◇帝王の苦悩
◇帝王の苦悩
明るい性格で美人、という学校生活の中で優位に立てるステータスを持ち合わせているいのりと、生徒会長になるために猫をかぶって生活している俺は、あっという間にクラスの中心的存在になり、二人で学級委員を務めたりした。
高校生活の一学期が終わるころには、いつの間にか呼び捨てで呼ぶようになったり、テスト勉強を手伝ってやったり、たまに一緒に帰るくらいの仲にはなっていた。いのりはけっこう頑固だから、意見のぶつかり合いになることもあったけど、なんだかんだ俺を立ててくれるというか、良くできたやつだ。感謝している一面もある。
夏休み直前に、そろそろ良い頃合いだろうと思い、担任教師に生徒会に入りたい旨を伝えた。この高校は、赤点がない限り生徒のやる気次第で生徒会に加入できるシステム。担任も生徒会顧問の先生も成績優良者が入ってくれるのはありがたいと二つ返事で了承をくれた。そうしたらなぜかいのりも生徒会に入ると言い出して、もっと一緒にいることが増えた。基本的には、部活優先の学校だけど俺は部活に所属していないし、いのりは比較的活動が少ない美術部。教師からも生徒からも信頼されている生徒の希望ということで、簡単に生徒会に所属できた。
先輩の生徒会役員の人たちはとても気さくで良い人ばかりで、新入時代は楽しく活動できた。しばらくすると、俺は生徒会会計、いのりは生徒会書記の役職をもらった。学校行事の企画や運営をこなす中で、目立ついのりのおかげで生徒会に美男美女カップルがいると噂になり、一定の注目を集めることができた。いや、別にカップルではないんだけど。付き合ってるのかときかれるたびに「違うよ」と言うと男子も女子も安堵の表情を浮かべる。いのりには申し訳ないけど、自分の株上げのために軽く利用させてもらってた。
そして、二学期の終わりの十二月に生徒会長選挙がやってきた。俺が立候補すると言うと、現生徒会長は少し残念そうな、でも納得はしているという表情で「学が出るなら、僕には勝ち目なしだな。負けに行く戦いには出たくないし、なにより学には、野心的なものを持っているのが僕には見えてた。それを、叶えたいんだろ?」と、さすが生徒会長の役職をこなしている先輩だけあって、俺のことを少し見抜いていたらしい。あっさりと生徒会長の座を譲ってくれた。
この学校は、生徒会長選挙は立候補もしくは推薦制。立候補者が複数の場合は誰か一人を選ぶ投票を行い、一名の場合は信任の投票を行って過半数の支持を得れば当選。信任の投票ならば、確実に当選できる。なぜなら、先生たちが生徒に「とりあえず丸つけとけ」と言うから。行事の年間スケジュールは新年度の始まる前から決まっていて、もし過半数の支持を得られなければまた再選挙を行うことになる。でも、そんな時間はスケジュールのどこにもないし改めて設けるのは不可能。だから面倒ごとを避けるためにそう言う。よっぽど候補者に不信感を抱いていなければ、生徒はすっかり受け入れて投票用紙に丸を書いて提出する。
そのパターン通り、俺一人しか立候補者のいない選挙だったから、見事当選できた。副会長になったのは、前任の生徒会長。副会長の立候補も今回は一人だけだったため、信任投票制で当選。元生徒会長は、俺の補佐へ回って活動すると決めたらしい。とても心の優しい先輩だった。
こうして俺は、高校に入学して八カ月で自分の目標としていた一番、生徒の一番上……、いや、未来ねえさんの目指していたトコロまでたどり着いたのだった。
でも、俺はそこで気づいた。
未来ねえさんの、生徒会長になって変えたかったことって、なんだ?
学校のルールを変えたいと言っていた。何を、どこを?
