プロローグ
北に深き森を、南に広き海を、そして突き抜けるような空を――豊かな自然に恵まれた、レフィエリ。
聖地と呼ばれ民から愛されるその国は、魚人族の者たちが暮らす国として長きにわたり栄えてきた。
数え切れぬほどの時を経て、それでもなお、その地には魚人族の末裔である者たちが住み生きている。
女王レフィエリシナの統治の下、穏やかに。
人々の笑顔という無数の花を抱き、繁栄しているのである。
◆
灰色の平らな石を並べたような道を行く、二人の男がいた。
国境を越え、城砦のようとも取れるような重厚感のある森を通り過ぎ、レフィエリの街へと続く道を歩く彼らは、レフィエリへの訪問者である。
鼻歌を風に乗せながら気ままに先を行くのは、紺に近い藍色の詰襟にラピスラズリのような色のマントを巻き付けた少年のように見える男性。藍色の前髪は丁寧に撫でつけられ毛の一本すらこぼれてはおらず、一見真面目な者のようではあるが、表情はそれとは対照的に自由気ままな雰囲気を漂わせるものだ。
「おじさーん、歩くの遅くないー?」
軽やかな足取りで先を歩いていた彼は、歌うように発して、くるりと身体の向きを反転させる。
その視線の先には、やや年を重ねたずんぐりした男性がいる。
平凡なショートヘアながら毛量が多いために塊のようにも見えるヘアスタイルで頭部がやや大きめに見える。平凡ながらもそこが特徴とは言えそうだが、やや目立つのはそこだけではなく。シャツもベストもズボンもブーツも色に差はあれど緑系統の色で揃えている、というところも、一つの特徴といえるだろう。
彼もまた歩いているが、前の藍色の彼に比べると遅れ気味だ。
「リベルくんが早いんですよ」
おじさんと呼ばれている緑の男性は、呆れと温かみが混じったある種の保護者のような視線を向けながら返す。
「そうかなぁ」
「そうですよ」
リベルと呼ばれた藍色の男性は、ふふ、と笑って――永遠の時を雄大に描くような空を見上げる。
「でもさ、なかなか良さそうなところだよねー? レフィエリ」
「どういう意味です?」
「綺麗だよねー。新しい舞台にはもってこいだなぁ」
「まぁそうですかね」
「ここでならきっと楽しく暮らせるよねー」
肩周りに巻き付けた青い布の裾が風に煽られて揺れる。
「……指導、でしたっけ?」
全身緑系統の色で揃えている男性が言えば。
「そうだよー。魔法の、ねー」
リベルは乾いた笑顔を作ったままあっさりと返す。
「また珍しいですね、リベルくんがそのような依頼を受けるなんて。リベルくんのことですから、指導の依頼なんて性に合わないとか言って断るものとばかり思っていましたが」
「ええー? そんなことないよー」
「ですが! 前言ってましたよね、『ビジネス感覚で戦ってるのが一番向いてるんだよー』って!」
リベルは色の異なる両眼を動かし右斜め上に向けた、が、少しして視線を緑の男性へ戻すと目を細め笑みを滲ませる。
「言ってたかなー? あはは、忘れちゃったよー」
それから数秒経ち、彼は身体の向きを再び反転させた。
進行方向を向いている形に戻る。
「……なんかさ、レフィエリは好きなんだよね」
彼がこの地へ踏み込んだのはこれが初めてではない。
既に一度この地を訪れている。
しかし、実際にこの地で暮らすのは今日からであり、レフィエリシナから頼まれていた仕事を始めるのもまた今日から、というところである。
「何か思い入れが?」
「よく分かんないけどねー。んー、何が好きなんだろ?」
新しい物語へ踏み込む二人を祝福しているかのように、運命の女神が微笑んでいるかのように、空は真っ青で澄んでいた。