※開幕
私達は罪で出来ている。
言葉もなく、感情もない。抱くものは一つの結果。
して、それは最悪の結論であり、最高の夢物語である。
されど、その物語は未だ進まず。
めくる紙の裏からは必然的に白く染まっていく。
この今は紛い物だ。成せなかった事を成せた以上、それは偽物の物語と化すだろう。
だが、それでも____________偽りの物語は夢を見続けようとした。
____________此度の罪人は裁かれた!大いなる戦士達に鉄斎を下し、生き残ったのは傲慢なる『スペルビア』。汝の願い、今ここで叶えるとしよう!
「…………あぁ……私は勝ったのですね……ご主人様」
「あぁ、やっとここまできた。これで君も救われる」
「えぇ……あの日、あの場所、あの時の中で私が犯した罪をやり直す。私はお姉様方々には刃向かわない。そう誓って生きますね」
そうだ、これでいい。
これはこういう物だ。白くなったページに物語を宿す……いや、元あるべき物語を紡いでいく。
「使用人のまま身を委ね、魔女を待つ。君はそうでなければならないからな」
「…………宜しいでしょうか?」
少女は尋ねる。何故、この結末でなければならないのか……と。
「その方が君も幸せだ。踏み間違えた物語に価値など存在しない……俺もそうであったように、な」
少女は問う。貴方はどうするの? と。
「俺はまた呼ばれるさ……そういう役目だからな。今回は上手くいったが、次はそうとは限らない。他の君達が勝つ可能性だってあるからな」
「そうですか……あ、そろそろですね」
「王子様とお幸せにな、姫様」
「ふふ、まだ人殺しの姫様ですよ? それでは」
少女は振り返り、光の門へと足を踏み入れる。
そこは彼女自身の世界。もう間違えることのない世界だ。
「あ、最後に一つ____________私のこと、忘れてくださいね?」
……………………………………あぁ。
***
「………………ここ、は……?」
「あぁ、来たか。また女が来るとは……どうも釈然としないな」
周囲に満ちる無数の泡。個々、それぞれに風景が彩られており、最早現実味のない空間であることは明らかである。
そこに現れた平均高校生くらいの女性。麗しき紫紺の瞳に黒く長い髪は、何故か蛇を連想させるようだ。天女の衣のような服装に軽い鉄の軽装。短い布の織物2枚をを両サイドに浮かせ、一目で人間ではない事を表している。
「……へぇ、これは珍しい。踏み違えたのが人でないとは笑えるな」
「初対面の相手に愚弄の嘲笑を浮かべるか下臈。食うぞ?」
「おーコワイコワイ。ま、取り合えず____________ようこそ、物語に叛き者。汝は選ばれ、成した世界を真実を化す機会を得た! ここは願いを叶える世界、通称『箱庭』。父、母なる声を聞いたであろう? ならば答えよ、汝が参加者であるか否かを!」
大胆不敵な発言は空間に反響し、一言一句が響いていく。
口調も無理やり変えた感とわざとらしさが残り、それは紫紺の女性にとって紛れもなく……変人であった。そんな変人に紫紺の女性は闇のオーラを刃へと形にし、男の首元へ向ける。
「虫酸が走る演説だな。ルールはその声により聞いている、しかし問おう。お前は何者だ? 声に貴様のような言葉は含まれていなかったぞ」
「当たり前だ。この箱庭のルールは二人で一組……しかし、プライドの高い偽善者____________いや、偽物なら断るやつもいるんだよ」
「何故、言い直したのか問おうか」
「…………それ聞いちゃう? だってお前は『善』の類いじゃないだろ」
仕方なく言ってやった感を全開にして挑発する。しかしそれを受け入れるかの如く紫紺の女性は頷き納得した直後、闇のオーラを刃物のように鋭利な形に変化させる。
