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死に神は「美少女」に限る。  作者: 芹澤
第一章 『死に神』は美少女がいい

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アルカナの祝福

 腕を組んでぼくの言い分に耳を傾けていた少女が口を開いた。


「恩知らず」


 侮蔑された。


「変態」


 罵倒された。


「ばか」


「いくらなんでも云いすぎじゃないですかッ」


 我慢しきれず思わず食ってかかるが、ぼくのほうが劣勢だった。


「美少女偏愛主義のど変態で、ごく潰しの恩知らずということでしょう」


 仰向けに倒れているぼくの鎖骨あたりにヒールを乗せている少女も、アイリッシュ・ビスクちゃんに負けず劣らず「美少女」なんだけど、これは一体なんの罵倒プレイ?


「そんな云い方は心外だ。ぼくだってそれなりに考えて」


「……だれがタメ口で話していいと?」


「痛い、いたいた、すいませんすいません、心よりお詫び申し上げますーッ……うげげぇ」


 言葉尻が乱れたのはヒールをぐりぐりされて息が詰まったせいだ。


「それで? おじさまが廃業を決めて、このままでは生活できないと焦り犯人を捕まえて褒賞金をもらおうと初めて来た場所で犯人と遭遇した……ということね」


「大体そのとおりです。だからぼくは無実です」


「罪状がつかないだけで、あなた自身は十分犯罪者レベルだけどね」


 と、おみ足を引く少女。ぱんぱんとスカートを叩くと土埃がぼくに降りそそいだけど、ローアングルからの見学料だと思えば文句は云うまい。


「あなた、名前はなんといったかしら?」


 ぼくは少女の前に跪くような形で起き上がり、目の前に突き出された形のよい顎のラインを堪能した。


「クロム・クロナです」


「そうだったわね、変な名前だと思ったわ」


 少女はとことんまでぼくを貶める気だ。


「いまお世話になっているおじさん……ロゼウス・ギルマンおじさんとは血のつながりはありません。ぼくは孤児なんです」


「同情しろとでも? 嘆かわしいことだけれど、いまどき孤児なんて珍しいものじゃない。十数年前には疫病で多くの人が亡くなった」


 頑ななまでに突き放す少女に、ぼく自身も意地になって身の上を語ってしまう。


「そうなんです。ぼくの両親も生後間もなく流行り病にかかって相次いで亡くなったんですけど、預けられたエル・トラ孤児院が火事で焼失してしまったんです。クロナの姓は父方のものらしいんですけど、親戚も見つからず、奥さんを亡くして独り身だったおじさんの養子になったんです」


 両親との死別と火事。これが先に云った危機のふたつだ。


「――……」


 少女の瞳がわずかに翳った。晴れ渡っていた空の太陽が、一時的に雲に覆われたかのような些細な明度の差だけど。


「ふぅん。あのエル・トラの生き残りだなんて、随分運がいいのね」


 当時三歳だったぼくは覚えていないけど、周囲の話によるとエル・トラ孤児院の火事は凄まじいものだったという。

 木造の教会、寄宿舎、孤児、信者たちを包みこんだ火は周囲の民家にも手を伸ばし、鎮火までの五日間、地獄の業火のように濛々と黒い煙を吐き出しつづけた。空は漆黒に染まり、降りそそいだ雨も灰混じりの血反吐のようだった。

 火事の原因は未だ不明で、放火という噂もある。千人近い死者を出した火事で、火の中心部にいたぼくがほぼ無傷で助け出されたのは奇跡とも云える。

 もっとも、奇跡的に生き延びたぼくはいま、退学・白い目・ドーナツお預け・刑務所行きの危機という四重苦で瀕死の状態だ。


「あなたの事情はわかったわ。見逃してあげるからさっさと帰りなさい」


「はい……って、協力者ってことにしてもらえないんですか? ぼくだって頑張ったのに」


「甘いわね。砂糖菓子よりも甘いわ」


 少女の顔が不快そうに歪む。


「危険を承知で屍体を装い、警察が血眼になって探しているJokerの手掛かりを捕まえたのよ。たまたま張っていた場所でたまたま犯人と出くわしたあなたとは覚悟が違う。一銭も渡す義理はないわ」


