◇サツバツとした関係
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※この小説はフィクションです。登場する人物・団体・名称は架空であり、実在のものとは関係ありません。
未来ねえさん
◇サツバツとした関係
「じゃま」
無感情な声で邪魔と言われた。我が家の廊下ですれ違った学校帰りの姉に、意味もなくバシッとカバンを背中に当てられる。思わず顔をしかめてしまったけど、こちらには目もくれず不機嫌な横顔で通り過ぎて行った。
こんな日常にはうんざりしている。ため息とともに廊下に突っ立っていると、とてとてと妹がやって来た。
「つったってんじゃねーよ、じゃま」
小学四年生、可愛い盛りのはずの妹が、顔を見上げてわざと俺の足を踏みながら通り抜けて行く。完全に姉の真似。クスクスと、無邪気な笑顔で。
十六歳、高校二年生、相田学。一歳しか年の違わない姉と、小学生の妹にバカにされる毎日。窮屈で行き場のない感情。
俺は毎日悩んでいる。早くこの家を出て行きたい、と。
俺の一日は、姉と妹を起こすことから始まる。両親は共働き。簡単な朝食を作り、早足に家を出てしまう。だから寝起きの悪い姉たちを起こすのは俺の仕事。ついでに朝の洗い物と、ごみ出しも。
趣味の悪いビビッドなピンク色に染まった姉の部屋。いかにも女子高生って感じの香水の匂いがする。
「みゆ、朝だぞ」
そっと肩を叩き呼びかけるけど、なかなか目を覚まさない。眠っているときだけは、大人しくて可愛い顔なのになぁと、ため息をこぼしながらカーテンを開け、布団を引っぺがす強行突破にシフトチェンジ。そもそも呼びかけで起きた試しがない。
「おーい、朝だ、ぞ!」
バッと布団を半分ほど引っぺがしたところで、姉のパジャマがずり上がっていることに気がついた。ほっそりしたラインに浮き出るあばら骨、白いお腹が丸見えで、下着も見えそう……いや、半分見えている。
「……ん」
寒さと眩しさで意識がハッキリしてきたのか、姉が目をこすりはじめた。ここですぐに布団を戻せばよかったものの突然のことにびっくりしてしまって動けないでいた。
「も、朝ぁ……? さむ……」
「え、あ……ご、ごめ」
ぼけっとした表情だったのも束の間、自分のパジャマの状態に気づいた姉は、先ほどまで可愛かったはずの寝顔から一変、般若のような表情にみるみる変化していった。
「~っ! てっめぇ、見てんじゃねーよ殺すぞ」
犬歯をむき出しにしながらガッと立ち上がり、まくらを俺の顔面に押し当てた。情けなくも、ウッと小さく呻くことしかできない。
「まじきめぇ」と吐き捨てて、ついでに枕も投げ捨てていきなりパジャマのボタンを外しだす。
「いつまでいんだよ! 着替えるんだけど! 出てけよ」
「ご、ごめん……」
慌てて部屋から出て、深呼吸。あぁ、朝から最悪だ。俺が好きでこんなことしてるわけじゃないのに。
次は妹を起こさなくてはならない。深呼吸で新鮮な空気を取り入れても、すぐため息に変化して肺を出ていく。
部屋に入ると、散らかっているおもちゃを踏んでしまって思わず叫びそうになる。しかもレゴ。やばい、レゴは踏むと凶器。じんわりと滲んできた涙で歪む視界に目を細めながら、カーテンを開けた。
これまた寝ているときだけは天使のような顔の妹は、眩しさに顔をしかめる。
「うぅ、ん」
「ゆな、起きろ」
妹だから、暴力は使ってこない。いや、使ってくることもあるけど、手が小さくて非力な分、痛くないからそんなに警戒していない。姉よりは数百倍マシだ。可愛い寝顔に少し癒されつつ、布団を引っぺがしにかかる。
「おーい、起きろよ」
「や、だぁ」
がっしりと布団を掴んで離さない。しかし、こちらの方が力は上だ。よいしょと、小学生の非力な握力では敵わないことを証明してやった。それでやっと諦めたのか、のっそり上半身を起こす。そして「……ころすぞ」と、むにゃむにゃしながら寝ぼけた表情で物騒なことを言われた。
姉とは違い、暴力は振るわないものの小学生の実の妹にも「ころすぞ」だなんて、朝からメンタルが削られた。
やっとの思いで二人を起こし、着替えてリビングに来る前に自分の朝食を済ましてしまう。一緒に食卓に並んだら、たぶん「視界に入るな、じゃま」と言われる自分の姿が目に浮かぶ。
食器を洗っていると、短いスカートから太ももをさらしながらバッチリ化粧済みの姉がやって来た。鬱陶しそうに俺を一瞥してから食卓につく。低めの声で「いただきます」をして、昨日の残り物の肉じゃがに箸を伸ばす。
「おい、冷めてる。温め直して」
一口食べてそう言った。いや、それはあなたがなかなか起きないからやで、なんて口が裂けても言えなかった。
無言で皿を取り、手早く電子レンジで温める。電子レンジが回っている間、姉はごはんにふりかけをかけて食べていた。
そうしているうちに妹もやって来て、朝食を食べはじめる。冷めていることは気にせず、順調にもぐもぐしている姿が可愛かった。俺は、二人に何か言われても良いようにキッチンの辺りで待機。「牛乳、いれて」と姉が言えばすかさずコップに注いで持って行く。目を合わせるとキレられるので少し伏し目がちに。
チラリと妹の方を見ると、口元にご飯粒がついているのを発見した。ついてるぞ、って言ったら上から目線すんなってたぶん怒るだろうし、どうしたものか。鏡を持ってこようか、いや逆効果だよな。まぁ、普通にとってやろうと思った。
「ゆな、ご飯粒」と指で口元をすくってやると、これが小学生のする表情なのか? ってくらい嫌そうな顔で「きったね、さわんな」と言われた。正面の姉が、ケラケラ甲高い声で笑っている。
指に残ったご飯粒を水道で流しながら俺は思う。早く学校に行こう、と。
朝から憂鬱なとき、いつも思い出すことがある。それは。
小学生の頃、俺を可愛がってくれた従姉妹の姉は高校生だった。
そして、生徒会に入っているのだと言う。
幼くて、生徒会がどういうものなのか理解していなかったけど、俺は従姉妹の姉のことが大好きだったから、真剣に聞いていた。彼女も真剣に言った。
「私ね、次の生徒会長選挙で生徒会長になったら、この学校のルールを変えたいの」
やんわりとした笑顔で、意志の硬さが感じ取れる声音で。なんだかとても、神々しいと思った。もともと美しい顔立ちの従姉妹の姉。その瞬間の、希望と目標に満ち、キラキラした輝く瞳は今でも忘れない。そんな姿に触発されて、俺もわくわくしながら応えた。「未来ねえさん、頑張ってね」と。
そして、従姉妹の未来ねえさんは、生徒会長選挙にわずか二票の差で落選したときいた。
二票の差なんて、その学校創立以来の歴史的近差だったそうだ。俺は悔しかった。大好きなねえさんが認められなかったことが。生徒会長が何なのか、どんな権限を得られるのかなんて理解していなかったけど、ねえさんは悲しんで傷ついたんだ。許せないと思った。
だけれど、ねえさんは悲しむ様子も悔しがる様子も見せず、だめだったの、と小さく俺に微笑むだけだった。その姿があまりにも儚げで、でも驚くくらい美しかったから、俺は心に決めた。
未来ねえさんが成し遂げられなかったことを、やると。