「つまりはそのプライドの高いフェイカーの為、貴様達は我々に存在を知らせない。しかし、箱庭への挑戦は二人一組でなければならない……という事か」
「そのまんまだが、まぁいいや。ざっとだが、この箱庭の説明をするぞ。声により説明はされてると思うが……俺は『観測者』で、お前は『偽物』。ルール上、オブザーバーかフェイカー、どちらかの消滅が確認されれば敗北。ただし、フェイカーがオブザーバーを殺すことができてもその逆はない。今回の舞台は【森羅の里】っていう、町や巨大な山があるが森がメインのステージ____________こんなもんだろ」
一通りの説明を終えて、女性は頭の中に流れた声と照らし合わせる。不具合は無く、女性は一つため息をした後、形作っていた刃物で自分の腕を少し切って血を流し始めた。そして血を手のひら一杯に注ぎ、それを此方へと向ける。
「貴様、名は?」
「……誠也。名字はない、忘れたんだ」
「セイヤ……良き名だ。ではセイヤよ、飲め。我らの勝利の前酒だ」
「前酒ってなんだよ……しかも酒じゃなくオドロオドロしい液体じゃねぇか?」
「美女の血だぞ? 極上の酒であろう」
「お前はどこぞの吸血鬼か………………はぁ、話が進まねぇ。飲んだら参加するって事でいいか?」
「無論だ。さぁ、我が鮮血を食せ」
言われるがままに手のひらから垂れる鮮血を口一杯に頬張り、鉄分の香りが鼻の奥まで巡っていく。しかしそれは不思議と悪くなく、甘い……いや、薄いというべきか。そんな血を飲んだとは思えない程、それは悪くなかった。
「よし、これで貴様と私は一心同体。貴様には『星罪は共に喰らうもの』という、私の呪いをかけた」
「はぁ?!」
「貴様が死ねば私も死ぬ。だが安心していい、その逆はないぞ? 呪いをかけたのは私で、術者が死ねば呪いも解ける」
そんなこと聞きたい訳じゃない……と、誠也は歯ぎしりしながら威嚇するように女性を見る。そう言えば彼女の名前を聞いていない、と思い聞こうと口を開いた瞬間____________空間を叩き割るかの如き黒い一撃が誠也の真下に放たれた。直感の回避で後方へステップしていたが、少し遅れたのか身体中に無数の斬り後が見れる。
「次から次へと……何をしやがる? 最早、気が狂ってるレベルだぞ」
「貴様の力を試したいのだ。これから運命を共にする者なのだろう? 容易くリタイアされてはたまらん」
「だから一戦しようってか。はぁ、時間もないって言ってるのに……」
「では、行くぞ。殺す気でっ!」
「死ねばお前も死ぬけどな?! おわっ!」
言葉を残した直後、誠也に黒いオーラの槍が無数に飛び交い、一瞬にして四方八方全てが槍で埋まっていく。変幻自在、遠隔操作、更には詠唱なしときた。見るからに反則級の能力で相手にするのも馬鹿らしくなりそうだ。
複雑な屈折を重ねていく黒い槍は的確に誠也の心臓へ。懸命に回避を仰ぐがそれも体力の問題だ。
「っち、埒があかない……確か力を試すって言ったな!? なら、問おう我が同士の名を! ついでに大罪もな!」
「ふっ、いいだろう。私は『アスクレピオズ』黄道十二星座達を喰らいし、蛇使い座の化身。大罪は【暴食】である!」
名乗りをあげたアスクレピオズより放たれる無数の黒いオーラ。先程より鋭く、速く、そして何より大きさが比ではない。何処へ逃げようと追い付いてくるだろうそのオーラは、ほぼ回避不可能と言わんばかりの攻撃量だ。
そして先程の言葉……蛇使い座の化身『アスクレピオズ』。逸話では、全ての十二星座を喰らう黄道十二星座、十三番目の存在だ。その伝承が正しいのなら触れた時点で敗北は視野に入れて良いのだろう……が、この箱庭に召喚された彼女達フェイカーは何らかの間違いを犯して呼ばれる存在だ。つまり彼女は、このアスクレピオズは____________星座を喰らっていない?
