※初陣
聖なる宝壁の盾が全てを包み込むようにして展開し、それはあらゆる攻撃を弾く。
先程の射手座の星装もそうだが、もしやこの蛇使い座の化身は有り得ない物語へ発展しているのかもしれない。
そう揚々と解釈している暇はないと自分に言い聞かす誠也。確かにグラのおかげで無事に回避することができた。だが、ここからだ。仕止めれていないとわかれば、即座に追っ手が来るだろう。
「グラ、まだ魔力は大丈夫か?!」
自由落下しながら叫ぶようにグラへ問う。本人は当然のように頷いたが、星装……言わば、神に近しく、人を超えた兵器を二度も顕現させたのだ。いくら、十二の星座を喰らったアスクレピオズでも限界はあるだろう。表情からして後一回と言ったところか。
「取り合えず逃げるルートを確保する、絶対回避領域」
魔術を展開した誠也は、自分の見える範囲の死亡ルートを一瞬で把握し、安全と思えるルートを見つけ出す。バツ印が無数、三角が二個、マルは一つ……勿論、マルが優先だが、
「真後ろから急接近のバツ印っ!」
真後ろから一直線で飛んでくる槍のような物を間一髪で避けたが、その視界にとある金髪の男が拳を振りかぶっているのが見えた。誠也の絶対回避領域は必ずといって便利な魔術ではない。不可能は不可能、それを塗り替えることが出来たとしても無理は変わらない方が高い。その不可能が自分の対応外ではどうしようもないのだ。
「空中じゃ避けれねぇよなぁ、小童。ここで終わりだ」
「ほぅ、貴様が私達の道を拒むか? 金髪のサルが」
拳の一撃を覚悟していた誠也だったが、その一撃はグラの闇の衣によって守られた。それを即座に読み取った誠也はポケットから赤い石をばら蒔き、空中に書いた魔力の文字をそれぞれに飛ばす。
「魔石よ、破裂せよっ!」
ルーンが刻まれた石は忽ち熱を帯び、赤く輝きながら数回の爆発を繰り返し始めた。
「っち、魔法石とは古典的な魔術を使うじゃねぇか」
「唯一の得意分野なもんでね。グラ、一旦引くぞっ!」
「了解した」
「逃がすかよ、伸びろ如意棒っ!」
爆発の中で放ったその言葉と同時に男の槍にもにた物が、勢いよくグラへと伸びていく。だが、一手グラの方が早く、大地へ粉砕する闇のオーラを叩きつけ、地形を変えつつ砂嵐を巻き上げた。如意棒は外れ、砂嵐が止む頃には……
「逃げ足の速い小童な事で。だが、甘いぜ? 追え如意棒」
***
「驚いた……転移、だよね?」
「双子座の能力だろう。距離にして約五キロ、自慢じゃないが俺の目が役に立った」
あの砂嵐の中、グラによる双子座の能力により撤退に成功し、山里近くの巨大な街付近に転移していた。どうやら、星装を使わずとも能力だけであれば使用は可能らしく、グラに目立った疲れは見えない。
「丁度いい、あの人達も街に入るみたいだ。俺達もいこうか」
「……うん、マスター」
参加者の一組____________白髪白眼の青年、『白神 湊』と彼の後ろをトテトテと付いていくフェイカー。凛々しい赤い瞳に同じく白髪の長い髪をふらつかせ、幼い体を名一杯に動かす少女の『フィア』。
彼らもまた誠也達を狙っていたのだが、謎の金髪男の乱入もあり、監視を試みていた。街に入る道中、フィアが気になっていたのだろう事を口にしはじめる。
「……マスター、の目……何処まで、見える?」
「千里眼の事か? 試したことはないが、俺がターゲットを見逃したことはないな。見たものの魔力を覚え、上書きしない限りは何処までも見えるものだと思う」
「……それ、すごい。未来、見れる?」
「本来は見えるんだろうな。だけど、俺のは違うんだ。訳あってその力はない」
そう伝えると、フィアは残念そうに少し歩くスピードが遅くなる。本来なら他人の未来なんてものに興味はなく、見せてくれという存在も少なからず多くはない。誰しも未来を決めつけられるのは不甲斐な筈だ。なのにこの少女は……違う。
「フィア、街に着いたら何か食べないか? 見失う事はないし、恐らくあの人達も当分はこの街を出ないだろうしさ」
「……うん。マスター、フィアね、パスタが食べたい……!」
目をキラキラさせながらパスタを所望するフィア。
どうやらそこまで機嫌が悪くなかったらしく、軽い足取りとなって街の中へ駆け出していった。
