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1.魔女と恋と学園と

 15歳の春――。


 転がり込むようにして私はこの学園、リトルウィッチクラフトに入学した。

 魔女の通う事で有名な、世界にただ一つの学校である。


 何を言っているのかって? うん、私にも分からないんだ。


 自分ではごく普通の女子をやっているものだと思っていたのだが、どういう訳か今世間を賑わせている“魔女”の烙印を押されてしまった。


 魔女とはお察しの通り、陰湿で、根暗で、何かというと悪さをする、人類の敵。

 生まれてこのかた幾年月になるが、そんな恐ろしいものとは無縁だと思っていた。こちとら楽器を愛するだけの音楽女子なのに、はなはだ遺憾である。


 私はローズマリー゠ホワイト。みてくれはちょっと冴えない女の子。ごわごわの赤毛を、ブタの毛のブラシで解きほぐして、二つ結びにしている。そばかすなんて気にしない。チャームポイントは、わりとぱっちりしたおめめ。中肉中背。胸は……自分で言うのもなんだが、ある方だ。

 割と小さな国の小さな農村出身で、世間には疎い。


 子供の頃、私は父に一度だけ都会に連れて行ってもらった事がある。

 そこで私は音楽に出会った。大きなコンサートホールで子供ながらに聞いたオーケストラは、私の世界を一変させる程の衝撃となってこの胸に残り続ける。

 拍手喝采。人々の笑顔。その真ん中に私は立ちたい。単純な私は、いつかきっとそうなれると信じていた。


 成長した私は音楽の夢を諦めきれず、土の臭いのする田舎から、この度都会へと出た。

 父に、男手一つで育ててくれた恩を返すためにも、そこで音楽学校へと入学しなければならなかったのだ。


 私は練習した。一生懸命貯めたお金で買ったフルートを。フルートは比較的安く消耗品が必要ないため、財政事情にも優しい。さらには主にメロディを担当するため、目立ちたがりだった私にとってもってこいだった。

 しかし、つまり、そんなフルートはライバルも多いということ。


 入学試験の日。私は失敗した。

 小さなコンサートホール。昔見た景色とはほど遠いが、そこで一人一人試験が行われた。


 皆、堂々としている。一方、田舎者の私はその人の多さに面を食らっていた。

 気が動転した私のフルートは、課題の曲を奏でない。悲劇を(うた)ったはずのメロディーは、どこか陽気な喜劇へと変化した。震える唇は音を歪め、その運指(うんし)は焦りから軽快なリズムを取る。曲は止まらない。間違えても必ず最後までやりきらねばならないのだ。


 私の演奏を聴いた試験官はたまらずに笑い出した、釣られて他の大人達も笑い出す。そして控えていた生徒達も輪唱するように笑った。仕舞いには試験官はアゴを外す始末。あまりの事態にそこで試験が中止となってしまった。前代未聞である。

 後に控えた受験生達は大いに騒いだ。そして、私には不名誉なあだ名がつく。


 ――魔楽器のマリー。


 それが『魔女』への発想へと転じるのは、年頃の女子にとってはいともたやすい話であった。めでたくこれで一人、ライバルは消えたのである。あの時聞いた大人達や同年代の少女達の(あざけ)るような笑い声は、今でも夢に見る。


 そんな噂を聞いてか私に紹介されたのが、魔女学園リトルウィッチクラフト。

 あとから聞いた話だが、試験官はこみ上げる歓喜の渦に笑いが止まらなくなったという。申し訳なさそうに百年に一度の才能だと言いながら、私を魔女狩りから助けようとこの学園を教えてくれたのだ。


 まあ実際、魔女だったんだけどね。(笑い)

 入学条件は、魔女である事、ただ一つ。夢も失い行き場のない私には、願ってもない機会だった。




 春、それは出会いの季節。


 (おごそ)かな門をくぐると、ロマネスク建築の大きな建物が私を迎えた。

 ここは法王といえども手出しすることの出来ない中立都市。閉じた環境ではあるが、魔女としてはこれで晴れて羽を伸ばせる。娑婆(シャバ)の空気は存外おいしかった。


 魔女の正装、黒のローブをアレンジした制服に身を包み、魔女学園へと足を踏み入れる。

 お父さん、私は今日から本当の魔女になります――。




 入学式。

 在校生、といっても100人程度の女子生徒達が、私達新入生のために歌を歌ってくれた。

 上級生は自分とは違う色のローブを纏っている。一年生は黒、二年生は灰、三年生は白。だんだんと穢れを浄化し、卒業する。この制服にはそんな思いが込められているらしい。ええ、私の心はすでに漆黒ですよ。漂白出来るもんならして見せろってんだい。


 彼女達は魔女だというのに、神聖な聖歌を清らかに歌い上げる。歌詞には頻繁に白百合という言葉が出てきた。それは聖母の象徴であり、魔女として葬られたかつての英雄の御旗にもなった花。


 似合わずして私の名前も、ホワイトである。少し、くすぐったい思いをしながら、上級生一人一人を見ていた。

 皆、恐ろしいほど美しい。耽美(たんび)な小説にでも迷い込んでしまったのかと辺りを見渡すが、同級生もまた、可憐な佇まいで目を潤ませながらお姉様方に見惚れていた。


 私などは、まさに田舎から出てきましたと言わんばかりの取れたての芋。おまけにヒゲ付き。身だしなみもしていないため、少し場違いである。いや、目立ってすらいた。


 そんな中、壇上で歌う一人の最上級生とぱっちり目が合った。

 まさに白百合。白く、長い髪。スラリと伸びた手足に、控えめな胸。少し病弱な顔色。恐ろしいほど蠱惑的なまなざし。しかしよく見ると、口パクであった。おそらく、音楽に詳しい私だけがそれを見抜いたのであろう。私に向けて、ばれちゃった。といった仕草をする。

