霧の魔術師
「……ふぅ、速攻で星装を二つも解放。俺の魔術もお披露目にされ、挙げ句の果てに撤退して引きこもりとは、我ながら情けねぇな」
ベッドの上に座り頭を悩ませる誠也。
街の名前は『ウェルダス』。
山奥が舞台だった箱庭での場違いクラスの大都市であり、この世界で三つしかない都市の一つらしい。自然豊かな山々に囲まれており、資源などは豊富。街全体が活気に満ち溢れていた。
現在、誠也とグラがいるのはウェルダス中心区『フォール』という場所のホテルのような宿屋に泊まっている。代金は後払いというのがあったのが幸いで、なんとか身を潜められていた。
「上がったぞ、貴様も浴びてくると良い」
いつの間に入ったのかは知らないが、シャワールームからグラが出てくる。透き通るような白い肌が火照り、バスタオル一枚だ。誠也にとっては刺激が少し強すぎたが、そこはぐっと堪える。
しかし、豊満な胸の谷間から滴る水滴は魅惑の現象となって誠也を釘付けにしようとしてきた。つまり、そのまま隣に座ったのだ。
「まるで餌を丸呑みにしようとする蛇だな……」
「……? 貴様が何を言っているのかは知らんが、リラックスは魔力回復に関係せんとも限らん。大概の生物は温もりを求めるものだろう?」
この言葉が思春期の歳であれば、もう違う意味で温もりを求めたくなるだろう。グラは、自分がどんな格好をしているのか自覚していないのだろうか……と、誠也が悩むようにしてベッドを立ちあがりシャワールームへと足を運んでいった。
「さて……星装を二つ使用して半分といった所か。ま、現役より劣るがまだまだいけそうだ。十二の星座を喰らったとしてもあの領域には達さなかったか。何かが足らなかった……それを見つけるためにも勝たなければな。私の望む世界はここでは終わらせん」
そう言ってベッドに横たわり、少し目を瞑る。
生物は温もりを求める……か。悪くない、良い心地だ。
安らかに眠るグラ。その数分後、誠也によって叩き起こされるとも知らずに安眠を送り始めるのだった。
***
「っち、そりゃ如意棒も通らねぇわなぁっ!?」
山々に囲まれた街を見下ろす頂上で怒号を上げる一人の男性。金髪の逆立った髪に尻尾。頭に金具を着けた中国風の衣装を身に纏った猿男。先程、誠也達と一戦交えたフェイカーであった。
「街全体に空間魔術だぁ?! 小童共ばかりだと思っていたが、しっかり勤まるやつがいるじゃねぇかよぉ。っと、いけねぇ。しっかし、この魔術は厄介だな。……一度撤退するつもりだったんだが、てめぇ何のようだ?」
何かの気配に気づいた男が振り返り如意棒を構える。
そこにいたのは紫髪の猫耳少女。よく目立つ褐色肌の上には、お腹の空いたネコマーク付きのタンクトップに青いハーフパンツとラフな格好だ。足元からは霧のような煙が緑の風によって舞い上がっている。
「この魔力……フェイカーか?」
「ニャハハ、さっすがっすねぇ『傲慢』。ま、容姿からしてそうなんだけどさ」
よくある猫口調で気軽に喋る猫少女。
スペルビアと呼ばれた男性は舌打ちを一度した後、何かに気づいたかのように「てめぇ」と口にする。スペルビアは一度もまだ自分が傲慢だと名乗ったことはなく、スペルビアのサブオーダーでさえ告げていない事だった。
「答えろ。何故、俺の罪を知ってやがる? 猫の小娘」
「うん? あー、そりゃ私が『嫉妬』だからっすね。私は皆々が羨ましいっすよ? 強さ、優しさ、あー容姿はまぁ、私の方が上ですからいいっすけど。望む、羨ましむ相手ならまずは知ることっしょ?」
「……てめぇの能力か。どこぞの誰かは知らねぇが、存在ある以上、それ以外にはなれねぇのが世界の理だ。大罪の中で一番必要ねぇものだなお前は」
「初対面で不必要宣告とは、手痛いっすねぇ。ねぇ? 傲慢さん」
