煮詰まる【ジャム】
こんなスキルがあったら?
それをちょっと書いてみました。
オチとかその辺はかなり弱いので、期待は禁物です。
現代において、突如出現した異変。
既存の動物と似ても似つかない怪物、
ゲームで出てくるみたいな迷宮、
迷宮の内部から発見された様々な物品、
そして、
何処からともなく一人にひとつ与えられた特殊能力。
これら一つ一つが、現代の根幹を揺るがした。
現代の文明は全て物質社会である。
物理法則が支配し、科学によって発展した社会。
物理学者も科学の研究者も等しく、狂喜した。
………………え? 発狂の間違いじゃないかって?
いえいえ。
連中は狂喜した。
今までの法則には縛られない、未解明の法則があると知ったのだ。
いわゆる超常現象にまつわる類の、科学的でないとされてきて、観測できなかった事象。
その法則性をいち早く精査し、解析し、解明できれば一躍歴史上の人物として名を刻める栄誉が、急に表れたのだ。
上手く行けば、新しい研究分野の開拓者。
第一人者。 権威の称号は思うがまま。
自分が「黒」と言い張れば、白いものでも黒と呼ばれるようになる環境が得られる。
もしそんなトップオブトップになれなかったとしても、新技術として何かを確立できれば、それだけでも勝ち組だ。
こんな甘い夢、飛び付かない訳がない。
今まで物理学や科学で解明されてきた法則と照らし合わせ、法則の違い……どんな働きをするのか。
そう言った法則に長く関わってきた者達だから、それが有利になる道しるべと感じて。
そして、その流れに乗らなかった研究者もいる。
こいつらは甘い夢を見なかったのか?
一部を除き、否だ。
放っておいても、新しい法則や技術が生まれるだろう。
その法則や技術を基にして、または比較して、今まで見付けられなかった法則や新技術を確立する。
新分野を開拓する苦労をせず、得意分野で勝負できる手段だ。
それもまた権威、第一人者への道である。
……一部の例外? いるけど、それをここで出しても「ふーん、そう」で終わりそうなので説明はパス。
そんな狂喜した研究者達。
の他にも、もちろん企業も同様の狂喜につつまれた。
反対に頭を悩ませたのは、政治家や治安維持系の公務員。
特殊能力によって、今までの捜査だけで犯罪が立証しにくくなる恐怖である。
超常現象で起こされた犯罪では、証拠集めができないのだ。
疑わしきは罰せず。 明確な証拠がないのに犯罪を裁いていては、冤罪ばかりになるかもなので。
それで物的証拠が得にくい超常現象による犯罪……恐いだろう?
それでその研究者達による新しい法則の究明が得られて、それが犯罪の証拠となる日までの緊急措置も兼ねた提案が起きる。
この時まで迷宮の探索は自衛隊の仕事だった。
それを危険な特殊能力を持つものに解放して、使わせて能力が使えない不満を発散させようと、そう言った狙いである。
もちろん解放と言っても、登録制。
住民票の写しや特殊能力の開示、実際に使用して開示情報と一致している証明。
あと、怪物相手に通常兵器……銃器が通用するのも確認しているので、ダンジョン内に限り所持と使用許可。 これはさすがに素行調査と面接を通過した者だけだが。
通過した後でも素行に問題が生じれば許可は取り上げられるし、人間に銃口を向けるだけで重罪になる法整備がされている。
そんな流れで、迷宮でお宝探しする民間人はハンターと呼ばれるようになった。
そんな時代のちょっとした事件。
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迷宮の近くに、とある店があった。
物語にある通り、迷宮から怪物が溢れ出して暴れまわるスタンピードと言う災害。
それが起きるかどうかすら分からないため、その危険性から周囲の地価が下がっている。
その危険性を承知で、安いからと手に入れた店で健気に働く没個性な男性が居た。
彼の持つ特殊能力は【ジャム化】
この世に溢れる特殊能力は使えるようになった瞬間、大雑把な使い方の説明が脳に刻まれる。
もちろん物理的に刻まれるのではない。 が、念のため説明。
その説明に依ると、対象をジャム化する。
大雑把にも程がある。
だが、特殊能力名からしてそれ以上でも以下でもないのは間違いないが。
彼はその特殊能力で生活すると決めた。
ジャムである。
