5.人間の彼女と龍の彼が結ばれた日
ミツキが本来の姿を見せてくれた夜から、少しずつ私たちの関係が変わっていった。互いに相手をより知ろうとするようになって、あまり取り繕った態度を取らなくなってきたのだ。私たちは互いに自分が思っているほど自分のパートナーが薄情でないことを理解したし、本当の自分を認められる嬉しさや取り繕わず過ごすことの快適さを知った。そうしてごく自然に過ごしやすい二人の距離や関わり方を少しずつ構築していったのだ。
私は、彼や彼の種族について知れば知るほどに驚き、感心して、そしてより一層彼を好きになっていった。二ヶ月も経つ頃には私たちの関係は甘酸っぱくもどかしい若い恋人のそれから、熟し甘さを増したような、それでいて甘すぎない夫婦といっても問題ないだろう雰囲気になり始めていた。
「ミツキ、今から少しいいですか?」
「ん?どうした?」
11月11日の午前中。いつも通りの朝食後のお茶の時間。今日は少し特別な日にするべく話をふる。
「これ、出しに行こうと思って。」
「あぁ…勿論構わない。にしても時間がかかったな。忘れているかと思った。」
私の手にある婚姻届、夏頃に書いたまま提出していなかったそれを見てミツキが納得したように頷き微笑んだ。
「もう少し前に出しても良かったんですが、仕事が決まるまで待ちたかったのと…ほら、私記念日とか覚えていられないので…。」
「別に忘れていても俺が覚えておくのに。」
「覚えられる余地があるのは覚えておきたいんですぅ。」
揶揄うようなミツキの言葉に頬を膨らませながら応えて見せる。途端に彼の表情がでれでれととろけ、膨らませた頬に手を伸ばしてくる。
「揶揄って悪かったな。覚えていたいと思ってくれて嬉しいよ。」
優しく頬を撫でられてそんなことを言われてしまうともう頬を膨らませてなんていられない。耐えきれずににやけてしまう。
「とにかく、今から行くので出かける準備しましょー。」
「そうだな。」
◆◇◆◇◆
「ふぅ。…お疲れ様でした。」
区役所を出て一息つく。これで晴れて私たちは法的にも夫婦になったのだ。
「案の定、名前の確認されたな…。」
「仕方ないですよねぇ。私の名前男っぽいですし…ミツキの本名も若干…。」
「若干どころか完全に女性名だと思うぞ。」
私の名前が信良、ミツキの本名は最近知ったが信誉というらしい。そもそもミツキという呼び名自体、幼少の頃の私が当時名乗ることを渋っていた彼に直感的につけたあだ名だった。渋った理由は女性的な名前だったからだそうだ。
男っぽい名前の私と女っぽい名前のミツキということもあり、予想はしていたが区役所で名前を書く欄が逆になっていないかと確認されたわけだった。
「名前繋がりで一つ聞いていいですか?」
「ん?」
どこへ向かうというわけでもなく、なんとなく歩きながら話をする。
「ミツキって呼ばれるのとあきほって呼ばれるの、どちらがいいですか?」
「断然前者だな。」
即答だった。
「その心は?」
「アキだけが呼んでくれる特別な呼び名だからな。」
「それだけです?」
「あー、まぁそれ以外にも理由はあるが、わかるだろ?」
「そうですね。」
歩調に釣られるように会話が弾む。以前までは手を繋いでいるとドキドキしてこんなふうに話すことはできなかった。けれど最近は手を繋いで歩くことにもすっかり慣れて、彼との外出をしっかりと楽しめるようになってきた。
「これからどうしましょうか?」
「仕事はどうした?」
「今日はお休みなんですよ元々。」
「そうだったのか。」
「というわけでどうします?」
「んー、そうだなぁ…。デートでもしようか。」
「ふぁい!?」
完全に不意打ちで予想外の言い方をされて変な声が出てしまった。原因を作った本人はというと私の様子を見てくすくすと笑っている。
「俺が古めかしい言葉しか使えないと思ったか?」
「あ、はい正直…。」
「まぁ…前々から暇つぶしに人の中に紛れ込んだりしていたからな。日常に支障がない程度の知識と経験はあると思うぞ?」
「へぇ…ちょっと意外でした。もしかして私と離れてた間も紛れ込んでたりしてたんですか?」
「あぁ、まぁ…そうだな。最近は特に頻繁にやっていたな。流行りも技術も凄まじい速度で変わっていっているから。」
「なるほど。そういう移り変わりが面白い、とかなんですか?」
「いや、そういうわけでもないんだが、その…。」
急に彼が黙ってしまったのでちらりと横顔を伺うとほんのりと頬が染まっているのが見てとれた。赤面の理由はわからないけれど、それでもなんだかその様子が可愛くて仕方がなくなって、思わず繋いでいる手にきゅっと力を込めた。
「こうしてお前と一緒に生きていけるようになった時、話についていけないと寂しいかなって…。」
小さな声で、叱られた子供が言い訳でもする時のように彼が言った。
「なんですかその理由…可愛すぎですよ。」
「…っ可愛い言うな。」
赤面したまま文句を言う彼の様子に今度は私が笑いを零す。本当に私たちは再開した頃よりずっと素直になったと思う。あの頃の彼ではこんな表情はきっと見せてはくれなかっただろう。私も、きっとこんな風に笑うことはできなかったかもしれない。
「さてと、デートがてら結婚指輪でも見に行きましょうか。私の世界一の旦那様?」
ちょっと芝居がかった言い方をしながらミツキの顔をじっと覗き込む。
「そうだな。…だが、その前に。」
繋いだ手が解かれ背中へと腕が回された。優しく、それでいて強く彼の腕が私を閉じこめる。
「あの、ミツキ?」
「俺の妻になってくれてありがとう。愛してる。これからもずっと、よろしく頼む。」
頭上から彼の感情が溢れて降り注いでくる…そんな錯覚を覚えるような言葉に街中だということすら忘れてしまいそうになる。
「こちらこそ不束者ですが…よろしくお願いします。それと、ずっと愛しています。」
強く抱きしめ返してそう言って、それから私たちはまた手を繋いで歩き出した。
いつもと変わらない道が輝いて見える気がした。