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第三章「異世界ラピア」

 長く続く朝市通り。そして石畳の住宅街を通り抜けると、人気のない山道が見えてくる。暫く坂道を上ると豪華な屋敷が目に入ってきた。どうやらここが目的地らしい。


 ニーナは僕の手を引きながら、屋敷の中へと入ってゆく。すると予想通り広く大きな部屋が目に飛び込んできた。テレビで見るのような宮殿のような広間。


 これって、確かロココ調とかっていうんだっけ……おのぼりさんのように辺りを見回していると、部屋の奥から一人の老婆が現れた。


 年の頃は70歳ぐらいだろうか? それにしても……なんとなく意地悪そうな顔をした婆さんだなあ。服装から察するに、どうやらこの屋敷のメイドのようだ。ったくババアのメイドかよ……。


 僕が落胆していると、婆さんが静かに口を開き始めた。だけどなにを喋っているのかさっぱり分らない。それもそのはず、聞いたこともない言語なのだ。


 全然、なに喋ってんのか分んねえ……眉間にしわを寄せながらニーナに顔を向けると、彼女はそっと僕の肩に手のひらを乗せてきた。すると不思議なことに、婆さんの言葉が途端に日本語に変った。


 日本語、話せるんなら最初(はな)っからそうしろっつんだよ。心の中で毒づいていると、僕の思考を読んだかのようにニーナは静かに首を横に振った。


「あなたはたったいま、この(・・)()()の言語を覚えたの」


 この世界の言語? またわけの分からんことを……とは言っても質問することは無意味だ。なぜならこの女は100のことを聞いても、1も答えてくれないからだ。ほんの短い付き合いだが、それを理解するには十分すぎるくらいだった。


「お嬢様、こやつ(・・・)を調教すればよいのですね?」


「ええ、よろしく頼むわ。私が戻るまでに、ある程度のレベルまで引き上げといて」


「かしこまりました」


 お嬢様=ニーナ。こやつ=僕。聞き間違いじゃなければ、僕はいまからメイドの婆さんに調教されるらしい……親友に彼女を寝取られて、クソ両親は多額の借金を残して蒸発。


 加えてバグとかいう低級魔獣に殺されかけた挙句に、拉致&誘拐。そして今度は調教ときたもんだ。クソッタレ、流石に笑えねえよ……ブチっ――頭の奥で小さな破裂音が木魂(こだま)した。


「おいっ、クソ女っ! 調教って一体どういうことだ?」


「坊主っ、お嬢様に向かってなんて口きくんだいっ!」


「いいのよ、タバサ」


 僕に詰め寄ってきた婆さんを、ニーナは片手をかざして制した。そして相変わらずの冷たい眼差しを僕に向けてくる。


「クソ女か……そんなこと初めて言われたわ」


 相変わらずニーナは余裕の表情を崩さない。それもそのはずだ。僕がいくらイキがったところで、彼女にとってはどうってことはないのだ。


 圧倒的な戦闘力の差――バグとかいう化物との戦いっぷりを目の当たりにすれば、誰だってそう思うはずだ。たとえて言うなら、大人と赤子……いいや、ライオンとミジンコといったところだろう。だけど久々に頭に上った血は、そう簡単には下がりはしない。


「いますぐに僕を日本へもどせっ!」


「それはオススメしないわ」


「どうしてっ!」


 僕の問いかけにニーナは無言を貫いた。すると僕らの間に暫くの沈黙と、睨み合いが続いた。1分ほどが経過――ニーナは鋭い眼差しを向けながらゆっくりと口を開いた。


「いまのままじゃ、あなたは確実に死ぬ」


「僕が死ぬ?……一体どういうことだよ」


「バグはあなたを狙って、そっちの(・・・・)世界(・・)に行った」


 あの化物は最初(はなっ)から僕を狙ってた? あんな化物とお知り合いになった覚えはない。だから狙われる磐余(いわれ)もないはずだ……うん? その前にちょっと待てよ。ニーナはいまたしかに ”そっちの世界” と言ったぞ。そしてその前には ”あなたはたったいまこの世界の言語を覚えたの” とも言った……この二つの会話と、あの現実離れした化物の存在を相互的に考えると、一つの嫌な予感が腐りかけの脳ミソの中で急速に膨れ上がってゆく。


「……ここは、どこだ?」


「ここはラピア。あなたがいた世界とはべつの、もう一つの世界よ」


 緊急、緊急っ! 当機はただいまから、緊急着陸に入ります。前方にかがんで、頭を低くしてください。頭の中でキャビンアテンダントのアナウンスが流れる。それと同時にジャンボジェット機が真っ逆さまに急降下してゆく。


「……冗談だろ?」


 ニーナが微笑みながら首を横に振ると、途端に眩暈と寒気が襲ってきた。ここは俗に言うところの異世界。そして僕はなぜだか、魔物共に命を狙われているそうだ。おいおい、勘弁しろよ。一体なんだ? その少年漫画やラノベみたいな設定は……。


「あなたは奴等に命を狙われている。死にたいのなら、いますぐにでも、もといた世界に帰してあげるわ。でもそれが嫌なら、私の言うことを奴隷のようにクソ(・・)真面目に従いなさい」


 有無を言わせない、氷のように冷たい瞳――こ、この女、やっぱり気に入らねえ……だけど死にたくないのも事実だ。だって童貞のまま死ねるかっつんだよっ! ってわけで、僕は不本意ながらこの雌ゴリラの言うことに従うことにした。




「私は暫く屋敷をあけるけど、その間はタバサの言うことをちゃんときくのよ。いいわね?」


「屋敷をあけるって、どこ行くんだよ」


「ちょっとした用事よ」


「用事ねえ……」


「それじゃ、くれぐれも(・・・・・)()には(・・)()をつけなさいね(・・・・・・)


 ニーナはそう言って意味深な微笑みを浮かべると、颯爽と屋敷から出て行った。なんだ? いまの嫌らしい微笑みは……彼女の背中をぼんやりと眺めながら、僕は薄ら寒い思いにかられていた。

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