男子高校だなんて聞いてないぞ
下駄箱に靴を入れ重い足取りで教室へと向かう。僕の教室は下駄箱から近いためすぐ着くのだが、僕はいつもドアの取っ手に手をかけるもなかなか開けられない。どうしてか。それはいつもこのドアを開ける時に思い出してしまうからだ。そう、僕がした人生最大の過ちを。
※ ※
「長谷川まだ進路調査出してなかったよな」
去年の冬皆が、勿論僕も受験勉強に精を出している時期の大切な放課後の時間に僕は先生に呼ばれて職員室にいた。そしていつもなら帰っている時間なのだが僕は今先生の机の横で立っている。
「はい。行きたい高校が特になくて……」
それは僕の本心だった。高校なんてどこも変わらないだろ、そう考えていた。その答えが不満だったのか先生はため息をつくと僕の目を見て言ってくる。
「高校ってのはとても大切なんだぞ。大学入試やそれこそ人生を大きく左右するんだ。適当に選ぶのだけはしちゃだめだ。お前は頭もいいんだから学力的にもA高校なんてどうだ」
そう言って新しい進路調査の用紙を渡してくる。よく考えても僕の行きたい高校が見つからないというのが現状なのだから迷うことも無かった。
「じゃあ、A高校で」
そう即答する。先生が進めてくれるのだからそれなりにいい高校なのだろう。
先生はそう考えた僕に若干驚きながらも納得しているようで、じゃあここで書いてくか、なんて言ってくる。
僕の方も言われるがままに希望高校欄に「A高校」なんて書いた。
そうこれが僕の人生最大の過ちだ。
いま思うとあの頃の僕はほんとに馬鹿だった。A高校のことなんて何も知らないのに先生に勧められただけで決めてしまったのだ。一度家に帰り、いろいろ調べてから決めればよかったのに……。先生も先生だ。何の説明もしてくれないなんて……。
A高校の偏差値が高いこともあり僕は受験勉強をがんばった。目標ができたことでより集中することができた。だがその間も僕はA高校のことを全く調べなかったのだ。何の部活があるのかなど知りたいことは沢山あったが、その調べる時間さえももったいないと感じ調べなかった。友達にもA高校を受験することを言っていなかったため学校で話題に出てくることも無かった。
何度思い出しても驚くが僕は一切A高校について知らなかったのだ。
はあ……。本当に僕はあの頃の僕に言ってやりたい。「勉強よりも一度くらい調べることを優先しろよ」と。
そのまま僕は受験当日までできる限りの時間を勉強につぎ込んだ。周りからはそんなに勉強しなくても余裕で受かると言われていたが、耳を貸したら負けだと考え勉強し続けた。やりたいゲームも見たいテレビもたくさんあったが我慢した。その苦しみも高校生活のためならと乗り越えることができた。
そして迎えた受験当日。ケアレスミスをしないかと僕はかなり緊張していた。受験する人の異常さに気が付かないほどに……。
二日間のテストが終わると僕は大きな達成感に包まれた。自分のすべての力を出し切ることができた。そして確かな手ごたえがあった。国語も数学も理科も社会も。そして苦手であった英語も特に明確なミスもなく乗り切れたのだ。それがたまらなくうれしかった。
そして迎えた受験発表の日、張り出された紙にはもちろん僕の受験番号が乗っていた。受かると確信していてもやはり結果を知ると安心するものだった。
その後A高校の先生から僕は受験でトップだったため主席として入学式で入学生代表の挨拶を任された。普段なら人の前で発表するなど嫌いなのだが、この時は自分の努力が認められているようで気持ちがよかった。
その後家族と先生に報告するとやはり主席になったことに驚いていた。僕自身も驚いたのだから当たり前だろう。
それからは、今までの分を取り戻すように友達と遊び通した。朝から夜まで遊びそれから挨拶の内容を考えて寝る。そんな日々を入学式まですごした。
入学式が近づくに連れてだんだんと緊張し始めた。挨拶の内容を考えても何かがが違うような気がして書き直してしてしまう。それこそ受験勉強が再来したようなものだった。それでもやっと入学式の前日には何とか終わりその日は入学式に向けて早く寝た。
入学式当日、僕は人生で一番かというくらいに緊張していた。受験は少なからず合格できるという自信があったが今回は全く自信がないのだ。朝ご飯はなかなか喉を通らないし、ボタンもなかなか付けられない。やっとの思いで準備を終えるとかなりの時間だった。主役は最後に登場と言うけど本当ににそれをやったらどうなるかわかりきっている。
「行ってきます」
そう言って学校へと走り出した。
「はあはあ」
学校に着くともうほとんどの入学生は入場していた。僕は急いで席に着くと挨拶の台本を読み始めた。完成したばかりで完璧に覚えたとは言い難い状況なのだ。少しでも練習しなければ……。
そうしているうちに開会の挨拶が始まり入学式が始まった。
「入学性代表長谷川ともき」
「はい」
とうとう僕の番が来た。心臓がバクバク言い、頭も真っ白になりそうになるが必死にこらえる。しかしそれもステージに上がるまでしか続かなかった。
なにせ僕はステージに上がって初めて見たのだ。この高校の生徒たちを。そして初めて知ったこの高校のことを。
僕の目に飛び込んできたものそれは一面の男たちだった。
男男男男男男男男男男野郎野郎野郎獣。
体育館をすべて男が埋め尽くしている。スカートを短くして絶対領域がチラリと見えるギャルもいない。もちろん黒髪で清楚な女の子ですら……。
そこで僕の思考は止まり頭の中は真っ白。いや真っ黒に染め上げられた。
※ ※
「ドア開けねぇの」
その声で僕は現実に引き戻された。
「おま、何朝っぱらからそんな顔してんだよ。振られる彼女もできねぇこの高校でそんな顔する理由なんかないだろ」
酷なことを言ってくるクラスメイトに急かされ扉を開く。
やっぱり教室の中には男しかいない。これだけで一日生きていく分の精神力を持ってかれる。
転校しようと何度も考えた。しかし正当な理由じゃないと編入が認められないと聞きあきらめた。いや、もしかしたらこれも正当な理由になるのかもしれないけど……。
「彼女欲しいな」
「当たり前だろ」
「そうだよな。どうやったらできると思う?」
「とりあえず友達になるところからじゃないのか」
「そのワンステップ前ってないの」
「そうだな。曲がり角でぶつかるところからじゃないのか」
「なるほど!」
「ぶつかったらこう手を出してそれから……」
自分が選んだ道が正しいかは行ってみないとわからないものなのだろう。でもその道を間違えたときはどうすればいいのだろう。
その答えを求めるように窓の外につぶやいた。
「女子と話したい」
「「「俺もだよ!」」」
返事が返ってきた。