「手痛い」のタイミングで足元の霧が渦を巻き、その刹那にスペルビアの背後を取る。高速移動とも程遠い……これは転移に近いものだ。だが、意表をつかれたスペルビアも遅れてはいない。意識より体が反応する戦士の素質は、既にインヴィディアへ牙を向けていた。
「っと、私の『霧の蜃気楼』の中で動けますか。いやはや、長きに渡る旅を乗り越えた仏の化身様は違うっすねぇ?」
カウンターの如意棒による攻撃を見切ったインヴィディアが体をそらしつつも、如意棒を掴みスペルビアを地面に叩き込む。
「かはっ……!」
「ま、過酷な道のりは一人じゃないっすけどね?」
「なろ……糞ガキィッ!」
足を引っ掻けようとスペルビアが旋風のように体を振り回すが、インヴィディアには接触箇所が霧に包まれ攻撃か無効化になる。その姿に驚愕したスペルビアだが、攻撃の手を緩めずインヴィディアを引き剥がして距離を取った。
(手応えがねぇ……まるで空気を斬ってる感じだ……)
「とか、思ってません? ニャハハ、正解っすよ。ここにいるのは私であり、私ではない……さて、問題っす。こんな私の攻撃は____________通ると思いますか?」
インヴィディアの霧が集結し、一本の槍となる。なんの変哲もない鋼と木々を素材とした槍……まるで古代の獣狩りに使われていた風の形だが、少し妙な部分が多々ある。まるで楽器のような。
「通らなきゃ俺とやりあう理由がねぇだろ。っち、めんどくせぇなおい」
スペルビアは気づいている。
今、あの槍が現れた瞬間、この全ての空間が突き刺されるのがイメージとして伝わってきたのだ。死ぬかどうかはわからない……が、必ず刺される。そんな感覚だけが流れてきた。
「了解っす。では、貴方に敬意を表してこの技を叩き込みますっすね____________旅行く者に熱風の洗礼を、我が霧は曲となり門番の意味を終わりにする、『主神を壊し、猫の威光』」
その感覚は実現する。
インヴィディアが槍を放つ瞬間、既に無数の釘が身体中に刺され完全に身動きが取れなくなったスペルビアの心臓を槍は貫き、その一矢は号風の音色となって旋風を巻き起こした。嵐の中でも奏でられる音楽。途切れることのないリズムは並べられた音符のように躍り狂う。そして嵐が止み、スペルビアはその地に身を投げた。
「聖典大聖もこんなもんっすね。いくら人を超越した者でも神には勝てないっすよ。さて……後は任せたっすよ『アワリティア』さん」
そう言葉の残し、インヴィディアは霧となって消えていった……と数秒後、スペルビアは息を吹き返すように咳き込み、難なくと立ち上がる。
「げふっ……あー、きいたきいたぁ。トドメ刺してくるなら反撃してやろうかと思ってたんだが、まぁしゃーねぇな。しっかし、蛇の星座の次は神ときたかよ? 設定盛りすぎだろーがったく」
愚痴を溢しながらも貫かれた穴を「ふんっ!」という掛け声と共に気合いで塞ぐスペルビア。治った穴を見て、最早自分も異常か……と、笑みをこぼしそうになるが疲れたのかしゃがみこんで霧に包まれた街を見下ろす。
「さて、どーなっかなぁ。悪いが、見学とさせて頂くぜ蛇の化身様」
***
「貴様はこの状況をどう思う?」
霧に包まれたウェルダスの屋根の上を駆け巡っていくグラ。
霧の異変に気づいた頃には既に遅く、湊も少し眠りの状態にいた。だが、運良くシャワールームにいたせいで水が何回も顔面を濡らし、即座に目覚めることが出来たのだが何故か体が重く宿屋で待機している状態だ。かわりにグラに渡した通信用の宝石が先ほどの問い掛けに答える。
(湯冷めして寒い)
「よし、死ね」
(死んだらお前も死ぬけどな)
「なら、小指の角をタンスで折れ」
(それ色々おかしいぞ……?!)
