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エピローグ

「ここが神殿の最上部、海への出口だよ」


 ヴァリサイアに案内されて、俺は、海へと抜ける通路にやってきた。

 長かった神殿の探索も、これで終わり。

 ここからは、海をひたすら上昇し、海面を目指す旅が始まる。


「神殿の光を真上に向けて放っておくよ。海の上まで届くはずだから」

「ありがとうヴァリ。これであとは、上まで泳いでいくだけだ」


 耐圧限界は5000メートルを超えた。

 呼吸も1時間は続くし、【高速泳法】のスキルを使えば、時速5キロなんて余裕で出せる。


「そう簡単に考えちゃいけないよ。神殿の外は深海なんだ。とてつもない水圧と激しい海流が邪魔するせいで、垂直に上昇するのは難しいし、最高速度も早々出せない。おまけに、さっき見えた魔物たちが、餌を求めて泳いでるんだ。正直、私たち姉妹の加護を全てあわせて、ギリギリ海面までいけるかどうかってところだよ」


 険しい声で警告してから、ヴァリサイアは、瞳を潤ませて俺を見た。


「最後に、お別れに、もう一度だけ……」


 俺はヴァリサイアを抱きしめて、もう一度、唇と唇を重ね合わせた。


「ありがとう凪沙。私の愛おしい良人(ひと)

「元気でな、ヴァリ。君に会えてよかった」



 海の中、俺は、神殿からサーチライトのように放たれた光の道筋に従って、シレーナのスキル【高速泳法】で、海面目指して上昇していく。


(水圧のせいか、全然スピードが上がらない)


 ヴァリサイアにも言われた通り、深海での【高速泳法】は最高速度に遥かに及ばなかった。

 加えて、怖ろしい魔物の群れが、俺を喰おうと襲いかかる。

 迫り来る魔物たちを、キュラリスの【渦潮の牢獄】に閉じ込めて、ロレイラの【覆滅の徒歌】で粉砕し、撃ち漏らした奴らをヴァリサイアの【断鋼の水太刀】で切り裂いていく。


(魔物には構っていられない。このままじゃ、海面まで息が保たなくなる)


 戦闘を極力避けて、海流にうまく乗りながら、俺はひたすら上へ上へと昇っていく。

 だが。


(くそっ、しつこい奴が、一匹……)


 大きなサメのような魔物が、ずうっと俺を狙ってついてくる。


(こいつ、【高速泳法】よりも速いぞ!)


 鋭く尖った鼻先が、水を裂いて、俺の足元に追いすがる。

 口に並んだ乱杭歯(らんぐいば)が、お前を食うぞと叫んでいる。


(【断鋼の水太刀】!)


 魔物に向けて、高圧の水の刃を放出した。

 しかし魔物は、俺の攻撃をひらりひらりと躱してしまう。


(だったら、【覆滅の徒歌】だ!)


 凄まじい音の衝撃波。

 逃げ場のない全周囲への攻撃に、魔物は一瞬吹き飛んだ。

 が、態勢を整え、再び俺へと迫ってくる。


(耐えやがった!? ノーダメージかよ!)


 体が極度に堅いのか、それとも、俺のようにスキルか何かを使っているのか。


(逃げるしかない、【渦潮の牢獄】!)


 渦を生み出し魔物を閉じ込める。

 どれだけ効くかはわからない。

 とにかく今は、海面に向けて突き進め!


 ・

 ・

 ・


 俺と魔物は、一進一退の追走劇を繰り広げながら、ついに、太陽光が届く位置まで上がってきた。


 酸素はまだ保つ。

 でも、こいつの追撃だけが躱せない。


(こうなったら、ここで仕留めるしかないぞ)


 泳ぎながら、サメの魔物を可能な限り引きつける。

 俺の足に、奴の鼻先が届こうかというその距離で、魔物は口を大きく開く。

 その瞬間を待っていた。


(【渦潮の牢獄】!)


 渦潮を、奴の真後ろに展開する。

 開口し、スピードを落とした魔物は、渦に引かれて動きを止めた。


(ここだ! 【断鋼の水太刀】!)


 その間隙を逃さずに、俺は水の刃を巨大な口内に叩き込む。

 魔物は苦しそうにのたうって、大量の血をまき散らした。


(トドメだ! 【覆滅の徒歌】!)


 音の爆撃で、血ごと魔物を吹き飛ばす。

 これで奴は、もう俺を追ってこれない、はずだった。


「グゥオォォォォア!」


(なっ!?)


 敵は、最後の力を振り絞り、全身で水を掻き分けて、俺に向かって突進してきた。


(【断鋼の水太刀】!)


 水刃で迎撃、魔物の体がわずかに逸れる。

 しかし、相手も怯まなかった。


 ブオン!


「がはっ!?」


 すれ違いざまの尾びれの一撃。

 背中にまともに喰らった俺は、衝撃で、肺の酸素を全て吐いた。


「ご、が、ごぼっ!」


 魔物は力尽き、海の底へと沈んでいく。

 俺は、辛くも勝利をもぎ取った。

 だというのに、俺の体も、もはや動こうとしてくれない。


(ちく、しょう……)


 上を見ると、海水面から太陽の光が注いでいる。

 あと少し、あと少しだっていうのに、俺の意識は、どんどん暗く、真っ黒に堕ちていく。


(……でも、あの子たちが統べるこの海に落ちていけるなら、それもいいか)


 黒く染まった意識の向こうに、俺に微笑む姉妹たちの姿が浮かんだ。


 ・

 ・

 ・


「……さん……ぎささん」


 誰かが、俺を呼んでいる。


「よかった、気がついたのね、凪沙さん」


 目を開けると、ビキニの水着と、ゆさりと揺れるたわわなおっぱい。


「あれ……? シレーナ……?」


 見覚えのある眼福な光景に、意識がはっきり覚醒した。

 第一下層で会った、人魚のシレーナ。

 俺はどうやら、彼女に膝枕(膝と言ってよいのか?)されているらしい。


「なんだよ、鼻の下伸ばしやがって」

「仕方ないわよ。シレーナの胸は姉妹最強の破壊力だもの」

「形なら負けてないって言いたいけど、あの大きさは、ねえ」


 隣からも声。

 キュラリス、ロレイラ、ヴァリサイア。

 海神の四姉妹が全員揃っている。

 てことは、ここは神殿の中なのか?


