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「プロローグ」

 はじめに言っておく、これは経験者からの忠告だ。いいか? 平凡な日常ってのは決して当たり前じゃない。それは散りゆく桜のように、とても(はかな)いものだ……うーん、ちょっと格好つけすぎたか? だがこれは決して大げさなことじゃない。自分には特別なことなんて起こらない――そんな根拠のない考えはいますぐ捨てろ。クソッタレな不幸ってもんは、音もなくある日突然に訪れるもんだ。もう一度言う、これは忠告だ。いまのうちに尊い平凡な日常ってやつを存分に謳歌(おうか)しておけ……。

 放課後の教室――半年ほど付き合った彼女、北川文女(あやめ)から突然別れを告げられた。気まずそうに俯く彼女の隣には、僕の親友こと飯田雄二がアホ面を浮かべながら佇んでいる。野郎は特に悪びれる様子もなく、退屈そうに欠伸を噛み殺していた。

 

 この状況をみれば、よっぽどのバカじゃなきゃ一目瞭然だろう。そうだ、僕はこの親友に彼女を寝取られたのだ。手の早い野郎のことだ、恐らくあっち(・・・)のほうはもう済ましてることだろう。全くもって羨ましい、そして実に妬ましい限りだ。因みに僕は手すら握っていない。自他ともに認める奥手っ子なのだ。

 

 雄二は昔から、人のものが欲しくなるタイプだった。やつに彼女を寝取られた男共は数知れない。そして寝取ったあとの女の子は、飽きると紙クズのようにポイッと捨てられる。まあ、彼氏を裏切ったビッチの末路という意味では同情の余地はない。

 

 それにしても、どうしていままでこんな最低野郎と親友でいたのだろう? うーん……いまとなっては僕にも分らない。だけど恐らく理由はこうだ。どんな世界でも弱者は強者に搾取される。それが自然の摂理だ。だから僕が彼女を寝取られたのは、当然の帰結(きけつ)であった。

 

 付き合うきっかけは、彼女からの告白だった。正直驚いたがあとになって理由を知ると、なるほどねと納得がいった。草食男子のブームが到来した頃、ピッタリだった僕に目をつけたそうだ。

 

 この目の前で俯くビッチが僕を選んだ理由なんて、大体その程度のものだ。だから特にヘコんだりもしてない。それに雄二から搾取されるのは、もう慣れている。

 

イカレ、イカレ、イカレ、イカレ、イカレ……。

 

 うるさい、黙れっ! いつもの幻聴を心の中で一喝。幼い頃から、このような幻覚や幻聴はよくあった。先日などは、ナマコような化物から ”時は満ちた……” などといわれた。全くもって意味不明だ。どうやら、そろそろ通院もしくは入院が必要な時期かもしれない。僕はそんな心にもないことを考えながら、元親友のクソ野郎と、ビッチな元カノに微笑みを向けた。


「そんじゃ、お二人さん。僕のことはお気にせず、どうか末永くお幸せに」


 全くもって、人生とはクソッタレだ。






 電車の中はいつものように、人工的な涼しさに包まれていた……いいや、正直これは寒いと言ってもいいレベルだ。ったく誰だよ、温度設定してんのは……絶対に汗っかきのデブのはずだ。溜め息を漏らしながら静かに瞼を閉じると、さっき元カノから言われた一言が頭の中でよみがえってきた。


「ねえ、(ろく)ちゃん……どうして怒んないの?」


 そう言った彼女は寂しそうな表情を浮かべていた。よりにもよって僕の親友にお股を開いといて、どの口でほざく? お前なんて豆腐の角に頭をぶつけて、いますぐ大豆に戻っちまえ。僕は心の中で毒づくと、無言のまま微笑みを浮かべた。すると彼女の隣にいた元親友のクソ野郎が、溜め息交じりで口を開いた。


「怒るのが面倒(・・)だから、だろ?」


 よく分ってるじゃないか。流石に元親友というだけのことはある。昔から僕は感情の起伏が少なかった。と言っても失感情症というわけじゃない。当然ながら怒りもするし笑いもする。だけど最近はそれが面倒になってきていた。なんだか自分が生きてるっていう実感がない……。


 次は神無月(かんなづき)駅、神無月駅、降り口は右側に変りまーす――アナウンスと共に、僕は先程のクソッタレな回想から静かに帰還した。






 悪いことは続くもんだなあ。自宅に戻るとかなりヘビーな状況が僕を待ち構えていた。家に入ると中は差押えの赤紙だらけ。親父とお袋は置き手紙一つ残さずトンズラ。当然ながら、一銭たりとも金は置いてないときてる。


 まさか無一文で息子を置いていくとは……ったくやってくれるねえ。流石はクソ家族だ。ビッチな彼女をクソッタレの元親友に寝取られ、家族は夜逃げならぬ、昼逃げ……流石にここまで不幸が続くと、不感症な僕でも笑いが込み上げてくる。


 って言うか、2度あることは3度あるって言うよな……よしっ、こうなりゃもう自棄(やけ)だっ! どんな不幸でもドンドン来てくれっ! 全部まとめて僕が面倒みてやるっ! 苦笑いを浮かべながら自分の部屋に向かうと、取りあえず私服に着替えた。


 さあて、これからどうすんべかなあ……ベッドに寝転びながら天井のシミを数えた。財布の中身は1万と少し。銀行にはバイトで貯めた貯金が10万ちょっとはある。切り詰めれば、ひと月はいけるだろうか……よしっ、取りあえずは金を下ろそう。あとは夕飯とバイト探しだな。僕はベッドから飛び起きると、借金だらけのクソ我が家を飛び出し、神無月駅へと歩みを進めた。


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