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恐竜と音楽家

作者:

 石垣島に住んでいた子供時代、僕はイグアナと出会った。鮮やかな緑色の恐竜は、夕日色の瞳で僕をじっと見つめていた。空より青い群青色の海が広がる石垣島で、僕はイグアナと通じ合ったんだ。


 あの日はカラッと晴れた爽やかな日だった。僕は午前中、お母さんの営業しているダイバー向け道具屋を手伝っていた。午前に働き、午後に海に行くというのがあの頃の日常だった。


「母さん、海、見てくる」

「んじーめんそーれ!」


 母に送り出されて、僕はいつもの通り、作文用紙に書きなぐった楽譜と一本のギターを抱えて海に走っていった。作曲とギターは僕の唯一の趣味だった。毎日毎日トイレに籠もって楽譜を書いていたので、母は毎日僕を叱らなければいけなかった。トイレで出来上がった楽譜を実際に海で弾いてみる時間は僕にとっての幸せを意味していた。


 あの日は珍しいことに、海に先客がいた。高校生カップルだっただろうか。僕は人前で演奏するなんて、到底できそうにない性格だったので、奥の森に移動した。


 森の中は海とは違い、色んな音であふれていた。鳥の声、虫の羽音、僕の足が草を踏む音、風の音。そんな音の中に、あのイグアナはいたんだ。イグアナは無音で、あいつの周りだけ音が消えているような存在感があった。僕はそんなイグアナをぼーっと見つめながら、演奏をはじめた。あいつは僕の最初の観客だったんだ。拍手もしないし、褒めもしてくれないし、文句も言わないし、観客としては最悪だったのかもしれない。それでも、そこにいてくれるだけで僕の音を全て吸い込んでくれているような、イグアナの存在は僕にとって最良の観客だった。


「あの日から僕は音楽家を目指しはじめたんだよ。」


 イグアナに語りかける。今から弾くのはキミに出会った日に書いた曲だ。つまり、音楽家として初めて創った曲なんだ。イグアナよ、僕の音を吸い込んでくれ。


イグアナは相変わらず、その小さな夕日で僕を飲みこんでいる。

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