「うぐ、たしかに正論ですけど、それでも手柄が欲しいんです。廃業しても国から恩給がもらえるっておじさんは云うけど、そういうことじゃない」


 生活なんかどうでもいい。おじさんに迷惑をかけただけでなく、棺造りにかけるおじさんの誇りまで奪ってしまったことが心苦しいのだ。


「あなた、認められたいのね。犯人を捕まえるくらい勇敢で強いって、誇りたいのね」


 少女の目には、ぼくの浅はかな思いなどお見通しなのだろう。

 そうさ。だからぼくのことは気にせず仕事を続けてくれ――と、胸を張りたいのだ。いまのぼくは、単なる疫病神でしかない。


「お願いです。このままじゃぼくは……死ぬしかない」


 ミルゼア教において「死」は天国からの招待であり、転生に至る階段の一歩だ。


 経典ではこう謳う。

 早すぎる死を嘆くことはない。それは天から選ばれた証なのだから。

 遅すぎる死を嘆くことはない。それはまだなすべきことがあるのだから。

 人にはそれぞれ「なすべきこと」があって、それを全うした時点で天国への招待状が届き、迎えの天使とともにゆくことになる。恐れることではない。


 だけどぼくは……たぶん、どっちでもない。本当なら、死んでいたはずなんだ。エル・トラの火事で。


 「死ぬしかない」発言にさすがに面食らっていた少女は、ゆっくりと歩み寄ってぼくの顎を捉えた。指を揃えて乱暴に顎クイしてくる。間近に迫った瞳は怒ったように燃えていた。


「それなら、死ねばいいじゃない」


 ドンッと銃で眉間を撃たれたような気がした。それほどの衝撃だった。


「こほん、失礼。云い方を間違えたわ」


 手を離し、わざとらしく咳をした少女は深々と息を吸う。


「死にたければ死になさい。善は急げ、いますぐに。ただし、離島で野垂れ死ぬか、大海原の真ん中で入水するかどちらかを選びなさい。だれの邪魔もせず、だれにも迷惑にをかけず、ひとりでひっそりと、遺言も別れの言葉も残さず、跡形もなくこの世からいなくなりなさい。いいわね」


