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死に神は「美少女」に限る。  作者: せりざわ。
第二章 鳩の血社での『審判』
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適性試験④ ドーナツを食べるべし

「夢、見ていて。エル・トラの火事だと思うんですけど、最近よく見るようになって」


 ここまではっきりした夢は珍しい。

 エル・トラでは、年下の面倒は年上の子どもが見ることになっていた。ぼくは母を求めるように年上のお姉さんたちに甘え、膝枕し、添い寝してもらった。


 ぼくの美少女好きの性癖は、そこから生じている。

 ぼくはいまでも、母を求めるように美少女を求めてしまうのだ。


「そんな悪夢はさっさと忘れたほうがいいわ」


 呆れ顔のル・ルーさんは、ぼくにとって見慣れたオレンジの箱を差し出した。アイリッシュちゃん印のドーナツだ。ぎっしり入っているのか、重い。


「一緒に食べましょう」


 予想外の言葉に戸惑うぼくを残し、ル・ルーさんは先に階段を下りると、ピクニックでもするように棺の傍でシートを広げた。ティーカップのセットも持参している。


「なに、その顔は」


 近づいたぼくはよほど不思議そうな顔をしていたのだろう。ドーナツを頬張るル・ルーさんの目つきが険しくなる。


「いえ、屍体の傍で食事するなんて……意外で」


「なぜ? わたしが屍体なら、埋められる前に大好きなドーナツを食べたいわ」


「でも、不謹慎かと思って」


「じゃあ、あげない」


「あぅっ、いります」


 というわけで、ぼくとル・ルーさんは棺を囲んでティータイムを始めた。ドーナツはチョコがけのシンプルなもので、甘すぎず美味しい。


「いつも面接希望者にドーナツを差し入れするんですか?」


「いいえ、必要がないの。一時間もいられない弱虫ばかりだもの」


 たしかにこの雰囲気で屍体と過ごせと云われたら、ほとんどの人間は恐怖のあまり呼び鈴を鳴らすだろう。


「当社は貴族や富豪を対象にしたスペシャルな葬儀を挙げることを売りにしているから、屍体と寝るくらいできないと困るのよ」


 ドーナツを頬張りながら、ル・ルーさんは「適性試験」の意義について語る。


「こんな試験をしなくても、接する機会が増えれば屍体に慣れることはできるわ。だけどベルトコンベアのように物として扱ってほしいわけじゃないの。ひとりひとりの人生に想いを馳せながら、最大限の敬意と哀悼の意をもって旅立ちを見送ってほしいの。……そういうところは、お客様がもっとも見ているところだからね。気持ちが大事なの」


 こんな小さな体なのに、代表としての意識が高いル・ルーさんを尊敬した。

 口の周りについているチョコを舐めてあげたいくらいだ。そんなことをしたらビンタじゃ済まないと思うけど。


「優しいんですね、ル・ルーさんは」


 ちょっとした下心から体を近づけた。いまなら手くらい握れるかもしれない。

 だけど、ル・ルーさんは意味深な笑顔を浮かべた。


「……あら。初めて知ったわ。屍体でも夢を見るのね?」


 おもむろに棺の方を振り返る。ぼくも向き直ろうとしたけど、なぜか体が動かない。


「笑ってごめんなさい。屍体でも夢を見るのが不思議で。そんなに怒らないで」


 まるで屍体と会話しているようで、ぼくの肌がザワリと粟立った。

 立ち上がったル・ルーさんは、爪先を伸ばして蓋を押した。悪魔が開けられないよう重くあつらえられた蓋は重たいものの、なんとか開く。


「あらそう。若者が傍にいると生気が吸い取れるからいい夢が見られるのね」


 若者の生気? ぼくの気だるさは屍体のせい?


「彼はもうしばらく傍にいてくれるわ。たっぷり生気を吸い取っていい夢を見てね。なんなら同じベッドで眠ってもいいかもね」


 尻をついたまま、ぼくはじりじりと後ずさりした。死霊やゾンビなんてものは信じない。屍体にも尊厳があることを理解した。だけど添いベッドインだけは遠慮したい。


「ねぇ、ミリアが云っているわ。ひとりで淋しいから、一緒に眠って欲しいって」


「ちょっと……そればっかりは……」


「あのミリア・フェローよ。美少女好きにはたまらないでしょう?」


 屍体を奪った男たちとも話をした「花園の妖精」だ。

 もちろん見たいけどベッドインは慎んで辞退したいッ。


 ぼくはすぐにでも立ち上がろうとしたけど、まるで力が入らなかった。


「無駄よ。ドーナツに薬を仕込んでおいたからね」


 ル・ルーさんのとびっきりの笑顔が眩しくて、憎たらしかった。

 靴音を響かせて近づいてくると、いとも簡単にぼくを担ぎ上げた。ぼくは体の痺れがあってほとんど抵抗できない。


「寄り添ってあげればミリアも安心する。なにしないわ。なんたって屍体だもの」


 ダメ―、ダメ―、ダメ―。と叫ぼうにもまともに叫べないぼくを高く掲げ、ル・ルーさんは無慈悲に棺の中に投げ込んだ。

 敷き詰められた花が一斉に蜜を噴いたと思った瞬間、ぼくは敢えなく失神した。

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