彼の作ったジャムは美味しいと近所で評判になり、迷宮の近くと言う危険性から撤退して空いた店舗で、そのジャムを売ってみないかと打診されたのだ。
店の形態は店頭対面販売方式。
店内へ入れず、商品を入れたガラスケースが並んでいて、その後ろから店のものが顔を出して客に販売する。
この近辺で店をやっていて、怖いのは怪物に襲われるかもしれない危険性だけではない。
日々怪物と命のやりとりをしているハンター達もまた、身体能力や特殊能力や価値観などから警戒対象だ。
それを店内へ入れないのは、自衛手段として常套手段と言えよう。
そんな店に有線ラジオと契約し、音楽をかけながら楽しく経営している。
この男性が持つ【ジャム化】はとても有能だった。
今までの常識ではジャムにしにくい、又は出来ない物でもジャムに出来た。
煮詰める必要も無く、材料を揃えれて特殊能力を使えばすぐ、対象はジャムになったのだ。
これはもうウッハウハ。 笑いがとまらない。
どんな物でもジャムになるのは本当に圧巻で、カッテージチーズジャムとか米ジャムとかパンジャムとか。
もう訳が分からないジャムまで作れてしまう。
まあキワモノ系のジャムは味が保証されていないが、物好きが買ったり誰かが罰ゲームに使うとかで、持ち込んで依頼したり。
そんな感じで“裏”の看板商品になっていたりする。
そんな順風満帆とも呼べるジャム屋人生を送っていた彼に、人生の転機が訪れた。
「なあ、ここはジャム屋だよな?」
いかにも迷宮帰りといった風体の、凄味を漂わせた男性ハンターが店頭にやってきた。
このハンターは何らかの革製防具を着こんでいて、さらに傷のある顔で威圧感満点である。
「ええ、そうですが」
ただまあ、迷宮の近くにある店だ。 このくらいの風体は見慣れているので、あまり怖く感じていない店側の男性が普通に応じる。
……ええと、呼びにくいな。 以降は店の男性は店主、男性ハンターはハンターと呼称します。
そのハンターが、あまりにも傍若無人な要求を行ってきた。
銃口を店主へ向けながら。
このハンターは【物品不可視】と言う、直接手に持った物が見えなくなる特殊能力がある。
さっきまで何も手に持っていた様に見えなかったし、おそらくそれを悪用してここへ持ち込んだのだろう。
ちなみに持っているのは機械装填式の拳銃。
このサイズなら不可視にするのも簡単だろう。
「お前のジャムはな? 迷宮内で食ったらいつもより良い成果が出たってハンター内で噂になってんだ。 今あるジャムを全部寄越せ」
なんとも理不尽な要求だった。
こんな強盗行為に店主はびっくり仰天。
両手を頭の横まで持ち上げて降参するポーズをとりながら、落ち着かない視点のまま頭を真っ白にさせていた。
「おら、俺が持ってるコレ。 なんだか分かってんだろ? ホンモノだぜ? さっさと全部出せよ」
なおも突き付けられる銃口。
店主は一般人。 そんな暴力の塊みたいな物に縁は無い。
どんな要求をされても恐怖で足がすくめば、動けなくなるのは当然だ。
おまけに変な顔で固まって、口を魚みたくパクパクしている。
一応言っておくが、迷宮前は危険だが地価が安い。
いや。 危険だからこそ、地価が安い。 危険な土地を好んで買いたがる人は少ないから。
つまりその近辺の店は、店の維持費が安くなる分値段を安くできる。
それを目当てに一般人もけっこう来るため、この事件の目撃者は多数。
なのにこんな凶行ができるこのハンターは、一体どんな神経をしているのだろうか。
「おせーよ。 早くジャムを寄越しやがれってんだ。 撃たれたくないだろ? あぁん?」
ハンターが腕を伸ばし、銃口は店主の鼻先。 もう少し腕が伸びれば、銃口と鼻が当たりそうな距離。
……後先を考えてないっぽいね。
特殊能力があればこの後も何とかなると思ってるっぽいし。
このハンターは短慮になっていて、酷くイラついている。
どうしたのだろうか? まさかライバルと思っていた相手がジャムを話題にしていて、強い嫉妬心をこじらせて爆発させたのだろうか?
「……あー、分かった。 お前に売ってやらねえ。 そう思ってるんだな?」
いいえ。 銃で脅されて怖くなってるだけです。
と店主が言える余裕もなく、なにやらハンターの銃をもつ手に力が入りそうだ。
これは撃たれる! 死ぬ!!
「うおっ!? なんだよ抵抗すんじゃねえよ!!」
そう危機感を覚えた店主は、とっさに向けられている銃の銃身を握り、こう願う。
弾が出ないでくれっ!!!
