十的にみ
スマホやケータイでも読みやすいように行間を空けてみたのですが、どんな感じなのか、お試し投稿です。
※行間無しが好みの方は、もう一方のタイトルでお楽しみください。
──灰泥家。
──小城祀家。
──経竜家。
──真愚涅家。
──狩師家。
これら五つの御家は十的にみがメイドとして勤めに入った屋敷である。
──が。
その全ての御家が主を亡くすという不幸に見舞われた。
灰泥家当主・土丹は暗殺で。
小城祀家当主・本丸は事故で。
経竜家当主・教典は失踪致死で。
真愚涅家当主・絡繰は発狂死で。
狩師家当主・剥は誘拐致死で。
それぞれが、それぞれの理由で当主を失った。
それも──十的にみが勤めに就いた、その初日に。
……最初は“それ”に気付かなかった。
これまで──十的にみとして十八年間──生きてきた本人ですら。
・
メイドとして初めて勤めに入ることになった──灰泥家。勤め始め当日、執事の説明を聞き終えた彼女は、屋敷の主──灰泥土丹との紹介を兼ねた顔合わせをし、所要で出掛けるという主を、執事や先輩メイドたちと一緒に見送った。──その一時間後に主が死んだという一報が入る。後日、それが暗殺だったと聞いた。
メイドとしての経験を積む前に、次の御屋敷──小城祀家へと勤めることになった。朝早くからメイド長直々に説明をしてもらい、一通りのことを聞き終えて、先輩方と共に屋敷の主──小城祀本丸とその家族を見送った。その三時間後。一家が交通事故を起こしたことを知らせる一報が入る。全員死亡だった。
メイドとしてらしくなる前に、新な御屋敷──経竜家に入ることが決まった。屋敷の主──経竜教典の奥方が御自ら案内をするという驚きの状況を目の当たりにしながら説明を聞き、そうして歩き回る中で主が出掛けるタイミングに合い、奥方と共に見送った。その後、主は帰らぬ人となった。
メイドとしての知識だけを持ち続け、新規の御屋敷──真愚涅家に入ることになった。御屋敷の主──真愚涅絡繰が執事と共に手自ら案内と説明を行うという状況に緊張で身を硬くしながら屋敷内を歩き、途中、主が出掛けるという時刻を迎えた為、執事に後を引き継いだ主を見送った。──その深夜、主が出先で原因不明の発狂の末、命を絶ったことが知らされた。
──こんな風に、十的にみが勤めに入った先々でその屋敷の主が不幸に見舞われた。
ここまで来れば──ここまで同じことが続けば──自然と疑ってしまうのは己だ。
己になんらかの責務があるのではないかと。
“私が悪運を持ち込んでいるのかもしれない”
そう、思い始めた──矢先。
“それ”を知るきっかけが起こる。
狩師家に入った日。
仕事内容の説明を聞き、散歩をして来ると言う屋敷の主──狩師剥を見送ったあと。一人の先輩メイドが、取り寄せた食材に発注ミスがあったからと、足りない分を買ってくると言って出掛けるのを、「行ってらっしゃいませ」と十的にみは見送った。そして。主は誘拐された上に命を落とし、先輩メイドはその誘拐を目撃したことで殺されてしまった。
この事で──十的にみは気付いてしまう。
己が“行ってらっしゃいませ”と言って見送った人は命を落とす、ということに。
これまで勤めに入った御屋敷で命を落とした者は皆、十的にみがそう言って外出を見送った人々だ。
思い当たる共通点は他に無いし、思い過ごすには事象が重なりすぎている。
気付いてから──愕然とした。
これでは。
これでは──メイドと云う仕事に就けたところで──その業務に支障をきたしてしまう。
否。
それどころか。
それ以前に。
正に現状──実質的に支障をきたしている。
支障をきたしているからこそ──の現状。
メイドという職に就けていない。
憧れている職業なのに。
頑張って資格を得たのに。
就活してここまで来たのに。
メイドとして働けてはいない。
“行ってらっしゃいませ”
その、屋敷の主を送り出す言葉が使えない。
使ってしまえば人が死ぬ。
主が──死ぬ。
“行ってらっしゃいませ”──が、言えない。
メイドにとってそれは痛手とも言える欠陥だった。
十的にみは途方に暮れた。
どうすればいいのだろうかと。
メイドの仕事の中でも基本中の基本、送り出しの挨拶が出来ないとなると、採用されたところで、即、とまでは言わないがクビになることは目に見えている。
考えた末──悩んだ末。
十的にみは友人に相談した。
そこで、意外な案を提示される。
友人は。
それを売りにしたらどうだろうか、と言った。
“行ってらっしゃいませ”が言えないことを自己アピールとし、雇ってもらう。
開き直るような案に、十的にみは面食らった。
そんな突拍子なこと、出来るわけがない。
文言が文言である。これで雇おうと思う者がいる訳がない。もし、居たとしてもそれはそれで大変な変わり者である。
……しかし……まぁ……。
ものは試しと履歴書に──その自己アピール欄に──書いた。
応募先は──檻護塔家。
採用されるかどうかは賭けではあったが──果たして。
果たして──十的にみは採用された。
檻護塔家のメイドとして雇用された。
しかも驚くことに先方は、即日でお願い致します、と言ってきた。採用されたことの驚きが落ち着く前に、即日採用という先方の要望に慌てさせられた。
そうしたそんなこんなで、なんとか手早く身支度を整えて──先方が提示してきた時間に間に合わせて──
十的にみは。
八月十七日の午前をもって。
檻護塔鉄柵が主──御屋敷『檻護塔家』の──メイドになった。
奇しくもその日は。
十的にみの誕生日であった。