「なのに暴食ねぇ……こりゃ後で事情聴取だな」
そう言って目を瞑り、体の力を全て解放する。脱力としたその姿にアスクレピオズも驚きを隠せずにいたが、それは一時であり、驚愕は疑心へと変わった。何を隠そう、あの無数の黒き雨を全て回避しきったのだ。
瞑っていた瞳が開いた瞬間、まるで全てを起動がわかっていたかのよう演舞を披露するように回避していた。踊り一つ一つは無茶苦茶でも、攻撃はかすり傷一つ付けれていない。
「……驚いたぞ。やっと力量が見れそうだっ!」
怯むことなく闇のオーラをもう一度、雨に変換する。降り注ぐその量は先程の日ではなく、勢いもまた倍以上になっていた。普通であれば回避は不可能……だが、それは絶対ではない。
「必中以外の技は俺には届かない____________『絶対回避領域』」
魔力の帯びた空間が、一瞬にして誠也より広がっていく。すると、その空間に直後に誠也が走り、飛び、宙を舞いながら全てを回避していった。これが誠也の魔術、絶対回避領域……誠也が作り出す空間の中では全ての認識物に回避行動が示される。つまりは、その空間全てを呑み込む以外の攻撃は誠也に決して当たることはないのだ。
「……ふっ……っ……ほっ……!」
「なるほど、良い魔術を持っているな。見事、と言わざるをおえないくらいだ。しかし、これならどうだ?」
グラの偽物が一本の矢を誠也に飛ばすが、これも誠也の前では意味を成さず回避される。しかしその次の瞬間、誠也は驚くべきものを目の当たりにしていた。
「なんだそりゃ……あの一瞬で造り上げたのか?!」
グラの天に掲げる片手から放たれている荒れ狂うだけの竜巻、踊り狂うのみの雷鳴。
グラが生み出したそれは、ただ黒いだけの災害。誠也の領域を呑み込む……そんなのは語弊であり、最早全てを呑み込んでいる。
「これならかわせまい? さぁ、耐えてみせよ人の身を宿し者。星座を喰らいし我が一柱、その名は____________『射手座より受け継がれし太陽の矢』」
ゆっくりと放たれた瞬間、それは既に誠也の目の前にきていた。規模が違う、物量何てものはない。これはこの空間でさえも押さえきれないものだ……このままでは全てが消滅する。決死の覚悟で誠也がもう一度同じ魔術を使い、回避行動を探る。
そして、それが示したのは……。
「真下をぶち破るっ!」
判断している暇はない、と言わんばかりに誠也は渾身の一撃を真下に叩き込んだ。すると、グラの放った技もあってかすんなり破壊され、重力のまま自由落下していった。斜めから放たれていたグラの技は間一髪、誠也を通りすぎ箱庭の世界にあった山一つが吹き飛んでいく。
「はー、馬鹿げた技だことで。強制で箱庭に降りるのは初めてだぞ……」
「よくかわしたな、貴様。まさか我が十二の一柱、所謂、星装までも耐え凌ぐとはな」
「普通の場所なら死んでるわ……全く、これで俺は合格か?」
「勿論だとも。貴様は私の同士として相応しい、これほど本気で戦いに興じられたのはいつ以来か……」
「……あー、感心しているところ悪いんだがな」
落下中に何を言ってるんだ、とは言いたいがそこは我慢だ。今はこの状況をどうにかするしかない。
強制で箱庭に運ばれ、そして恐ろしいほどの魔力の塊を撃ち込んだ。他の参加者が俺らみたいに試し試合などしていなければ、当然の如くこうなるだろう。
「四方八方から強烈なものがこっちに飛んできてるな。なるほど、あれほどの魔力を放った後だ。戦略として当たり前か」
「そういうこと。それで? 何か打開策とかありますかね?」
「ふむ、全てを撃ち落とす……いや、見せしめだ。そのような付け焼き刃では我が体に届かぬと知れ____________『水瓶座より託されし宝壁の盾』」
こうしてまた間違った物語の戦争が膜を開けた。