適性試験① 面接にはあらかじめ電話連絡すべし
扉の横に、紐で首を括られたガイコツがだらりと下がっている。
もちろん作り物だと思うが、ただでさえ怖いのに「呼び鈴はガイコツの口の中」と丁寧な張り紙がある。最悪だ。
ぼくがやってきたのは西区、グノスメイジャン通り四番地。カードに書かれていた住所だ。
来るのは初めてだけど、葬儀に関する副葬品――花や棺桶、蝋燭、死に衣裳などあらゆるものが揃う『死出の回廊』と呼ばれる通りだ。
本来であればおじさんの棺桶屋もここに軒を連ねていてもおかしくないんだけど、元は家具屋だったこともあり東区に店を出している。
例のガイコツの口内に恐る恐る手を突っ込み、喉仏に位置するスイッチを探り当てた。押すしかない、よな。
「ケタケタケタケタ」
スイッチを押した途端、ガイコツが動いてむちゃくちゃ怖かった。十歩近く後ずさりしてしまった。しかし呼び鈴はちゃんと押せたらしい。
「サバ? どちら様ですか?」
拳が入る程度に扉が開き、左半身だけが見えた。ぎょろりと見開いた目が怖い。
「その声はライラさん……ですよね。クロムです。昨日は失礼しました」
「サバ?」
どうやらライラさんは古い言葉を使うらしい。
たしか「サバ」は、古い言葉でÇa va ?(元気ですか?)の意だったはずだ。そう問いかけられたときには、決まった返答があったはず。
「……サバ。サバサバ?」
元気です。そちらは? という意味で答えた。
「――ふざけているのなら帰ってください」
と扉を閉められてしまった。そんなつもりじゃなかったのに。
「すいません。不快だったら謝ります」
昨日のことがあったせいか、ライラさんの対応は冷たい。
誠心誠意を込めて謝罪した。やっと半分ほど扉が開く。
「面接ですか? 電話で都合を確認してから訪れるのが筋ではありませんか?」
うぐ。失念していた。高給に浮かれて直に来てしまった。
「一報を入れなかったのは……すいませんでした。都合が悪いのなら、一時間でも二時間でも待ちますから、試験を受けさせていただけませんか?」
ここで引き下がるわけにはいかないと、ぼくも粘った。どうやら熱意が通じたらしい、先ほどよりも扉の開きが大きくなった。肩くらいなら入りそうだ。
相変わらず、目玉がぎょろぎょろと動いて不気味だ。
「クロムさん。市街地で見つかった身元不明の屍体ってだれが処理するかご存知で?」
なんだそれ。もしかして適性試験か?
「えーと。警察、かな」
「警察官へのお給料はだれが払っているでしょう?」
「国です。国民から徴収した税金を」
「法人と国民が納める税金の比率は?」
「五分五分……くらいでしょうか?」
この不毛なやり取りはなんだろう。
「Non !(いいえ)七対三で明らかに法人がぼったくられているんですーッ」
はげしく目玉が動き、血管がぷくりと浮き立った。
「つまりですね、あなたが死のうが生きようがどうでもいいのですが、その屍体は会社がやっとこ納めた税金で処理されるのです。その額三十万ペルカ。ドブに捨てるようなものじゃないですか。たったひとりの身勝手な死人のために三十万ペルカ……あぁ、ドーナツ何百個買えるんですか。あぁ勿体ない」
ん? ん? ん? クエスチョンしか浮かばないんですが。
「なので不合格ッ」
バタン。と扉を閉められてしまう。
「え、ちょ、ちょっと」
全然ついていけませんでした。マッハで置いていかれました。
慌てふためき、扉を叩いていたぼくの後ろから笑い声が聞こえてくる。顔立ちのきれいな少年が、おおきな箱をいくつも抱えて近づいてくるところだった。
「やぁ、面接希望の方ですか?」
「はい、でも閉め出されてしまって。サバ、とか、税金がどうとか」
「なにか嫌われるようなことでもしたんだろう」
満面の笑みに心を抉られる。嫌味がないだけにきつい。少年はぼくの前で扉を叩き、中に向かって声を張り上げた。
「ライラさん、ジルです。気に入らないかもしれないけど奥様に会わせてあげてくださいよ。人手が足りないのに、重箱の隅をつつくように粗を見つけて何十人門前払いする気ですか? そろそろ人が来なくなりますよ」
少年――ジルの呼びかけに応じて扉が開く。今度はぼくやジルが入れるよう全開だ。佇んでいたライラさんは目玉がギョロギョロと動く玩具を片手に持っていた。
「だって。胸揉みくちゃにするし、死にたいとか云うし。ライラは最初から反対でした」
と泣きべそをかいている。ジルが手を伸ばし、よしよしと頭を撫でた。
「ライラさんは怒っているんです。一昨日あなたが死のうとしたことを。秘書兼経理としては見過ごせない税金の無駄遣いですよね。そう思いません?」
「……えーと」
同意を求められても、どう応じていいのかわからない。
そもそもなぜ、ぼくの「死にたい」発言をジルやライラさんが知っているのだろう。
「あら、まだ生きていたのね」
エントランスから二階へとのびる階段。敷き詰められた赤いカーペットをゆっくりと降りてくる人影を見て、ぼくはすべてを悟った。
――あの、天使だ。