数分後、洋風のお店に到着した二人は念願のパスタを注文し、暫しの休憩に入る。まだ、フィアは目をキラキラさせたままパスタを待ち続けており、フォーク片手にじっとしていた。
「……フィアはパスタ好きなのか?」
不意に思い付いた事を投げ掛ける。
参加者全員が当てはまることだが、湊とフィアもこの箱庭で出会って数時間足らずの関係でしかない。観測者として偽物を知るにはいい機会であり、飲食店という関係性を深める絶好の場だ。出会った時は……
「……フィア、です。貴方が、観測者?」
フィアと出会ったのは始まりの空間。ゆっくりと空から現れたフィアは綺麗な白髪を靡かせ、湊の前に舞い降りた。紅に輝く赤い瞳、幼い体だとは思えないほどの存在感、一言で言うと怖いが第一印象であった。
「あ、あぁ。白神 湊だ。湊でいい」
「みな……と、さん。ううん、マスターがいい」
「マスター? そんな大それた者じゃない。俺は君を元の物語へ戻すための存在だ。ナビゲーターみたいなものだよ」
「いい……マスター。フィアは、そう呼びたい。もう……逃げ出さない為に……」
悲しげに落とす表情から何か事情があることを察し、湊は「わかった。マスターでもなんでも呼んでくれ」と言葉を残し、振り返る。
フィアが本来の名前でないことは理解できる。言いたくない、言えない、どちらでもいい。俺の役割は……この子を救うことだ。その為にも、今回も生き残る。
「フィア。いや、物語に叛き者。汝は選ばれ、成した世界を真実と化す機会を得た。ここは願いを叶える世界、通称『箱庭』。父、母なる声を聞いたなら、答えよ。汝が参加者であるか否かを」
「やる。マスター、私を……私達を救ってね。私も、頑張るから」
「……任せてくれ、フィア」
***
「……ター? ねぇ、マスター……マスター、起きて」
体が重い。何人もの人が乗っかっているみたいに。
声が段々と耳に入り、体を揺すっている感覚が強くなっていく。目を覚ますと、そこには心配そうに体を揺する半泣きのフィアがいた。
どうやらいつのまにか眠ってしまっていたらしい。パスタも食べ掛けで、外を見れば夜だ。肌寒い時間帯になり、外には無数の街灯のみが光を発している。
「……街灯のみ? なんだこれ……どうなってる?!」
この店の周りには民家が広がっており、昼間はともかく夜ともなれば帰宅していてもおかしくない。時計を見ようと店の時計を探すが、見つかったのは店内で倒れこんでいる店員と客の姿であった。
「これは……フィア、何があった?!」
「わからないわ、フィアも少し眠っていたから……。時間は9時過ぎ、マスターの考えている通りね。家の明かりがついてないのは不自然だわ」
「……お前、本当にフィアか?口調の変化が凄いんだが」
あのオドオドとした口調が変化した以外の、容姿にこれといった変化はない。白髪ロングで幼い体型の少女、青い瞳。……青い瞳?
「そうかしら? 少し魔力を高めただけなのだけれども。大丈夫、安心していいわ。私は紛れもなく正真正銘のフィアよ」
「と、取り合えず、外へ行こう。何か変だ」
異変を確認するため外へ足を運ぶが、店を出た瞬間、驚愕の景色に見いられる。
辺り一面全てが霧。
白く、数メートル目の前の地面しか見えないほどの濃度。仰げば忽ち霧が腕を遮るように切り裂かれていく。呼吸器間に問題はないみたいだが、何故か体がまた重い。また、というよりは先程より加算されて重くなった感じだ。
「これは魔術なのか? フィア、敵襲に気をつけて街を出るぞ! 敵だとすれば既に手の中だっ!」
「いいえ、マスター。もう手遅れみたい」
フィアの声に振り返ろうとしたが、湊の目の前にも霧と同化しながらも堂々たる影が見える。凍りつくような赤い瞳に豪腕な体格、白い肌は人間場馴れしており、唸るような声は体までも振動させている……これは、族言う『ホムンクルス』だ。
「謎の霧にホムンクルス……趣味の悪い戦い方する奴だな。フィア、こいつら倒せるか?」
「えぇ、余裕よ。私達の邪魔をするモノは全て消し去ってあげるわ」
「……後でツッコミ入れる事にする。それよりも、今はこいつらを排除しようかっ!」
先制したのは白きホムンクルス。
