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2.今日は良い日だ。

今回はミツキくん視点でございます。なんか文章も内容も安定してない故少々短いですがご容赦を。

「では、いってきます!」


玄関先で謎に敬礼してアキが元気よく出勤していく。小さくぷりぷりと可愛く揺れるお尻を見送り部屋に戻った。


「っあああ!可愛い!」


絨毯へ寝転がって右へ左へ転がりながら本人には絶対に言えない気持ちを吐き出す。我ながら変態的だと思いながらさっきまでアキの座っていた座布団に顔をうずめてさらに悶えた。

俺の作った料理を幸せそうに食べる姿も、食べ終わったあとほわほわとした様子でぼうっとこちらを見る姿も、普段しょんぼりと出勤する姿も、今日のように元気よく出勤していく姿も、それ以外にも彼女の全てが、本当に…


「可愛すぎる…。おかしいだろ。」


悶え散らかしていた俺の耳に洗濯機の完了音が届いて正気に戻してくる。そうだ、今日はアキの帰りが早いはずだからさっさと家事を片付けてしまうつもりでいたんだった。

少し名残惜しいながらもアキの座布団から顔を上げて家事に取り掛かる。


抱え込むな、俺にも考えさせろと言った次の日から毎夜のように二人で話した。アキの以前の職場のこと、今の職場のこと、これからどうしたいだとかアキの夢のことだとか、とにかく色々と話した。彼女の今の職場はあまりいいところとは言えないらしい。それは経営としても、人間関係としても彼女の負担にしかならないような状態なのだそうだ。何故そんな環境にあって仕事を辞めようとしないのかと問いかければ、辞められないのだと返ってきた。かれこれ8回、提出した退職届を目の前で破り捨てられもはや諦めているのだと。それならばまず、そこからどうにかしようかという方向で互いに知恵を絞る。気づけば打開策もないまま1週間、その間アキには一度も休みがなくて、帰省から帰ってからは既に11連勤になっていた。

そんな状態が動いたのは昨晩のこと。彼女がなんともいえないような複雑そうな表情で作戦説明をしてくれた。


「ちょっとあの、退職届、明日出してみようと思うんです。」

「なにか勝ち目があるのか?今まで通りならまた破り捨てられて終わるぞ。」

「実はあの、あります。今日、上司がですね、結婚するような女は働く気がない使えない女だとほざいていらっしゃったので、結婚するのでっていう理由なら多分いけるのでは、と。」


驚いた。聞けば発言した上司というのも女なのだという。その考え方にも驚いたが、さらにアキがほざくとかいう荒い言葉を使ったということにも驚かされた。


「だいぶ理不尽な言い分だな、その上司は。」

「そうですね。でも、今回に限っては利用しやすくてありがたいです。…ただ。」

「ただ?」

「ちょっとだけ嫌だなぁと。こんなことにミツキとの関係を利用するのは。」

「利用もなにも事実を述べるだけだろう?あれだ、世に言う寿退社というやつだ。」

「寿退社…ですか。」

「そうだ。」


少しの間アキはうんうんと唸って考えていたものの、決心したように頷いた。


そういう訳て今日はアキにとっての決戦の日だ。俺のできる事は元気の出る朝餉を作り送り出して、結果はどうあれ帰ってきた彼女を最大限に労うことだけだ。


◆◇◆◇◆


「よし、あとは…と。」


手早く洗濯を含めた洗い物と掃除を済ませ次の行動を考えていたところで玄関の鍵を開ける音がした。帰りが早くなるだろうと言われてはいたもののまだ昼前で予想していたよりもさらに早かった。


「ただいま帰りました。」


慌てて出迎えた俺をやや見上げるようにしてアキが少し疲れたような微笑みを浮かべた。


「おかえり。お疲れ様だ。」


頭を撫でてから荷物を預かり部屋へと上げる。アキの様子は単に疲れているという感じで、落ち込んでいるような雰囲気はなかった。ただ、あまりに疲れている様子に俺から結果を聞くのは気が引けた。


「ミツキ。」

「ん?どうした?」

「ちょっとそこ、座ってもらえませんか?」


言われた通りにいつもの座布団に座るとアキが近づいてきて、俺の膝に頭を乗せてころんと寝転がった。瞬間に俺の思考は大いに乱れる。

一体今何が起こってる?これは現実なんだろうか?俺はどうするのが正解なんだろうか。というか可愛い。うっかり気を抜くと今すぐ撫でくり回しそうだ。え?なにこれ、なんだこの状況?俺得でしかないじゃないか。


「アキ?」


どうにか平静を装って声をかける。それに応えるように視線が返ってきて、両の手で包み込むように手を握られた。


「少し、寝かせてください。できればこのままの体勢で。」

「…わかった。」


どことなく縋るように言われてしまって、了承の言葉以外何も応えることができなかった。アキは俺の返事を聞き終わると安心したようにゆっくりと瞼を閉じる。よほどに疲れていたのか寝息を立て始めるまでにはそう時間はかからなかった。俺は静けさの中のその愛らしい寝息をただ黙って、今すぐ撫でまわしたい衝動を抑えながら聞いていた。