「なんで皆……いや、それより、俺はどうして生きてるんだ?」


 シレーナが、微笑みながら俺を起こしてくれた。


「それなんだけどね。まずは【閲歴】をみてほしいの」


 言われるがままに【閲歴】のステータス画面を開く。


「えっ!?」


 そこには、驚きの情報が書かれていた。



氏名  :新島凪沙

種族  :海神の下僕(しもべ)             ←Update

性別  :男性

潜水時間:∞分(補正値+∞)          ←Update

耐圧限界:∞メートル(補正値+∞)       ←Update

加護① :海神の四女(シレーナ)の加護

加護② :海神の三女(キュラリス)の加護

加護③ :海神の次女(ロレイラ)の加護

加護④ :海神の長女(ヴァリサイア)の加護

加護⑤ :海神の加護             ←New


海神の四女(シレーナ)の加護

 補正効果①:潜水時間+5分

 補正効果②:耐圧限界+500メートル

 追加スキル:高速泳法


海神の三女(キュラリス)の加護

 補正効果①:潜水時間+10分

 補正効果②:耐圧限界+1000メートル

 追加スキル:渦潮の牢獄


海神の次女(ロレイラ)の加護

 補正効果①:潜水時間+20分

 補正効果②:耐圧限界+1500メートル

 追加スキル:覆滅の徒歌


海神の長女(ヴァリサイア)の加護

 補正効果①:潜水時間+30分

 補正効果②:耐圧限界+2000メートル

 追加スキル:断鋼の水太刀


海神の加護                  ←New

 補正効果①:潜水時間+∞分

 補正効果②:耐圧限界+∞メートル

 追加スキル:究極の海



「海神の下僕!? 加護も増えてっ!? それに、潜水と耐圧が無限って!?」


 なんだこれはと、激しく混乱させられる俺。

 てっきり死んだと思ったのに、いったいなにが起きたんだ?


「お父様がね、凪沙さんのことを助けてくれたの」

「お父さん……って、海の神様が!?」


 頷くシレーナ。

 続きを、キュラリスとロレイラが引き継いだ。


「あたしらが一緒のフロアにいられるのも、お父様が許可をくれたからなんだ」

「ヴァリ姉さんがかなり噛みついて勝ち取った、が正しいけどね」


 ヴァリサイアが、そっぽを向いて言う。


「私らは姉妹なんだよ。仲睦まじく暮らそうとして何が悪いんだい」


 少し顔を赤らめているヴァリサイア。

 シレーナが種明かしした。


「愛する凪沙さんを見殺しにするなら海の半分を壊滅させてやるって、私たちを代表して交渉してくれたの」

「ちょっ、言わない約束だろシレーナ!」


 長い尻尾で妹を羽交い締めにするヴァリサイア。

 シレーナは、苦しそうというより嬉しそうにじゃれている。


「ただしね。凪沙さんがずっと神殿にいるためには、その、条件があって……」

「条件?」


 急にもじもじと言葉を濁したシレーナ。


「あたしらは別に構わないって言ったんだけど、お父様がな」

「こういうのは、やっぱり筋を通すべきだって、譲ってくれなかったの」

「私の件もあったから、ちょっと過敏になってるのかもしれないね」


 他の姉妹も、もったいぶって、なかなか答えを言ってくれない。


「なあ、シレーナ?」


シレーナは、口ごもりながら。


「……さんに、なって……いの」


 よく聞こえない。


「だから! 私たちの誰かの、お婿さんになってほしいの!」

「お、お婿さん!?」


 仰天の展開だった。


「こういうのは、やっぱりケジメが大切だと思うんです!」


 真っ赤になって叫ぶシレーナ。

 愕然としている俺をよそに、他の姉妹も盛り上がっている。


「あたしでもいいし、他の3人でもいいぞ」

「さらっとおまけみたいに言わないで」

「姉妹の中では、凪沙が誰を選んでも恨みっこなしって結論がでてるんだよ。ただ、選ばれなかった姉妹とも、仲良く(・・・)してもらうつもりだけどね」


 一部台詞が、やけにアクセントが強かった。


「な、仲良くってのは……?」


 覚悟を決めて聞いた俺に、四姉妹は口々にまくしたててきた。


「聞きましたよ凪沙さん、あの後、姉様たちとも口づけしたって」

「あたしの唇、忘れちゃいないよな?」

「もっと凪沙くんと、色んなキスがしたいです」

「なら私も、あれよりもっと激しいことを望みたいねえ」


 にっこりと、あるいは、にんまりと笑う海神の娘たち。

 これは、いわゆる年貢の納め時ってやつですか?


「私たちの純情(くちびる)を奪っておいて、逃げたりなんてしないですよね?」


 抗える、はずもなかった。


 こうして俺は、深海の神殿に生贄として捧げられたはずが、海の底で可愛い姉妹たちと末永く暮らすことになったのでしたとさ。


 めでたしめでたし?


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