地面を粉砕する一撃は亀裂を生み出し、衝撃となって湊を襲が二人は即座に跳躍。もう一体のホムンクルスが背中を取るため飛ぼうとするも、フィアが空中に描いた魔方陣が足元に転移して、コンクリートが変形し鎖となって拘束した。
「っと、それ変形魔術か?」
「そうよ、マスター。私の能力はざっくり言って『錬金術』。対価を支払えば何でも破壊、変形、創造できるわ」
「それは大層な能力だな。んじゃ、速攻で片付け頼んだ」
「了解したわ、マスター」
一息呼吸を置いて指をパチンッ!と鳴らすと、フィアの真下に巨大な魔方陣が現れる。一瞬にして描かれた文字と竜脈が無数にも広がり、ホムンクルスを含める範囲まで届くと忽ち光を発し始めた。
「燃ゆる遊炎の焔。木々を焦がし、生命を頂く糧として汝らを示せん。我とこの陣の食を代償にその命を繋ぐものとする____________時を紡げ、『死紡ぐ兄が為の食材』」
迸る雷は嵐の如し。
魔方陣の中に存在した民家の食材とフィアの血を代償としたそれは、見えぬ炎となってホムンクルスを焼き尽くす。色はなく、燃える音もない。あるのは迸る雷のみ。
鈍い声で泣き叫ぶホムンクルス。拘束されていたホムンクルスは既に焼け落ちており、まだ燃えているのだろう方は少しずつ此方へ向かってきている。見えない炎……感性はなく、これを炎だと言うのは難しいのだろう。しかし、炎なのだ。見えなくても、聞こえなくても、何故か伝わっている。
「まさに地獄の贖罪……いや、食材か?」
「ふふ、私達の魔方陣の中は全てが素材。物であろうが人であろうが関係ないの」
「んじゃ、トドメ刺すとしようか」
そう言って、ありったけの魔力をホムンクルスの顔面に放出させ顔を跡形もなく吹き飛ばす。だが、動かなくなった事に安心し、肩の力を落とした刹那だった。吹き飛んだはずの顔が再生しており、既にホムンクルスは湊に振りかぶっていた。
驚くべき再生力と見かけによらぬ素早い行動に、一歩遅れた湊に豪腕な一振りが直撃し、後方へ大きく吹き押しだされる。間一髪、両腕でガードをした湊だったが、勢いが死んだ直後の腕に違和感を覚えた。
「……一撃で腕が折れるとは。しかも痛みがない……?」
「マスター、大丈夫? 今、治すわ」
ガードした上の右腕が折れている。確かにこの見た目であればその力は頷けるのだが、湊もそこまで平凡な鍛え方はしていない。事、防ぐことに関しては自分でも一目おけると思っていた。
フィアが自身の壺の形をした小さな首飾りを外して湊の腕へと翳す。すると、腕に黄緑色の光が灯り、それに何故かフィアが唾液を垂らし始める。
「……これ、必要なんだよな?」
「勿論よ、マスター。じっとして」
腕を治す代償は唾液……というのもどうかと思うが、今は治癒していくれていることに感謝しなければならない。しかし、ホムンクルスも待っていてくれるほど優しく……というより、人の心を持っている感じはしない。焼け落ちたはずのホムンクルスも再生しており、ゆっくりと歩いてきだしていた。
「フィア! 治療は後だ。殲滅を優せ____________」
「駄目! この腕に呪いがかかってるの……あと数分すれば腐るわ」
「呪い……?! くっ、だが間に合うのか?!」
答えは明確……間に合わない。無理だ、絶対に。
湊もまた治癒魔術の経験はあった。それは最短でも数分、大きな存在であればその倍は必要とする。恐らく腕に呪いをかけたのは、間違いなくあのホムンクルスだ。
このままではフィアも同じ目に合わされる。
「もういい! 逃げろ、俺は大丈夫だから!」
「駄目! 駄目駄目! 絶対に……助ける……の……!」
青い目から赤い目に戻るフィア。性格も口調も元に戻り、オドオドしながらも必死に治癒する。もう間に合わない……そう覚悟し、次の一手を考えようとした瞬間に声が聞こえた。
「良き絆だ。故に失うわけにはいかないな」
ホムンクルスを真っ二つに斬り裂き、二人の視線に一人の女性が写る。女性は振り返ると、決め細かな白い肌に長い黒髪はポニーテールとなり、何者にも屈しないと感じられる紫紺の瞳のフッと笑う。
服装は普通の一般的物、黒いフードパーカーに膝までくらいのジーパンににたズボン。見せびらかすように蛇の首飾りを首に着けている。
「君は……まさか」
「オブザーバーの願いだ。大罪『暴食』、これより貴様らの牙となろう。さぁ、誰を喰えばいい?」