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死に神は「美少女」に限る。  作者: せりざわ。
第二章 鳩の血社での『審判』
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適性試験② 代表は非情と心得るべし

 白いカチューシャを差した黒い巻き髪、肩を出し、菫色のワンピースで膝上までを隠している。

 瞳は『地獄の青≪ブルー・ダンフェール≫』を思わせる深い紫。伸びた手足は白くて小さい。なんて美しいんだ。眼福。


「うわーん、クロムさんは税金どろぼーですー天誅ですー」


 泣きつくライラさんの背中をさすりながら、天使はぼくのすぐ近くまでやってきた。思わず目眩がした。明るいところで見ると後光が差しているのかと思うくらい可愛い。


「ようこそクロム・クロナ。早速だけど適性試験を受けてもらうわ」


「はい。あれ、でも『奥様』に会わせるって」


 とジルを振り返ると、


「目の前にいるじゃないか。この会社の代表であるル・ルー奥様だよ。他になんだと思ったんだい? マスコットキャラクター? はは、ぶん殴られるよ」


 とびっきりの笑顔で返事があった。


「ジル、発言には気をつけなさい。ほらライラも、ジルの納品の受付をしてあげて」


 自分の倍ほども背の高いふたりに指示する天使は、たしかに代表の風格がある。


「来なさい、クロ」


 手招きされたぼくは、天使に続いて奥へと進む。

 広いエントランスを抜けると、彫刻や絵画が並ぶ回廊に出た。

 絨毯には埃ひとつなく、並べられた美術品もきれいだ。だけどぼくの目線は天使の後ろ姿を追ってしまう。足を運ぶたびふわふわと揺れるワンピースが可愛い。


「あなたが会社の代表だなんて思いませんでした。でも『奥様』って呼び名は」


 ふつうに考えれば『既婚者』なわけだけど。


「ただの通称よ。型通りの意味じゃないわ。周りが呼び始めたのを好きにさせているだけ」


 返ってきた答えに安堵した。既にだれかのものになっていたらイヤだと思っていた。


「クロ、あなたのことを調べたわ。ギルマン棺桶屋はうちと取引があるの」


「ぼくも、カードに書かれた住所とおじさんのところに来る手紙の差出人が一緒だと気づきました。だから廃業しないよう依頼を?」


 おじさん宛ての手紙を開封したことはないけど、取引ということは、この会社では木材や塗料を扱っているのかもしれない。

 社名の「鳩の血」は最高級のルビーのことだから、棺に埋め込む宝飾品ってこともあり得る。


「そうよ。ロゼウス氏の造る棺は芸術品に匹敵する美しさ。くだらない理由で廃業されたら困るもの。あなたを警察に突き出さなかったのもそのため」


 短い時間でそこまで手を回すなんて、たしかに会社の代表だけある。


「シークレット求人をくれたのは、お金の心配をしてくれたんでしょうか?」


 あるところで天使の足が止まった。目の前には鉄の扉が立ちふさがっている。


「そうね。穀潰しの養子が働くようになれば、ロゼウス氏も仕事に専念できると思ったのよ。ちょうどウチも人が欲しかったし」


 ぼくのためではなくビジネスパートナーであるおじさんのために仕事を斡旋してくれたと云い張っているけど、心遣いが嬉しい。

 さすが天使。「死ねばいい」とぼくを突き放したのも、ぼくを奮い立たせるためだったのだ。

 心も天使だ。


 鉄の扉が開く。ひんやりとした空気に包まれた。天使がランプを手に先を歩き、ぼくが続く。

 長い階段が地下へと伸びていた。


「ここって、どんな仕事をするんですか? ぼく、初めてで」


「随分余裕があるのね。云っておくけれど――まだ、適性試験は始まっていないのよ」


 ようやく階段が終わる。閉ざされた空間の中に、棺がひとつ置いてある。棺をぐるりと囲むようにして天使像が十体ほど並び、手には火のついた燭台を掲げている。


「この棺で眠る『屍体』と一晩共にすること。それがここ、葬儀屋を営む『鳩の血葬儀公社』の適性試験よ。明朝、迎えに来るわ」


 頭の中が真っ白になった。

 葬儀公社――葬儀屋。嘘だろう?


「ちょっと、まっ……」


 すぐさま反論しようとしたけど、天使はすでに背中を向け、階段をあがっている。その背に純白の翼があると信じていたぼくは、無我夢中で追いかけた。


 しかし、一歩遅かった。ぼくの目の前で扉が閉ざされる。施錠されてしまったのか、いくらノブを捻っても手応えがない。留置所の檻のように、目の高さの位置にちいさな覗き穴が空いて光が差した。ぼくはそこに向かって抗議する。


「こんなのってあんまりですよ。葬儀屋なんて聞いてない。見ず知らずの屍体と一晩過ごせだなんて、監禁もいいところだッ」


 思いつく限りの抗議をし、扉をガタガタと叩いた。

 たっぷり十秒沈黙したあと、覗き穴の向こうで天使がため息をついた。


「がっかりだわ。相変わらず運任せなのね。鳩の血社という名をすこし調べれば葬儀社だと簡単にわかるはずよ。ロゼウス氏に尋ねる機会もあったでしょう。そのくせ、電話での事前連絡も寄越さず、求人チラシに則った「適性試験」が不当だとわめくなんて恥ずかしくないの?」


「うっ」


 ぼくの非常識さを指摘されてしまっては、反論できない。


「いい機会だと思うわ。そこで一晩ゆっくりと考えたらどう? ロゼウス氏へはわたしから連絡をしておくし、食事もきちんと提供するわ。「適性試験」だもの。あなたに人間としての「適性」があるのかどうか、自分の中で精査しなさい。そこで眠る屍体とあなたがどう違うのか、よく考えなさい。もしどうしても耐えられなくなったら、このドアの近くに事務所につながる呼び鈴があるから鳴らしなさい。もちろん、その時点で不合格」


 覗き穴がふさがり、足音が遠ざかっていった。


「天使――じゃなくてル・ルーさんッ」


 心を込めて愛称を呼んでみたけど、足音が聞こえることはなかった。耳鳴りがしそうな沈黙が残る。

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