氷姫と呼ばれる美人だけど無表情なクラスメイト。俺と話すときだけなぜか赤面しまくりのりんご姫になる(旧:氷姫が俺と話すときだけりんご姫になるんだが。)
『春樹くん、また会おうね——』
幼い少女の姿を幻視する。真っ白なワンピースの少女が俺に向かって笑いかけて——。
だが、それはすぐに消え失せ、そこには氷姫と呼ばれるクラスの美少女、早瀬アリスが立っているだけだった。
「アリスって呼んでもらっちゃ……だめですか?」
もじもじしながら上目遣いで俺を見ている美少女の存在に、俺は今の自分の状況を思い出す。
そう、俺は今——
絶世の美少女でありながら滅多に笑わないことで有名な氷姫こと早瀬アリスに、お願いされている状況だった。
しかもその氷姫が恥ずかしそうに赤面しているという、前代未聞の異常事態。
なぜこんな状況なのか。
それは数分前に遡る。
***
「今から学級委員を決めます!」
『え〜』
担任の言葉にクラス中から不満そうな声が上がる。まぁ、学級員なんて誰もやりたがらないからしょうがないが……
「はいはーい、みんな、これ終わったら帰れるから! ぱぱっと決めちゃいましょう!」
「しょうがないなぁ。ほら、お前やれよ」
「なんで俺!?」
「確か去年やってなかった?」
「今年はぜってーやらね」
小学生と変わらない雰囲気に俺——水野春樹は内心でため息をつく。
子供らしさというものは高二になっても抜けないものらしい。俺としては時間の無駄だから早くくじ引きでもして決めてほしいと思う。帰りたいし。
「表情から何言いたいかわかるな、お前は」
呆れた表情を浮かべているのは親友(?)の本郷夢斗だ。仏頂面と呼ばれる俺の表情を読める唯一の人間でもある。
「実際こんな無駄な時間いらないだろう。無駄話するくらいならくじ引きをした方がいい」
「それはそうだが」
「はいはい、水野くんが怖い表情してるのでくじ引きで決めましょうか」
担任の言葉に一瞬でクラスがシーンとなる。いや、俺は猛獣か何かかよ。
「そ、そうだな、あの仏頂面を怒らせると怖いから早く決めよう……」
「妙な威圧感あるのよね……」
「笑えばきっとイケメンなのに」
「いや、普段笑わないあいつが笑ったらむしろ怖いだろ」
随分と好き勝手言ってくれるな。俺だって笑わないわけじゃ……
「お前の笑みは引きつってるんだよ」
夢斗の言葉に笑いかけた表情をすっと戻す。
「ふんっ、笑っても怖いんだったら無表情で良いだろ」
「まぁ、な。同じ無表情でも氷姫だったら見惚れるんだけどな」
夢斗が少し離れたところに視線を向けて声を潜める。
誰のことかなんて見なくてもわかる、氷姫なんて呼ばれている人はこの学校に一人しかいないから。ハーフで色白、コバルトブルーの瞳を持つ早瀬アリスただ一人。
絶世の美少女だが、笑わずいつも無表情なために陰でついた呼び名が氷姫だったのだ。
「あいつだって怖いだろ」
「怖いけど、儚さも感じさせるんだよ」
夢斗がうっとりとした表情を浮かべる。キモい。
「その軽蔑の目だけはやめてくれ、本気で怖い」
「じゃあそんな表情すんな、気持ち悪い」
「こいつ言いやがった!」
夢斗がわざとらしく傷ついたような表情を浮かべる。こいつに付き合ってるとほんと疲れる……
「本郷ってすごいよな」
「あぁ、よくあの仏頂面にあんな風にできるよな」
「夢斗くん面白いよね〜」
「結構タイプ」
「狙ってんの!?」
「まっさかぁ」
おーい、聞こえてるぞ〜、夢斗が血涙流してるぞ〜。
わかりやすく落胆してる夢斗を見て若干かわいそうな気がしてしまった。
「はいはい、じゃーくじ引いていってね〜。女子は右側で、男子は左側。一枚ずつアタリが入っているからそれを引いた二人が学級委員よ」
担任の言葉にゾロゾロとみんながくじを引いていく。
「セーフ!」
「よしっ。今年もなったらどうしようかと思ったぜ」
「私もはずれ!」
なかなかアタリは出ない。そして、俺と夢斗の番になった。
「これで俺がなったらお前のせいだからな」
「いや、なんで俺のせいだよ」
「お前のせいでくじ引きになったから?」
「いいから早く引け」
なんでこいつはこうもめんどくさいんだ……黙ってれば色素の薄いブラウンの髪と金に近い瞳で異国情緒あるイケメンなのに、喋るとただのチャラいやつである。
「おっ、俺ハズレ〜」
「良かったじゃん」
「これはもしやお前が学級委員のパターンか?」
「ないだろ流石に。二十分の一の確率引き当てるとかどんな豪運だよ」
どうせあたらないだろう。そう思いながらくじを引く。
その言葉がフラグになってしまったと気づいた時にはもう遅かった。俺の手の中には——
「……」
どデカく『アタリ』と書かれた紙切れが握られていた。
「あーはははっ!」
夢斗が笑い出す。
「うるさい」
「お前一級フラグ建築士になれるぞ」
「そんなラノベの中の存在になんかなりたくないんだが!」
思わず顔をしかめる。
俺は基本的にくじ運が悪い。お祭りのくじ引きでさえ小さな消しゴムとか鉛筆ばかりで、一度も当たったことがないほど。
なのになんでこういう時に限って当たるんだよ!