 あ、これはダメなやつだ。魔女学園は当然女学校。そっちの道へと魅入られたという話も山ほど聞いている。魔女狩りから逃れた先で、魔女に狩られる? ミイラ取りがミイラ? それは違うか。たった一瞬で、めまぐるしくあらゆる妄想が脳内を駆け巡る。まさに、魔女に恋する五秒前である。


 白百合はほほえんだ。


 百面相が見られたのであろうか。それともターゲット、ロックオンであろうか。

 はたまたタチとネコ、ベッドインであろうか。


 聖歌も終わる頃、私はグラウンド10週はしたかのように汗ばんでいた。季節はまだ乾いた涼しさのただ中。夏はまだ遠い。


 続いて学園長の挨拶が始まる。えらく尊大な語り口の、片眼鏡(モノクル)をした女性だ。正直、かっこいい。切れ長の目に、艶のある黒髪。なぜか軍服を着ているが、それもビシッと決まっている。


「我が校の理念は、魔女である事に誇りを持て、というものだ。これまで諸君等は(しいた)げられ、(さげす)まれ、(おそ)れられ、本来宿るはずであった健全な精神を大人達によって阻害され続けてきた事であろう。だが、安心しろ! これまで我々は世界に、魔女かくあらんという高潔な精神を示し続けてきた。この学び舎を出るとき、君たちも誇り高き魔女(マレフィカ)の一員となり、その唯一無二の個性を生かし世界に大輪の花を咲かせる事であろう!」


 学園長は饒舌(じょうぜつ)に語った。魔女の置かれている状況からすると、大言壮語(たいげんそうご)荒唐無稽(こうとうむけい)、自信過剰。まるで洗脳のようなそのスピーチだったが、自分達としてはどこか高揚するものがあった。

 それは皆同じであったらしく、同級生達のすすり泣く声があちこちからこだまする。


「時代の徒花(あだばな)として散る事など、断じて認めん! 皆、存分に咲き乱れよ!」


 呆気にとられた。まるでミュージカルである。


 続けて、学園長の紹介を受けた生徒会長による挨拶が続いた。

 壇上に上がるのは、さきほどの白百合――。


「えっ!」


 思わず声が出た。こんな人が生徒会長を務めているなんて、出来杉である。彼女が(シダー)ならば、私はシダ植物である。


「みなさん、ごきげんよう。私はクラリス゠アマリリス。学園長先生よりご紹介に預かったように、ここの生徒会長をしていましゅ。皆様、お見知りおきを」


 何事もなかったようにスピーチを続ける生徒会長。いや、今噛んだよね?


「この学園での活動は多岐にわたります。勉学はもちろん、スポーツ、社会勉強、ボランティア、地域との融和などです。魔女、という偏見を、誰でもない、私達が一つ一つ無くしていこうという精神で、ひち、一丸となって取り組んでいます」


 また噛んだ。それに、見たか今。ペロって舌出したぞ。みんな、ちゃんと見たか!?

 ピンク色のやけに長い舌。それにアゴが細いから、収まりが悪くて滑舌に影響するのであろう。この一瞬でそこまで分析できたのはきっと私くらいのものだ。何故か私は得意げになってうっとりと彼女のスピーチを聞いた。




 長いようで、あっという間の式が終わり、新入生はそれぞれ各教室へと誘導された。


 私のクラスは、高等部のA組。このABCにはそれぞれ意味があって、アスモデウス、ベルゼブブ、ケルベロスなどと続くらしい。魔女への偏見がどうの言っておいて悪魔の名前って……。パンフレットによると設定上はZのザガンまであるらしいが、そんなに生徒はいないため断念したという。学園長ノリノリだな。


 どうも魔女にはそれぞれ固有の能力があるらしく、最初の授業はそれについてであった。


「ではまず初めに、君たちのマギアを見せて貰おう」


 A組では直々に、学園長が授業をするという。マギア? 何それだが、端から呼ばれた順に前へ出て、クラスメイト達が次々に手品を披露する。


 体が一瞬消える子、手から(パワー)を放出する子、指から聖なる灰を出す子、ふわりと宙に浮く子など、これはヤバイ所に来たなという感想である。一番驚いたのは、性転換する子であった。よく女学校に入れたものだ。あ、でもこういう子が小説ではいわゆるハーレムを形成して、ドキがムネムネの学園生活を送るのであろうな。私は攻略対象となり得るだろうか、いや、なり得ない。(反語)


 ここは大道芸人の養成所かしら。ひとごとのようにそんな事を思っていると、ついに私の番が来た。


「次は、ローズマリー゠ホワイト。前へ」

「ひゃい!」


 情けない声と共に飛び出しそうになった心臓を押さえ込む。よそではさんざん悪魔の能力だと言われた魔楽器であるフルートを、震えながら口につける。これは試験ではない。いつも通り……そう言い聞かせながら演奏する。


 しばらく、教室は無になった。そして、笑いが起こりはじめる。


 またか……。


「ローズマリー、後で教員室へ来たまえ」


 落胆する私に、学園長の声が掛かる。恐い、恐すぎるんですよ! モノクルの奥の切れ長の瞳が私を捉える。上流階級の令嬢の家にいそうな、よそ者に厳しめの家庭教師、と言えば分かるだろうか。幾分かそれより若いけれど。


 ひそひそと噂話を始めるクラスメイト達。なんとなく、私に向けられる皆の目が変わったように思えた。


 こうして私の学園生活は、早くも人生の暗黒時代へと突入したかに思えたのだった。

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