 投げつけられる言葉はマシンガンのようにぼくの全身を貫き、心をえぐる。

 そんなの――。と叫ぼうとしたとき、首の後ろに衝撃を受けた。あらゆる神経回路が断絶されたかのように、ぼくの体は地面に叩きつけられる。


「死にたくない、まだ死ぬのは早いと思うのなら、空っぽの頭をフル回転させて、どうしたら死ななくてもいいのか、死ぬ気で考えなさい」


 薄れゆく中で、少女の声を聞いた。

 あるいは、幻聴かもしれない。


 目が覚めたときには、男たちの姿も棺もなく、もちろん少女もいなかった。ぼくはコンポストに顔を突っ込まされ、異臭漂う生ごみの中で目覚めた。


 雨が強くて幸いだった。すこしは臭いも落ちるから。

 だけどすぐには立ち上がれなかった。


 夜の静けさが戻ってきて、やっと頭が冷えてきた。一生に一度、お目にかかるかどうかわからない美少女に対して、バカみたいなことを云ってしまった。

 呆れられただけでなく、軽蔑され、嫌われたかもしれない。

 でも「死ねばいい」だなんて、ひどすぎないか? ぼくだって、生まれた意味が欲しい。ミルゼア教で謳う「なすべきこと」を知りたいし、全うしたい。


 泥のように重い体を上げてようやく歩き出したものの、足は鉛のようだ。

 街燈に群がった虫が、ぱちり、ぱちり、と爆ぜる。

 霧が拡がり、いつしか自分がどこを歩いているのかわからなくなった。手足の感覚はにぶく、水の中を泳いでいるような感じだ。身体の芯から冷えてくる。

 両親を亡くし、火事で孤児院も失くしたぼくには、本当の意味で『帰る場所』など存在しないのだ。


 家路は、果てしなく遠い。


「クロム、帰ったのか」


 灯りの消えていた家に戻ると、おじさんの声がぼくを迎えた。奥の扉が開き、ランプを片手に近づいてくる。ランプ程度の輝きも、いまのぼくには眩しい。


「ごめん、起こしちゃった?」


「年寄り扱いすんな。まだ六十八だぞ。見ろ、この若々しさ」


 と袖をまくって自慢の力こぶを披露したあと、年季の入った皺を目元に刻んだ。


「奥で作業していてな。廃業するにも、まだ仕事が残ってンだ。迷惑かけねぇようちゃんと終わらせないとな。『魔術師』の名にかけても」


 おじさんの左腕には、『ⅰ(アン)』の刺青ヘナが彫ってある。躍動する筋肉の上で毛虫のように揺れる文字。それは、「アルカナの祝福」と呼ばれる。


「アルカナの祝福……そうか、それだ」


 ぼくの全身にビリリと雷が走った。

 この国の子どもは、生まれると三年以内にアルカナの祝福――つまり洗礼を受ける。

 アルカナとは建国の英雄である初代二十二人と末裔のことを指す。それぞれがタロットの大アルカナに準じた能力や職業適性を持ち、両親は任意のひとりの元に出向いて、アルカナ本人の血を一滴垂らした精油でわが子の体を洗うのだ。そうして加護を受ける。必ずしも子どもの職業や将来に影響をもたらすわけではないけど、いわゆる護符みたいなものだ。

 おじさんも専門職の象徴である『魔術師』のアルカナから祝福を受け、こうして棺桶屋を営んでいる。だから筋骨隆々な二の腕には、祝福を受けた『しるし』としてアルカナの順番である『ⅰ』の刺青が浮かんでいるのだ。


 ちなみに、祝福を授かる行為自体は両親の任意なので、国民の全員が授かっているわけではない。子どもの可能性を縛られたくない自由主義者や、国に批判的な考えの者、他国からやってきた移民などの無縁者エミグレ。そして、生まれて間もなく両親を亡くし、祝福を受ける機会のなかったぼくのような孤児には刺青がない。


「クロム。口、開きっぱなしだぞ」


 我に返り、慌てて口を閉じた。困惑した様子のおじさんに一歩詰め寄る。


「おじさん、ぼく、アルカナの祝福を受けたいんだ」


 ぼくの運がことごとく悪いのは、アルカナの祝福を授かっていないからかもしれない。いや、そうに違いない。


「いまから、か?」


「うん、ゆくゆくはと思っていたんだけど、決めたよ。ぼくみたいな孤児でも、十年以上国に住んでいれば権利があるって聞いたよ。年齢は関係ないって」


「しかしなぁ」


「だれでもいいんだ。祝福をもらえるのなら、なんだってする」


「百万ペルカ、だぜ?」


「――ひゃくまん?」


 ぼくの意気込みに急ブレーキがかかった。

 いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……んんんん? アイリッシュちゃん印のドーナツは一個三百ペルカだ。


「……差し支えなければ、おじさんの月給は?」


「そうさなぁ。良くて七万ペルカってところか。決して高くはないが、これで生活できる」


 七万。その約十五倍。信じられないッ。


「元々の趣旨はこの国で生まれた子どもたちへの贈り物だからな、だれもかれもと際限なく血を求められても困るんだ。リスクもあるし、百万ペルカくらい要求するのが妥当なんだ。新生児だったら、産まれて三年以内に、月に一度順番で執り行われるアルカナの礼拝に出向けばいいんだけどな」


 おじさんの声も、遠くに聞こえる。


「百万……百万……」


「仮に金が用意できたとしても、直近の礼拝当番は――って、おい」


 ぼくは真夜中なのも忘れて外に飛び出していた。

 百万、百万、百万ペルカ。

 どうしても手に入れなければいけない。

 うっかりしていたけどアイリッシュちゃんもアルカナのひとりだ。『星』のアルカナとして、きらめく瞳で軍の慰問やぼくら市民への広報活動を行っている。


 百万、百万、百万ペルカ。

 それさえ手に入れられれば、ぼくはアルカナとしてのアイリッシュちゃんに会い、しかもなんら非難されることなく血(の入った精油)をもらえるのだ。

 あぁ、アイリッシュちゃんの血(の入った精油)。

 欲しくないわけがない。


 ――いや、正直に云う。

 欲しい。めちゃくちゃ欲しい。

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