「はぁ……めんどくせぇ……」
俺がため息をついていると夢斗があっと声を漏らす。
「女子の方も決まったみたいだぞ」
「へぇ」
「おい、氷姫だって!」
夢斗に小突かれて顔を上げると、綺麗なコバルトブルーの瞳と目が合う。日本人離れした宝石のように美しい青い瞳を持つクラスメイトなんて一人しかいない。そう、氷姫だ。
彼女は俺と目が合っていることに気づくと驚いたように目を大きく見開き、それから俺の方に近づいてきた。
「もしかして、あなたが男子の学級委員?」
透き通るような美しい高音。窓から入り込んだ風に乱されたストレートロングの黒髪を耳にかけるその仕草すら美しい。
ドキドキドキ。
俺はなんでこんなに緊張しているのだろうか。
なぜか早鐘を打つ心臓を無視して頷く。
「あぁ」
すると、目の前の彼女はパーっと笑みを浮かべた。無邪気で、ただ純粋に嬉しいと思っているそんな笑みを。
思わず見惚れてしまう。
だがこの違和感はなんなのだろうか? 笑顔を浮かべている彼女が彼女でないような……
「えっ……氷姫が笑った……?」
呆然と呟く夢斗の言葉で俺は違和感の正体に気づいた。氷姫とは笑わないからついた呼び名なはずなのに、その氷姫が笑みを浮かべているという異常事態に。
クラス中が固まっていた。もちろん、俺もその一人である。
だが、彼女はそのことに気づかず、顔をすっと近づけてくる。
「春樹くん、これからよろしくね!」
「お、おう、よろしくな早瀬……」
「っ……!!」
呆然としたまま返すと、なぜか氷姫が顔を赤らめる。
「春樹くんに呼ばれちゃった……!」
「なんか言ったか?」
「う、ううん、なんでもない! あ、私のことはアリスって呼んでくれると嬉しいな」
もうキャパオーバーなんだが!?
氷姫が笑ってるし、名前呼びしてくるし、名前呼びしてほしいって言ってくるし……俺にどうしろと!?
と、救いの手が差し伸べられる。
「ま、待って、早瀬さん! こいつのどこが良いの!? 常に仏頂面で乱暴で無口だよ!? 名前呼びなんて許しちゃダメなやつだよ!?」
救いの手じゃなかったわ! なんで唐突に貶められてるんだよ!? うわぁ、ないわ夢斗……
夢斗の必死な様子に引いていると氷姫がすっと無表情に戻る。
「あなたに関係ないと思いますが?」
「あ、はい……」
諦めるの早っ。
シュンとして引いた夢斗にドン引きするしかない。まぁ、確かにあの無表情で言われたら心折れるけどよ……
と、氷姫が俺に視線を戻しもじもじする。
可愛い、すっげー可愛いんだけど俺の中で、いやみんなの中でお前のイメージが崩壊してるぞ……!
