幕間1.彼と彼女のクリスマスイヴ
「日本人って、やたらに前夜祭が好きですよね。」
ふと、テレビを見ながら信良がそんなことを呟いた。テレビではイルミネーションで彩られ恋人や家族が行き交う街の様子を報道している。
今日は12月24日、クリスマスイヴだ。
『ずっと昔から前祝いの文化があるくらいだからな。もはや本能みたいなものだろ。』
龍の姿の信誉がこれもまた独り言のように返す。
「宗教文化ごった煮も本能ですか?」
『そんなところだろ。郷に入りてはなんとやら、唯一神だろうがこの国では八百万の一柱だな。』
ふぅん、と興味なさげな相槌を打ちながら とぐろを巻いた信誉へともたれかかる信良の視線はテレビから雪のちらつく窓の外へと移っていく。
「こんな雪の夜に運送業務とか、私は二度とごめんですよ。」
『雲の上は意外と快適だぞ?』
「まるで雲の上に行ったことがあるみたいな言い方ですね。」
『まるでも何もひとっ飛びなんだが?』
「えっ本当ですか?」
驚いて信誉の方を向いた彼女は夢見る乙女の表情になっていた。
『今から行ってみるか?』
「いいんですか?外、寒いですよ?」
『せっかく話が出たからな。行くなら寒くないように着込んでこい。』
「はぁい。」
とてとてと寝室へ小走りしていく信良を見送りながら信誉はそっと目を細めた。
「お待たせしました!」
10分と経たずしてもこもこと着膨れた信良がわくわくと出てきた。
『では行くか。』
神通力で窓を開けて信誉が先に庭へ出た。続いて玄関から靴を持ってきた信良が出て窓を閉める。
『背に乗れ。落ちないようにしっかりと掴まるんだぞ。』
「あ、はい。えぇと…掴まるってどうしたら?」
『角を掴めばいい。』
信良が言われるままに彼の頭の、トナカイやシカのそれに似た2本の角の根本近くを掴む。ふわり、体全体に浮遊感を感じ彼女が地面を見下ろす。
信誉がゆっくりと旋回しながら高度を上げる。地面だけを映していた信良の視界に二階建てアパートの屋根が入って、どんどんと小さくなっていく。
『もうすぐ雲に入る。いいと言うまで目を瞑っていろ。』
瞼を閉じた暗闇の中、冷たく湿った風が頬を刺すように過ぎていく。雲の中というのは随分と湿っているようで信良は着込んだ防寒具がほんの少し重くなったように感じていた。
『良いぞ。目を開けろ。』
ふっと冷たい風が落ち着くのと同時、信誉の言葉に恐る恐る信良が目を開いた。
「…すごい。」
眼下には厚い雪雲が雲海を成し、頭上にはきらきらと瞬く星たちと普段より大きな月のイルミネーションが広がっていた。
現実離れした美しい景色の中をゆっくりと漂うように進んでゆく。二人は言葉を交わすことはしないが、それでも不思議と通じ合っていた。
__幸福と愛おしさに包まれながら、彼らの聖なる夜は穏やかに過ぎていく。「こんな穏やかな日々をずっと二人で過ごせますように。」そんな願いを乗せながら。