血を分けてない親子は似たもん同士
何度も見に来てくれている方が増えてきて、嬉しいです。
これからはお腹が減る時間に更新することも考えているんですが、どうでしょうか。
「よーくきた!ザーフリから聞いてるぞ!お前がはぐれ蜥蜴だな!そんな固くなるな!岩蜥蜴じゃあるまいし!ガハハハハハハ!」
この世界の住民はとことん伊吹の期待を裏切ってくるようだ。道中でザーフリから村長夫婦を紹介すると言われたときに想像した村長像とだいぶかけ離れている。
厳格な雰囲気を醸し出す初老の魔法使い。
それが伊吹のファンタジー小説で培った空想力が導き出した村長だったわけだが、目の前にドカッと胡座をかいてこちらに握手を求めてくるのは筋骨隆々バリバリ現役ってかんじの陽気な爺さんだ。
「替え玉3杯は食べそうだな」
「何を言ってるのかわからんな!ガハハハ!」
♢♢♢♢♢
ザーフリは物心つく前に流行り病で祖父母、両親を亡くしており、天涯孤独となったところを村長夫婦が引き取ったらしい。
わかりきったことだが、世界は善人に優しくできているわけではない。彼の優しさは村長夫婦と暮らす中で生まれたものなのか、先天的なものなのかは今となってはわからない。
それでも決して恵まれた環境で育ったわけではない。そんな彼が一人寂しく湖を平泳ぎで泳ぐ全裸の異種族に手を差し伸べてくれたことを、伊吹はこのあとも一生忘れることはなかった。
さらに驚いたのは、蜥蜴人たちの"村"である。森の奥の開けた大地には"村"と呼ぶにふさわしい文明が築かれていた。
伊吹が激突した水面はノリッジ湖と呼ばれ、この世界でも有数の大きさを誇る湖であった。
その湖をぐるっと囲むように背の高い木々が生い茂っており、森林が形成されている。ただ、森林には整備された道があり、おかげで裸足の伊吹でも村まで非常に歩きやすかったのである。
「うん、わかってはいたけど、人間以外の生物が村を作ってるのって不思議だな……」
ラーメンフリークの伊吹にだってわかる。決して裕福な村ではない。だが、どうやら来客はちらほら見受けられることから、外交をしているのは間違いない。
「特産品があるのか……?」
何かを焼いているような、香ばしい磯の香りに惹かれて建物の裏を覗いてみると、そこにはザーフリと数人の蜥蜴人の姿があった。
「村長への挨拶は終わったのだ?」
「ああ、力強い爺さんでびっくりしたよ」
「そうなのだ。歳こそ重ねてはいるが、まだまだ現役の漁師でな。我らも村長の膂力と先見の明にはなかなか辿り着けないのだ」
「漁……をしてるのか?」
「ふむ?村長、まだイブキには言ってなかったのだ?我が村では名産の"ミズウミコケ"を養殖しているのだ」
そう言って、ザーフリは軽く炎で炙られてピシッと張った黒い紙のようなものを指差した。もしかしてもしかするとこれは……
「ザーフリ、これが"ミズウミコケ"?」
「うむ、いかにもこれが"湖苔"なのだ。藻の加工品は珍しいだろう?人間たちはこんな得体の知れない黒いもの、食べれるわけないと言ってなかなか食べないのだが……」
「海苔だ、海苔があったぞ……!」
「おお、突然大声を出すのは驚くのだ……」
見慣れた食材との運命の出会いに感動してガッツポーズする伊吹の耳には、ザーフリの声は届かない。それもそのはず。ラーメンを作れと言われてこちらの世界に飛ばされたはいいが、食材の全てを作り出す能力など伊吹には渡されていない。
その筆頭として上げられるのが海苔だ。海苔と言えばタネから作り、半年近い育苗期間を経て、ゆっくりと収穫され、加工されていくのが現在の日本では一般的とされている。
ラーメンの具材としては、メンマ、ナルト、チャーシュー、味玉に並ぶ古参メンバーの一人だ。最近のビジュアル重視の澄んだラーメンスープには海苔の磯臭さが邪魔をする、などと言う意見もあるが、伊吹はそう思わない。
「母さんの作る海苔の佃煮、海苔の味噌汁、磯辺巻き……美味かったもんな……」
そう、日本人に極めて身近な食材である、海苔の香りを邪険にするようなラーメン作りはしない。伊吹にとって『日本料理であるラーメン』の究極体に欠かすことのできない具材なのだ。
「さっきからまた独り言が多いのだ。そんなことよりどっちなのだ。食べるのだ?食べないのだ?」
「も、勿論いただくよ」
蜥蜴人たちにじっと見つめられた伊吹は慌てて、意外そうな顔で湖苔を渡してきたザーフリから受け取る。
湖苔を太陽に翳すと、青、緑、紫と何色もの色合いが重なって黒が構成されている様子がわかる。
美しい。作業の熟練度を表している。
そして、芳ばしい磯の香りに、思わず一口で口の中に放り込んでしまう。パリッ、パリッと乾いた音を立てて砕けていくと同時に鼻を抜ける旨味。ほんの少し、表面にまぶされた塩が旨味を加速させている。
「凄く美味しいじゃないかこれ……こんな香りが強い"海苔"食べたことない……」
「"ノリ"?イブキの故郷ではそう呼ぶのか。そんなに褒めてくれると嬉しいのだ」
ザーフリの誇らしげな顔が見れて嬉しいと思ってしまうのは、生産者の顔が見える商品にこだわりを持っていたラーメン屋の性だろうか。
伊吹の中で止まっていたラーメン屋としての時間が動き出した瞬間であった。同時に、伊吹の中で当面の目標が決まった。
異世界一、美味いラーメンを作ってこの海苔を乗せるぞ、と。
完全に蜥蜴人がヒロインな件。