魂が抜けそうと半ば思いながら見つめ返すと、氷姫がか細い声で聞いてくる。
「だめ、ですか……?」
「な、何が?」
「だから——」
俺は身構えていなかった。誰だってこんな状況になればパニックを起こすだろう。そして今の俺は正真正銘、パニックを起こして放心状態だった。
そんな状態で冒頭の一言が出たのである。
「アリスって呼んでもらっちゃ……だめですか?」
そう、この一言が。
「氷姫と仏頂面どういう関係なんだ……!?」
「あんなのされて無表情を保つ仏頂面半端ない」
「氷姫の無表情以外の表情初めて見たわ……」
「アリスちゃん可愛すぎるっ……!」
周りが何やら騒いでいるが正直それどころじゃなかった。
もう、俺、死にそう。
普段仏頂面とか言われて怖がられているために女子とはほとんど話さない。それゆえ免疫もない。
なのに絶世の美少女からこんなことされてみ? 誰だって死ぬと思う。
そんな現実逃避をしながらもコバルトブルーの瞳から目をそらせない。
気がつけば、俺の口は勝手に動いていた。
「アリス、さn……」
「アリス」
「え?」
「よ、呼び捨てが、い、いいですっ……!」
顔をりんごのように真っ赤にさせて言う氷姫に唖然とする。
「お、おい、あの氷姫が顔を真っ赤にしてるぞ……」
隣で夢斗が呆然と呟く。俺も同じ気持ちだ。でもそれ以上に、氷姫が顔を真っ赤にさせて上目遣いで見つめてくるという状況に頭が追いつかない。
え、もしかして氷姫じゃなくてりんご姫? ねぇそうなの?
もう無理なんだが。キャパオーバー通り越して脳がオーバーヒート起こしてる……!
「アリス……」
だからだろうか。俺は自分でも気づかないうちに彼女の名前をつぶやいていた。それを聞いた氷姫が変な声を漏らす。
「んんっ……」
両手で顔を抑えて、体をくねくねさせている。
や、やっぱり嫌だったか!? そ、そうだよな、名前で呼んでほしいなんてなんかの間違いだよな。
謝ろう、うん、それでこの話は終わりに……
「ご、ごめん、やっぱり……」
「ち、違うの! 嫌じゃない……というかむしろ呼んでくれて嬉しすぎて……」
ならなかったわ。むしろ疑問ばっかり増えるぞ? なんで……
「俺に名前呼びされて嬉しいんだ?」
言ってから気づく。
俺はなんてことを訊いているんだ……!
俺たちに注目していたクラスメイトたちからの「こいつ何言ってんだ」という冷たい視線が突き刺さって痛い……
だが、氷姫だけが教室に渦巻く冷たい空気に気づいていなかった。
「そ、それはっ……」
俺に突き刺さっていた視線が氷姫に集まる。
何かを言おうと口を開きパクパクさせては閉じる、ということを数回繰り返した後、意を決したようにコバルトブルーの瞳がまっすぐ俺を見つめてきた。
ドクッ。
心臓が大きく跳ねる。俺はこの瞳を見たことがある気がする……
だが、そのことについて考える暇はなかった。
「わ、私があなたのことを好きだからですっ!!!」
叫ぶように言われたその言葉に思考が吹き飛び、俺は口をポカンと開けてしまう。
『えぇぇぇぇぇぇえ!?!?!?!?!?』
クラス中がハモった。
それで我に返ったのか、彼女はハッとすると耳まで真っ赤にし、スカートを翻して教室から駆け出す。
「ちょっ、おい!?!?!?!?!?」
だが、追いかけようとするとクラスメイトに囲まれる。
「仏頂面お前どういうことだ……」
「氷姫とどういう関係なんだ!?」
「あの氷姫が顔を真っ赤にするなんて……これはファンクラブのみんなに伝えないと……!」
最後の誰だ! って、いや、待て、そんなに近寄るな……!!!
「氷姫……可愛かったな」
「氷姫っていうかあれはもうりんご姫だろ」
「りんご姫……そうだな、りんご姫だな」
激しく同意! 激しく同意だけども!
「意味わかんねぇよ!!」
俺はクラスメイトにもみくちゃにされながら叫び声をあげたのだった。
読んでくださりありがとうございました!
「面白い」「続きが読みたい!」「氷姫可愛い!」と思っていただけたらぜひ☆☆☆☆☆を★★★★★にしてくださると嬉しいです!
また、異世界恋愛の短編も投稿しております。よろしければそちらもご一読ください。
『昔助けた子犬がイケメン公爵になって「恩返しをしたい」と迎えに来たのですが。』
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