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第一章「碧眼の女剣士」

 いやー、確かにさっきは ”どんな不幸でもドンドン来てくれっ!” とは言ったけどさあ……このクレイジーな状況は流石に想定外だ。


 場所はJR神無月駅。駅構内からは、仕事を終えたサラリーマンや、学生たちが続々と改札を通り抜けてゆく。今日は金曜日ということも手伝ってか、駅前のスクランブル交差点は人ごみで大混雑していた。


 そんな中、僕の目の前ではとんでもない非日常的な光景が広がっていた。両腕を引きちぎられて、膝立ちのまま放心状態のチャラ男。体を真っ二つに引き裂かれ、両脚が明後日の方向に折れちゃってる女子校生。頭部をどこかに置き忘れてしまった、スーツ姿のビジネスマン――それはまさに地獄絵図そのものだった。


 スクランブル交差点の中央に目を向けると、異形の化物が暴れ回っている。熊? いいや、違う。(なり)は似てるが熊にしては圧倒的にデカい。恐らく3メートル以上は軽くあるだろう。そして遠目からでも、体中がゴツゴツとした岩のようなもので覆われているのが分る。


 やつはまるで雑草でも刈るように、近くにいる人間たちを虐殺していた。悲鳴と怒号、逃げ惑う人々――辺りは一瞬にしてパニックに陥った。


 や、やばい、早く逃げないと……でも僕の意志とは裏腹に、体が全くいうことを聞いてくれない。気付けばスクランブル交差点には、僕と怪物(やつ)二人(・・)だけになっていた。


 化物と目が合う――お、おい、冗談だろ? なにが悲しくて、こんなバケモンと見つめ合わなきゃなんねえんだ? 悪いけど、こっちにはそんなマニアックな趣味なんてないんだよっ!


 お、おい、頼むよっ! 頼むから動けよっ! 動いてくれよっ、僕の脚っ! そう叫びながら岩のように凝り固まった太腿を、震える拳で何度も殴りつけた。


 化物はそんな僕の心とは裏腹に、尋常じゃないスピードでこっちに向かってくる。瞬きする暇も与えずに、やつは瞬時に僕の目の前まで辿り着いた。そして ”いただきます” とばかりに大きく口を開いてゆく。そして猛獣を思わせるような、牙と長い舌が襲いかかってきた。


 我が人生最大の厄日――その最後がこれか。僕は諦めるように静かに瞼を閉じた……いや、だめだっ! やっぱまだ死にたくないっ! だってこっちはまだ童貞も捨ててねえんだっ! それで死ねるか? 否っ、絶対無理っ! 頼むよっ、神様でも悪魔でも、坊さんでも尼さんでもいいから、誰か――。


「僕を助けろよっ!」


 瞼を開きそう叫んだ時だった、轟音(ごうおん)と共に真紅のオープンカーが、スクランブル交差点に突っ込んできた。運転席には車と同じ真紅のドレスを身に(まと)った若い女が一人。


 彼女はスピードを緩めることなく、当然のようにこっちに向かってくる。そして目の前までくると、器用に片手で僕の襟首をつかみ、強引に車内へと引きずり込んだ。


「だ、だれっ?」


「無駄口叩いてると、舌噛むわよ」


 彼女はにやりと口角をあげると、急ブレーキをかけUターンをした。そして同時にアクセルを全開で踏み込んでゆく。するとタイヤの焦げつく匂いが鼻腔をくすぐってきた。急発進する真紅のフェラーリ。行先は当然のことながら化物だ。


「ハンドル、よろしく」


 彼女はハンドルから両手を離すと、素早くシートから腰を上げた。


 えっ? よろしくって、運転なんて出来ないっすよっ! 僕はハンドルを必死で操作しながら、彼女に顔を向けた。


 氷のような眼差し――その手にはいつの間にか青白く輝く、一振りの剣が握られていた。ゲームやアニメの世界でしか見たことがない、非日常的な光景。僕は不覚にも彼女に見惚れてしまった。


「ちゃんと前向いて運転してくれる?」


 その言葉で我に返った僕は、目の前の化物に視線を合せた。するとやつはさっきまでとは打って変わって、なぜか必死に逃げまどっていた。それはまるで、剣を振り上げる彼女を恐れているかのように見えた。


「逃がさないわよ、肉団子――」


 化物まで数メートルを切ったところで、彼女は剣を構え前傾姿勢のまま屈んだ。するとドレスのスリットから覗く華奢な太腿が、血管を浮き出し倍近くに膨れ上がってゆく。


 それと同時に彼女は素早く垂直に飛び上がった。人間業とは思えない跳躍力――そのまま慣性の法則を利用して、化物のもとへと向かってゆく。


 恐ろしく素早い剣さばき――彼女と化物が交差する一瞬、青白い閃光のようなものが目に飛び込んできた。僕はフェラーリを急停止させ、よろめきながら車内から飛び降りると、すかさず異形の化物に目を向けてみた。


 そこには細切れの肉片があるだけだった。それはまさに彼女がさっき言った通り、肉団子そのものであった。そう、勝負は一瞬で決まったのだ。そう思いつつ僕は呆然と辺りを見渡した。


「もう少しマシな運転は出来ないの?」


 呆けていた僕の鼓膜に、涼しげな声が届いてきた。振り返ると、そこには真紅のドレスを纏った彼女が佇んでいる。その手には先程の剣は、もう握られてはいなかった。


 艶のある美しく長いブロンド、吸い込まれそうな碧眼(ブルーアイ)。すらりとした長身は僕よりも少し高い。ざっくりと開いた胸元……バストは推定85のEカップ。


 絶世の美女とは、こういう人のことを言うんだろう……僕は先程と同様に不覚にも、また彼女(胸元)に見とれてしまった。


 そして暫しの沈黙が流れる――彼女は無言で僕を見据えていた。


 あっ、まずはお礼か……。


「あ、あのう……ありがとうございました」


「どういたしまして」


 彼女は小首をかしげると、艶やかな唇を歪めた。そしてゆっくりとこっちに近付いてくる。吸い込まれそうな、冷たい碧眼が僕を見据えてきた。彼女はそっと僕の両頬に手のひらを当ててくる。すると途端にどこか懐かしさを覚える、フルーツのような甘い香りが鼻腔をくすぐってきた。


 辺りには両腕を引きちぎられ、膝立ちのまま放心状態のチャラ男。体を真っ二つに引き裂かれて、両脚が明後日の方向に折れちゃってる女子校生。頭部をどこかに置き忘れてしまった、スーツ姿のビジネスマン。もの言わぬ死体が、いたる所にゴロゴロと転がっている。


 そして肉団子にされにされた異形の化物――そんな地獄絵図のような非日常にも関わらず、彼女は女神のように全く笑みを絶やさない。そして相変わらず僕の頬に触れながら、艶やかな唇が静かに開いてゆく。


「やっと見つけた……」


「えっ?」


「ようこそ、地獄の世界へ」


 彼女はそう言ってシニカルに微笑んだ。

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