要素がないだろうということで、信頼できる近い人の中から他に剣を扱える人を選んだ――そうしてフィオーネの前に立つことになったのが彼だったのだ。

 アウディーはレフィエリの外へ出て剣を振っていたこともある男だ、レフィエリにおいてはかなりの強者だし、フィオーネのさらなるレベルアップのための訓練相手としてはもってこいである。


「まだ続けます!」


 フィオーネの呼吸は乱れていた。日頃は血の通いを感じさせない灰色の肌さえ今は心なしか赤らんでいて、その肌を次から次へと透明な滴が舐めるように落ちていく。

 そんな状態であっても、フィオーネの瞳はやる気に燃えていた。

 彼女はまだ未熟ではあるが、その一方で、若さという武器も持っている。


「大丈夫かよ……?」

「アウディーおじさまとの戦いは有意義です。大きな男の人との戦いはエディカさんとの戦いとはまた違います、だからとても良い経験になります」


 フィオーネは剣を下ろさない。

 むしろ躊躇いなく目の前の大男に対して再び向かってゆく。


「おおっ、やるな!」


 アウディーはどこか嬉しげにフィオーネの剣を己の剣で受ける。

 それはまるで舞踊のように――両者は剣を振る、お互い攻め切るでもなく守り切るでもなく。

 天秤がふれるように、二つの身体と四本の脚は動く。


 ちなみにエディカはというと、二人の訓練を眺めながら剣の持ち手部分を拭いている。


 刹那、フィオーネの剣の先がアウディーの喉もとに触れた。


「だっはっはは! やるな!」


 アウディーは手にしていた剣を地面に投げ捨てる。


「ありがとうございます」


 フィオーネは突き出していた剣を引いた。


「訓練はここまで!」

「もう、ですか」


 突然告げられた終わりに驚いた顔をするフィオーネ。


「このくらいでいいだろ。じゃあな、ゆっくり休めよ」


 アウディーは一度手放した剣を拾うと、片手をひらひらさせ、別れの挨拶を連想させるような動作を見せる。


 だが。


「フィオーネはこの後も訓練だよ」


 エディカが伝える。


「んなっ!? まじか!?」


 アウディーはわざとらしい手の形を作って驚いた。


「魔法の訓練もあるんだってさ」

「まじかよー……若さってすげぇな」


 父娘が喋っている間に、フィオーネは「ありがとうございました!」と勢いのついた礼を述べて走り去っていった。

 その背を二人並んで見つめてから、アウディーとエディカは互いの顔を見合わせる。


「頑張りすぎじゃねぇか? フィオーネ」

「真面目だからなぁ」

「レフィエリシナ様の下でのんびり楽しく暮らす道もあっただろうに」

「ま、いいんじゃね? あれがフィオーネの夢なんだし」

「ああ……ま、そうだな。何にせよ、俺はレフィエリシナ様をお守りするだけだ」



 ◆



「師匠! お待たせしました!」


 ベンチで一人気ままに寝転がっていたリベルのところにまで走ってきたフィオーネは汗だくだ。


「フィオーネ汗臭くないー?」

「そ、そうですか!?」

「あはは嘘、冗談だよー。でも汗凄いね大丈夫ー?」


 リベルは上半身を起こした。

 あくびをしてから、涙で滲んだ目もとを手の甲で軽く擦る。


「今日はアウディーおじさまとの訓練だったのではりきり過ぎてしまいました。それでこんな状態です」

「剣?」

「はい」

「そっかー、それで汗だくなんだねー」


 ――じゃあ始めようか。


 リベルは唇を動かして薄く笑みを浮かべる。



 しかしこのフィオーネ、剣は得意でも魔法はそこまで得意でないのだ。


 手から攻撃魔法を放とうとしても、宙に浮かぶ図形がやたらと崩れる。そして、運良く発動できても、威力の恐ろしいくらい差がある。驚くほどの凄まじい威力が出る時もあれば、笑ってしまうくらい威力のないものでしかない時もあるのだ。それでもまだ初期に比べればましになった方ではあるのだが。


「相変わらず波が凄いねー」

「うう……」

「これじゃちょっと戦闘には使えないよねー」

「戦闘以外にも使えません……」

「あの最大威力は凄いんだけどなー」

「やはり向いていないのでしょうか……」


 すっかり落ち込んでしまったフィオーネの肩にリベルは手を乗せる。彼は顔を近づけてから、弱ってしまっている彼女の瞳をじっと見つめた。


「でも魔法使いたいんだよねー?」

「はい……」

「そっかぁ。遠距離攻撃使えると便利だもんねー、護衛だったら特に」

「はい……」


 耳までしゅんとしているフィオーネを見て可哀想に思ったのか、リベルは何か考えるような顔をした。そして、それから数秒経って、何か閃いたような目つきになる。


「ね、ちょっと貸してー?」

「え」


 リベルはフィオーネの片手首を掴んだ。

 日射しは穏やかなままだ。

 フィオーネの真っ直ぐに伸びた腕に寄り添うリベルの右腕――少しするとフィオーネの手もとに整った図形が現れた。


「こんな感じー」

「ちゃんとしたのが出てる……」


 己の手から出るはずのなかった整った図形が出ている。


「この時の感じを覚えてみてー? ちょっとは掴めるかもよ?」

「こんなこともできるんですね……凄い……」


 フィオーネは整った図形が出ていることに驚いていた。

 これまでなかなかできなかったことが自然に上手くできている――師からの干渉があるとはいえ、それでも驚きなのだ。


 ただ、今のフィオーネにとっては、それ以上に重大なことがあった。


 近い――!


 リベルは何の躊躇いもなくフィオーネに身体を添わせているが、フィオーネからしてみればそれがどうにも耐え難い。

 今は魔法のことが最も大事なことなのだと分かっているのに、どうしても、距離の近さに意識が向いてしまう部分がある。


 短時間であればまだそこまで気にはならないのだが……。


「上の空じゃないー? 大丈夫ー?」

「あっ、は、はい! すみません!」



 これもまた、フィオーネの日常。

 いつかレフィエリの頂に立つ彼女の小さな一日だ。

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