どんどん口が悪くなっているグラにため息をつく。数時間、宿屋にて休息を取っていた誠也達だったが、グラが街の異変に気づき今に至る。既にグラが転移で街の外へ出ようとしたが、外への魔術的干渉は出来ないらしく、足を運んでも霧の防壁で出られないと、完全に檻の中になっていた。
「故にオブサーバーよ。二度目だが、この状況をどう思う?」
(…この霧の魔術はフェイカーによるものだろうな。この街は大きく見積もっても巨大な方だ、その街全体を囲む魔力の持ち主なら観測者は当てはまらない)
「ふむ……なら、その者の罪は予測できるか?」
(無理だな。お前達の罪は間違った物語から成り立つものだ。そいつらの罪こそ決められるものだが、能力までは決められない)
「暴食が私なのは星座を喰らった故についた罪というわけか。罪で能力を把握するのは不可能……か。 む?」
家々を駆け巡っていくグラの足が止まる。
(どうかしたか?)
「ほぅ……そういうことか。問うぞ、オブサーバー。貴様なら、この世界で“協力者”は必要だと思うか?」
グラの意味深な言葉に思わず首を傾げそうになる誠也。
グラの目の前に写るのは、幼げな少女と腕を負傷している一人の男性。そしてその二人にジリジリと迫る白い巨体の怪物が二体。少女は男の腕を治癒しているらしく、逃げる素振りはなかった。
(状況がわからないが、そうだな……自由にやれ)
「君は……まさか」
「オブサーバーの願いだ。大罪『暴食』、これより貴様らの牙となろう。さぁ、誰を喰えばいい?」
「……っ! 後ろだっ!」
「むっ?」
振り返ると、そこには真っ二つにしたはずのホムンクルスが再生しており、既に攻撃モーションに入っていた。咄嗟の反応だったが、湊の指摘もあり即座に地面から闇を伸ばし串刺しにしてガードする。だが、再生するホムンクルスに一旦距離を取ろうとバックステップした瞬間、もう一体のホムンクルスが跳躍してきており、地面ごと周囲を粉砕した。
「……ぐ。脳筋に見えて連携か? 流石は大罪持ちの魔術だな」
(外部から魔力の流れがあった。そのホムンクルスは自動人形だ)
「オートマトン? なるほど、この再生能力も魔力による代物か。どうすればいい? その術者の魔力が切れるまで永遠と斬るか?」
(完全に此方が積むぞ……そうだな。簡単に言うなら____________跡形もなく消せ)
誠也の言葉を聞いた数秒後、グラが大地に仕込んでおいた闇の槍が無数にホムンクルスを串刺しにする。そして「得意分野だ」とだけ言葉を残し、手のひらを天に向ける。
向けられた手に闇のオーラが収集し、弓の形へと姿を変えていく。銀色の鋼鉄の弓が完成し、ホムンクルスへ向けて一矢放つと、破裂するようにして一体が消滅した。
「あれが星座の星装……あれ一つで山を消し飛ばしたのか」
「マスター、治ったわ。動けそう?」
「あぁ、助かったぞフィア。さて……」
治癒を終えた湊とフィアが目を瞑り魔力を探る。誠也と同様、魔力の流れを読むための行為なのだが湊は目を疑うようにして開いて見せた。
「…………なんだこのおぞましい量の魔力は?!」
「マスター、これはダメ……格が、次元が違うわ……」
「ほぅ、気づいたか銀髪コンビ」
一体のホムンクルスを消し飛ばしたグラは、もう一体も同じように弓で破裂させ、一呼吸して振り返る。誠也から伝達されてただろう謎の魔力の驚異は、ホムンクルスとの戦闘中に現れたものらしく、誠也曰く、一つの魔力がこの数秒で膨れ上がってきたらしい。
グラはその事を惜しみ無く伝え、弓を闇に戻す。
「かなり厄介になってきたな。どうだ? 銀髪コンビよ。我々と共にこの罪を滅ぼさないか? 世界の半分を約束してやろう」
(おい、メタ発言はやめろ……メタ発言だよな?)
「む、なんだそれは?」
(おっと、際ですか)
グラの提案に暫し視線を落として黙る湊。だが、その時間はとても短く即決で「わかった」と答える。
賢明だ。ここでグラとフィアが戦ったところで勝敗は目に見えている。なら、手を組んで一時休戦をしたほうが正しいだろう。
「よし、自己紹介だ。私はグラ、暴食のフェイカーだ。そして」
(俺がフェイカーの観測者、誠也だ)
「湊。そしてフィアだ。訳あって罪は言えない」
「ほぅ? 追及は後にしよう。今は、目の前の化物に集中するとしようか」