アレクシス
ルトーが、記憶から記憶へ、死から死へ、そして聖から聖までなにもかもが憂鬱になったのは少し前のことだった。ルトーの母が死んだのだ。みなそれを悼んだが、ルトーだけが悼まなかった。ルトーの実の母ではないからだ。ルトーをどこかで拾って、慈善事業のように家族という、小さな共同体を創り上げることをマリア・カンブレジは使命としていた。だから、ルトーという名前しかなかったルトーは家族という存在ができて初めてファミリーネームを持ち、カンブレジというファミリーネームを得、ルトー・カンブレジという人物になった。ルトーはそれから背は大きくなったものの、心の中は小さく小さく、そして小さくなっていくように、そう考えて仕方なかった。だからマリア・カンブレジの葬儀に列席しないで迷子のふりをして遠くまで行っていた。母の葬儀に出なかった息子というレッテルを張られてもルトーには平気だった。もともと家族はいないし、カール・カンブレジとマリア・カンブレジの家庭は造られたものだったから、だからルトーは自分の家族が欲しくて仕方なかった。偶然、たまたま、ちょうど、どれが適切なのかは、わからない。ルトー・カンブレジはその失踪した日に、カンブレジというファミリーネームを消すことにしたから、あの場でルトー、とだけしか名乗らなかった。
ルトーが起きあがったとき、もう少しで14歳の誕生日だった。いまごろあの人、そう、アレクシスは何か準備していているのだろうか? と考える間もなく二度寝して起きた時には窓から見えるイリア旧市街はいつも通りだった。この町は100年前も、今日も、そして100年後も旧市街は変わらないのだろう。
ルトーが誕生日を迎えた日、アレクシスは祝ってくれた。14歳か、もう少しで大人だね。と、アレクシスは祝ってくれた。それはカンブレジ家でのどんな祝福よりも心に残る言葉だった。
ルトーが言った。「僕は君の家族だよね?」
アレクシスはそれに対して「そう。大切な、家族だよ」
と言って、頭をなでてくれた。そうこの人、アレクシスは、ルトーの、大切な家族なんだ。