よくよく考えると、未来ねえさんが卒業してから五年も経ってる。もしかしたらその間の生徒会長が変えたかもしれないし、それを聞こうにも、未来ねえさんとは二年くらい会っていないんだった。
未来ねえさんが高校を卒業するまで、お正月はよく未来ねえさんの家で親戚が集まったりしてたけど、ねえさんが就職してから、集まる場所はおばあちゃんちになったし、ねえさんは忙しくて来なくなった。実夢や由奈は、母さん一緒にちょくちょくねえさんと遊びにいったりしてたけど、俺は勉強と中学時代の部活、友達付き合いに精一杯でそんな余裕はなかったんだった。
ねえさんが、叶えたいことがあると小学生だった俺に話してくれたときに、「何を変えたいの」ときけば良かったのに、今思うとねえさんに見惚れてきけなかったんだ。
なんたる失敗、今までの努力が急にむなしく感じられた。
そうだ、母さんか実夢にきいてねえさんの連絡先を教えてもらえばいいんだ、と渾身の策を思いついたのに母さんには「なーに急に。アンタ未来ちゃんのこと好きなの? やめときなさい。彼氏いるらしいわよ」と知りたくなかった情報とともに笑われて終わるし、実夢には「なんでアンタにお姉ちゃんの連絡先教えないといけないわけ? ってか、アタシ家族のグループではアンタと一緒だけど、アンタ個人はラインで友達にいれてないからね」と、衝撃の事実と一緒に突っぱねられてしまう。って言うか俺はちゃんと実夢のこと友達に入れてるのに! なんつー姉だよ。ムカついたから実夢は非表示にしといた。
ねえさんの実家の電話番号なら知ってるから、いっそ自分で連絡しようと思ったけど、そこまでの勇気はなかった。二年も会ってない従弟が突然連絡先教えてなんて、イロイロ気まずすぎる……。しかも、ねえさんは一人娘で、ねえさんの父親は娘を大事に思うあまり寄り付く男を排除してきたなんて話は小さい頃に何度も母さんからきかされてきた。ぶっちゃけ超怖い。
「未来ちゃん、彼氏のことまだお父さんに言えてないんですって。博美には言ってるみたいだから、母さん知ってるんだけどね。もう未来ちゃん二十一歳だものね。早く言ったほうが、母さんは良いと思うわぁ」
博美さんは、俺の母さんの姉。今の母さんの話で、さらに俺から連絡したらヤバそうじゃん。二十一歳ともなれば、少なくとも周りの友達には付き合っている人がいるだろうし、それなのに言えない空気作り出す未来ねえさんのお父さんマジ怖い。
もう、だめだ。成す術、無し。
お正月になったら、もしかしたら次はおばあちゃんちに来るかもしれないし、そのとき話をきけたら良いなと、ひとまずこれ以上考えないことにした。
そんな淡い期待を胸に過ごしたけど、当然のごとく仕事の都合でお正月の集まりにねえさんは来られなかった。
あっという間に月日が流れて、俺はいつの間にか高校二年生になっていた。
それでも自分のことには手を抜かなかったから、成績良し、顔良し、性格良しの生徒会長を演じている。
生徒会活動も、例年よりも盛り上がる行事の企画をしたし、生徒や教師からの評判も上々、新しい一年生からは憧れの先輩呼ばわりだし同級生からも信頼されている。三年生は先代の生徒会長を推している人が多いからそこまでではないけど、悪いようには思われてない。相変わらず教師からも期待の存在だし、おかげで今ではすっかり、いのりの言うように学校の帝王的ポジションを確立した。
六月になったら、半年間である生徒会長の任期が終わってまた選挙が行われる。そのとき、元生徒会長で現副会長である三年の先輩は引退。新しい副会長候補を立てて、俺は次でもまた生徒会長になるつもり。生徒も教師も、また俺で決まりだなという雰囲気を出しているし、俺を超えることのできる存在は表れていないので当然のごとく二連続で務めさせていただきますとも。
でもっ! いまだに未来ねえさんの叶えたかったことにはたどり着いておらず難航中。早くしなければ。うかうかしていたら、三年間なんてきっとあっという間だから。