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死に神は「美少女」に限る。  作者: 芹澤
第六章 ぼくの『運命』

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ぼくはこうして死にゆく

「――集まった信者の諸君」


 ディオンの姿で声を発すると、聖堂内のざわめきが消えた。

 二階から見下ろした堂内は活気とも違う異様な空気に満ちている。


 人、人、人。

 そして眼、眼、眼。


 ルフの葬儀で襲撃してきた人たちもいる。すべての視線がぼくに集まっている。ぼくの次の言葉を待っている。


 だからぼくは応える。

 一身に寄せられる期待を。

 全身で受け止め、そして――砕く!


「悪いけどさー、気が変わったからさっさと帰ってくれないか?」


 鼻の穴をほじりながら告げたぼくに、階下の信者たちがどよめいた。


「導師さま、一体、なにを」

「私たちをよりよい世界へと導いてくださるのではないですか?」

「お願いしますッ」


 ふふん。残念ながらぼくは「導師」ではない。姿を借りている(正確には取られた)だけだ。


「よく聞けバカ者ども。おまえたちは死んで楽になりたい、来世では報われたいなどと思いながらも自力では死にきれなかった弱虫だ。そんな腰抜けどものためになんでこのぼくが罪を犯すんだ? ばかか、ばかだろ。死にたければ勝手に逝け。ただし、だれにも迷惑かけず、だれの邪魔にもならず、離島か海のど真ん中で死ぬんだ」


 出会ったときの、ル・ルーさんの苛立ったような顔を思い出す。

 ここにいる信者たちはあのときのぼくだ。死にたいと思いながらも、なにもせず動こうとしなかったぼくだ。


「わたしたちを見捨てるのですか?」

「助けてください。導師さまッ」


 悲痛な叫び声が響く。だけどぼくの心は微動だにしなかった。


 幸せになることを他人任せにしている信者たちが悪い。

 もちろんそれは、すこし前までのぼく自身なんだけど。


「いいか。おまえたちは運が悪いんだ。運が悪いからこの世に堕ちてこうして苦しんでいる。生まれた意味なんて探すだけ無駄。なにも期待されていないし、なにも託されていない。世界を救う使命もないし、幸せになる保証もない。なにもない。最底辺にいる。だれのせいだって? 自分の胸に手を当てて聞いてみろ。幸せになるための努力を捨てたのはだれだ?」


 ざわつく聖堂内。

 演説なんてしたことがないぼくの膝はガクガクで、気を抜けば卒倒しそうだ。

 だけどルフが腰に腕を巻きつけて支えてくれている。


「考えてもみろ。立派な人間、なすべきことをなした人間はもう天国に招待されている。おまえらはその足元にも及ばない。惰性で生きているだけだ。先立った人たちを見習って、いまよりほんのすこしでも天国に近づけるよう死んだ気になって生きてみろ。死ぬために生きるんだ」


 死ぬために生きろ。生き続けてくれ。


「ネバーランドはある。天国はある。あるに違いない。そこでの幸せな暮らしが待っていると思えばもうすこし……もうちょっとくらい、頑張れるだろう? なぁ、やってみろよ。やる前から諦めるくらいならやってみろよ、なぁ」


 ふっと腰が抜けて、ぼくはへなへなと座り込んでしまった。


 だけど残った力を振り絞り、なんとか左腕を突き上げる。

 みんなに見えるように。届くように。


「Bonne chance !」


 指で十字をつくり、心から、叫んだ。


 ここまでがぼくの限界だった。


 いまの言葉は、ほかのだれでもない自分自身に向けた言葉だった。

 あのときのダメな自分に対するエールだった。


 聖堂内は相変わらず混乱していたけど、ぽつりぽつりと批判的な意見が出てきた。


「ふざけてる。どうにもならないから来てるのに」

「あんな失礼な人間、初めてだ」

「最初から怪しいと思っていたのよね」


 興ざめしたように、次々と大聖堂から人が去っていく。


 見たか、中身のないぼくの演説を。怒ってみんな帰っていく。

 そうさ、帰れる場所があるのなら帰るべきなんだ。


 ぼくはフェロー夫妻の後ろ姿を見送った。足取りは重い。ぼくの想いが通じたという確証はない。

 だけどふたりの手はきつく結ばれている。いますぐではなくても、その手を必要としている子どもがどこかにいるはずだ。


「なにをしているッ」


 血相を変えて駆け寄ってくるのは「ボク」――ディオン先生だった。

 事態の急変を悟ってル・ルーさんとフォルトゥナも武器をしまって駆けてくる。一瞬目が合ったル・ルーさんは力強く頷いてくれた。

 良かった、ぼくは間違っていなかったんだ。


「残念でした。みーんな怒って帰ってしまいましたよ。美形は嫌われると辛いですね」


「ふざけるな」


 掴みかかってきたディオン先生に力いっぱい殴られ、口の中に血の味が広がる。


「クロッ」


 ル・ルーさんが駆け寄ってこようとする。


「いいんです、これは……これがぼくのなすべきことなんです」


 顔を真っ赤にするディオン先生を遠慮なく殴り返した。自分の体だからって手加減なんかしない。


「ディオン先生。あの火事のとき、あんたはぼくが生き延びたせいで儀式が失敗したと思っただろう。だけどちがうんだ。本当はもっとたくさんの人が命を存えた。ぼくは何人もの信者とすれ違っていた」


 腹を殴られ、脛を蹴られた。だけど必死に顔を上げた。ここで屈したら負けたことになる。


「他にも裏切り者がいたと云うのか?」


 掴みかかってきたディオン先生に、二階の手すりにぐいぐいと押しつけられた。背中が反り返り落ちそうになる。だけどぼくは喋り続けた。


「裏切りじゃない。死ぬのが怖かっただけだ。人間なんだから当たり前だろう。どんなに洗脳教育を施しても、人の根底までは変えられない。それにさ」


 千人輪廻回帰術。なんてばかげた名称だろう。


「よく考えろよ。千人きっかりを一度に殺めるなんて、難易度高すぎるだろう。そんな不可能を実行しようとしたエレクトラって人は、単に道連れが欲しかっただけだよ。救うという名の殺戮で英雄を気取りたかっただけなんだ」


 だってそうじゃないか。息子を求めて自ら命を絶つ機会はいくらでもあったはず。

 それを「恨み」だの「救う」だの口実をつけて、結局生き延びただけだ。

 聞こえのいい「名誉」を求めていただけだ。


「ル・ルーさん。いまです、鎌を」


 ぼくはディオン先生の背中に手を回してがっしり掴んだ。絶対に放すものか。


「クロム、おまえ、」


「ル・ルーさん早くッ」


 抵抗するディオン先生を抑えておくには限界がある。いましかない。


「ま、待ちなさ」


 駆け寄ろうとしたフォルトゥナにルフが抱きついた。

 青白い炎が全身に走ったかと思うと、フォルトゥナががくりと膝をつく。


「ねぇさま、ごめん、なさい」


 ありがとうルフ。


「ル・ルーさんッッ」


 ル・ルーさんが跳躍した。ぎらりと鎌が光る。


 あぁ、やっぱり怖い。

 でもきっと大丈夫さ。ぼくはル・ルーさんを信じている。

 ぼくは「なすべきこと」をなした。なにも未練はない。これが運命だ。


 さぁ、このまま天国まで跳んでいこう。

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