◆◇◆◇◆


アキが眠り始めて1時間ほど経っただろうか。俺の衝動もだいぶ落ち着いてきて、冷静にアキの寝顔を眺められるようになった頃に突然、呼び鈴がやかましく鳴り響いた。それも一度ではなく何度も何度も執拗に、だ。流石にこれだけのやかましさではアキも眠り続けることはできずに、気だるげに目を開け俺を見上げた。


「出るか?」

「いえ、もう少し様子見ましょう。」


上体を起こしながらいかにも不機嫌そうに応えた彼女は玄関の方を憎々しげにひと睨みして向き直った。


「しつこそうなら通報ですかね…。面倒です。」


ため息混じりにそうこぼすアキの声に外から女の何やら喚く声が重なる。

いまいち状況を掴み切れていない俺の視線に、例の上司だと俺の見たことがないような心底面倒臭そうな苛立ったような表情を浮かべてアキが付け加えた。


「頼まれていた書類提出のついでに本社の方に届を出しただけなんですよ?こんな訪問の仕方大袈裟ですよね。」


彼女がそんなことをぼやきながら荷物の中から携帯端末を漁り出し通話画面を呼び出す間、女の喚き声は治るどころかさらに激しさを増していった。さらには呼び鈴の連打では飽き足らず乱暴に扉を叩きつける音まで聞こえ出した。

外にいる女は気でもおかしくしてしまったのだろうかと考えながら、アキがおそらく警察ではないであろう誰かと現状について通話しているのを眺めた。


「…はい、ではお手数おかけしますがお願いします。……ふぅ。すみませんね、騒がしくて。」

「別に俺は平気だが。」


通話を終えたアキが申し訳なさそうに俺を見る。

それから俺たちはどうにか外の様子を無視しながら早めに昼の準備を始めた。


◆◇◆◇◆


「静かになりましたね、いつの間にか。」


食後、ことりと湯呑みをおきながらアキが呟く。彼女はどことなく安堵しているようで、面倒臭さや怒りで隠れてはいたもののやっぱり多少の恐ろしさを感じていたんだろうことが感じられた。


「そうだな。思っていたより早く静まって良かった。…それで?これからどうする?」


俺の問いかけに虚空を眺め少し考えた後で彼女が少し真面目な表情を見せた。


「少しだけゆっくりして、とりあえず転職先の確保のために動きますかね。良いのか悪いのかお金を使う暇もなくて貯金はそこそこにあるので。」

「あー、午後の予定を聞いたつもり、だったんだが。」

「えっ…。」


一瞬思考停止したように固まった彼女は、しかし俺の言動の意味を理解したらしく瞬く間に顔を赤らめて、耐え切れずに手で顔を覆った。その行動の愛らしさと少しの気まずさから俺が黙りこくってしまうと、しばらくの間世界から切り離されたような錯覚を覚えるほどの静けさに埋め尽くされた。

沈黙は数分か、あるいは数秒だったかもしれない。どっちにしろ気まずさをはらんだ沈黙は実際より長い時間を感じさせるのには十分だった。そんな長い沈黙を破ったのはアキだった。


「ご、午後からはその…本当はちょっと、一緒に見に行きたいものがあったんです。…でも、今留守にするのは少し…。」

「まぁ、気持ちはわからなくもないが、しっかり戸締りをしていれば問題はないだろう。せっかくだ、気分転換ついでに出かけようじゃないか。」

「…はい、それもそう、ですよね。準備するので少し待ってくださいね。」

「あぁ。」


アキがまだ頬は赤いままで小走りに寝室へ入って行った。


「お待たせしました。」


10分ほど経って、丈の少し長いTシャツに夏らしい少し透けた淡い青色の上着を羽織り、仕事の時とは違う肩掛けを持った姿でアキが出てきた。何気に彼女の普段着というのを初めて見た気がする。あるいは出かけるためにおしゃれをしていたりするのかもしれないが、どちらにせよとてもよく似合っていて可愛い。


「戸締りをして行こうか。」

「はい。」


俺たちは窓という窓の鍵を閉め、数度確認をした。残るは玄関の扉だけだ。

玄関の外へ出てアキが出てきてしっかりと鍵を閉めるのを見届け、手を握る。少し驚いたような照れたような表情をしながら、それでも彼女がそっと握り返してくれたのを感じてからゆっくりと歩き出す。

この街に来て初めてのアキとの外出は少し暑いが眩しいほどの快晴で、目に映る全ての他愛もない景色すらも輝かせているようだ。

あぁ、今日はいい日だ。

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