そしてその願いは叶った。
店主自身の特殊能力によって。
「……あん、なんだ? なんで弾が出ねーんだ?」
容赦なく引かれた引き金から、弾が本当に出なかった。
それから少しの間、店主の手を払いのけて拳銃をガチャガチャするハンターだったが、こう言い捨てる。
「チッ、完全にジャムってやがる。 どうなってんだ、これ」
銃で言うジャムとは、銃弾が詰まって銃がまともに機能しなくなる事を指す。
大体は銃弾の薬莢がうまく排出されず、排出口に変な風にひっかかって詰まるのが原因。
実際にその詰まりをハンターはそれを取り外して解消させるのだが、直後になぜか次の銃弾が瞬く間に詰まる。
なんだこのコントは。
ガチャガチャと銃弾を排出し続けていたら、装填する銃弾が尽きた。
なんだこのコントは。
店主含めて呆然と見守る人々。
平和な音楽を垂れ流す有線ラジオ。
対して操作を続けたハンターはイライラが限界にきており、全弾捨てきったと分かった瞬間に拳銃を地面へ投げて叩き付け、地団駄を踏み始めた。
「もういい! あんな道具なんざ、もうどうでもいい!! ジャムを寄越せっ!!」
結局これである。
実力行使に出たハンターを目の前にして、焦る店主。
まあ焦ると言っても、少し前に呆然としていられた余裕があった訳で、この事件の解決は時間があればなんとかなる段階だ。
その時間を稼ぐ手段が無いか、探すために焦っているのである。
その時、不思議でもなんでもない事が起きた。
いや、声が飛び込んできた。
[――――様、特別ゲストふたりによる素敵なジャムセッション、ありがとうございました]
有線ラジオからの声だ。
これだ。 店主はそんな確信があった。
なぜかは分からないが、特殊能力が使えるようになった瞬間と、同じ感じがしているのだ。
焦りを蹴り飛ばし、迷わずそのワードを口にする。
「ジャムセッション、今からしませんか?」
ジャムセッションとは、そこに居合わせた者が楽器を問わず、気ままに即興で音を奏でる事を言う。
飲み屋の宴会で意味不明な歌を歌いながら箸をドラムスティックに見立てて食器をチンチキ鳴らし、手拍子と合いの手を入れた酔っぱらいの騒ぎだって、広い意味でジャムセッションだ。
そんな誘いを今店主がやった。
場違いだと呆れるなかれ。
効果は、ほら。 すぐに表れた。
「ハイ。 ワカリマシタ」
さっきまでのハンターの勢いはどこへやら。
急に立ち止まり、立ったまま脱力し、項垂れる。
目に生気が感じられない様子で、平坦な返事を店主にしていた。
これを仕掛けた店主も、驚き立ち止まっていた観衆もドン引き。
特に店主。 自分で言っておいてその反応は酷いと思うぞ。
だが、そんな気持ちになれる余裕を得られていた。
これで稼いだ時間は、報われる。
『ちょっと道を開けてね? 今急いでるんだ』
離れた所から騒がしい足音と野次馬のシャッター音が響く。
『警察です。 ごめんね、道を譲って欲しいんだ』
店主と一緒に呆れていた見物人の内の誰かが、ハンターが銃を出した辺りで通報してくれていたのを、店主は落ち着かない視点で見ていたのだ。
呆れていた頃に情報を整理して、現状を把握したのだ。
時間は味方だと。
【ジャム化】の詳細をおぼろげに理解しはじめた店主。
理解=水分を飛ばす とすれば【ジャム化】が煮詰まってきている。
すなわち、そのままタイトル通り。
ハンターの刑罰?
重罪なのは言ったけど、正直思い付かぬ。
無期懲役の禁固刑にしても、持ってる特殊能力次第では脱獄されるだろうし。
だったら即死刑?
それは現代の法や憲法が許すのか分からんし。
どうなるんでしょうかね?
まあ、店の監視カメラからハンターがやらかした動かぬ証拠を撮影できたので、重い罰つきの有罪には出来るんですが。
あ。 なぜ特殊能力かって言えば、日常生活でもスキルって言葉を使ってますし。
対人スキルとか接客スキルとか営業スキルとか。
なのでスキルだけだと混同しちゃう。
神の贈り物だと大げさ……と言うか、リアルでも使うんですよね。 特別な能力をギフテッドって。
だからこれも混同しちゃうから使えない。
じゃあこれしかないじゃない! ってね。
ああ、ユニークと言っても世界に一つ~って意味のユニークじゃないです。
(単純に)珍しいとか異常なとか、そんな意味のユニーク。
同じ能力を持つ人は少ないから、そう言った意味の珍しい。
現代では得られない、異常な能力だから。
なお【ジャム化】は本気でヤバい特殊能力である。
なんでもジャム化するのだから。
人をジャムにしようと【ジャム化】すれば、ジャムになる。 ミンチなんてメじゃねーぜ。
人の血だけジャムにするのも可能。
金属だってジャムに出来る。 食べられるかどうかは別として。
ちなみに、ジャムを作る際に砂糖は任意。 すぐそばに置いて一緒に使おうと思えば、決めた甘さになるまで砂糖が自動で使用される。
他にも文中にあった、ジャムと名前の付くものになら、なんでも変えられる。
空気をジャム+ingでジャミングとなって、電波妨害を仕掛けられる。
なんだったら、某ロボットアニメに出てくるニュートロ○ジャマーとか言うのにも変化させられるかも。
最初は触らないと使えない【ジャム化】だけど、作中みたく声等の遠隔で、その内触らなくても様々な方法で発動可能になっていく設定を想定。
マジでヤベーぞ、これ。
だが本人は、そんな物騒な使い方を求めてないので、使えると分かっても怖くて使えない。 使わない。
自分の命や目の前で助けられる命があるなら、使うんだろうけど。
しかし、ただただジャム屋で一生を終えるつもりの平和思想。