表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に神は「美少女」に限る。  作者: 芹澤
第六章 ぼくの『運命』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/41

ル・ルーを追って

『知らないこと、わからないことばかりで不安だったよね』


 はじめはなにもわからなかった。ル・ルーさんは意地悪で、ライラさんは冷たかった。


『危険な目にあって、怖かったよね』


 教会で襲われたり、刺されたり。怖かったさ。ぼくは凡人で、臆病なんだ。


『役に立たなかったり、置いていかれたり、つらかったよね』


 そうさ、ぼくは役立たずだ。自分の体ひとつ守れない。


『だから、ぜんぶ、忘れていいよ。それはあなたに必要のない記憶』


 記憶の糸が、ほどけていく。

 ぼくの中から抜けていく。


 消えていく。


 ぼくは手を伸ばし――――そして、糸を掴んだ。

 手応えがあった。決して放してはいけないという、たしかな想いがあった。


「あぁそうさ、ぼくは臆病で役立たずで美少女好きのどうしようもない人間だ。だけどそんなぼくだって意地がある。大切なものを守る覚悟くらいある」


 ぼくは、ぼくの意志でしっかりと記憶の糸を掴んだ。

 大切なものはいつだってぼくの中にある。

 渡すものか。

 たとえ、きみにでも。


「――ルフ。いるんだろう。これ以上ぼくの記憶をいじるな」


 自信をもってその名を呼んだ。

 同じ道の周回。記憶の逆戻り。術。これを扱える相手はルフしかいない。


 返答はない。立ち止まり、じっと周りに目を凝らす。霧の動きに変化はない。


「ルフ、姿を見せろ。見せないと……怒るぞ」


 云ってみたものの、こんな脅しが通じるとは思えない。

 だから、どこかから伸びてきた手に握りしめられたとき、驚いたのはぼくのほうだった。


「クロ、怒る、だめ。ごめんなさい」


 ぼくの手を握るルフの姿。太ももにまで届く銀髪をひとつにまとめ、背中に流している。


 ぼくはルフに向き直り、小さい子に云い聞かせるように視線を合わせた。


「お願いだ。この霧を止めてくれ。ぼくはル・ルーさんを追わなくちゃいけない」


 しかしルフは頑なに首を振る。


「だめ。ベアトリス、悪い人」


「なにが、悪いんだ?……ぼくの母さんを、殺したかもしれないこと?」


 先ほどの問いかけに、ル・ルーさんは答えなかった。だからこれは確証がない。ルフの知る事実と突合しようとしているだけだ。

 ルフは首を振る。


「ルフの、にーさま、殺された」


 ルフの兄ってだれことだ? ル・ルーさんに殺されたのか?


「……あっ」


 ルフが小さく叫んだ。と同時に、ぼくらの頭上を覆っていた霧が糸のようにほどけて青空が見えた。

 ぼくが握りしめていた記憶の糸も消え、心なしか頭がすっきりした気がする。


「術の礎、ベアトリス、破った」


 別行動をとっていたル・ルーさんが術を突破したらしい。

 霧はしだいに薄れ、街の全景が見え隠れするようになった。ぼくは素人だから術の原理はわからないけど、ル・ルーさんは霧を発生させていた人物がルフであることや、ぼくに接触することで術の「礎」が手薄になることを承知していたのかもしれない。


「行かなくちゃ、ねーさまを、守らなきゃ」


 振りほどかれたルフの手を、今度はぼくのほうから掴んだ。


「ぼくも行く。連れて行ってほしい」


「だめ、一緒、だめ」


 いかに拒まれても、こればかりは譲れない。

 ル・ルーさんはひとりで行く気だ。ぼくを置いてひとりで戦うつもりだ。

 たぶん最初からそのつもりで、ルフが現れることを想定して、足止めのためだけにぼくを連れてきただけかもしれない。


 ひどいや。

 ぼくはル・ルーさんのことを知ったつもりでいたけど、実際はなにもわかっていなかったんだ。

 悔しい。あんまりだよル・ルーさん。


 ――元気でね。


 あんなことを云わせるつもりはなかった。


「ルフは、お姉さんのこと、好き?」


「うん」


「ぼくのことは、好き?」


「うん」


「ルフが好きなぼくからのお願いだ。ぼくを行かせて欲しい。だってぼくはルフがお姉さんを好きなくらい、ル・ルーさんのこと……」


「好きなの?」


 先に云われてしまった。ぼくは苦笑いするしかない。


「うん。かなり」


 だってよく考えてくれ。ル・ルーさんは『死に神』で、葬儀屋の代表で、本当はエリアーデさんと同い年(たぶん二十代半ばくらい)だけど、見た目は小さな女の子なんだ。


 胸はぺったんこだしお尻も小さいし、くびれなんて色っぽいラインもない。

 守りたいと思わせる、ただの女の子なんだよ。


 小さい体に似合わない鎌を持って、ひとりディオンのもとに立ち向かったル・ルーさん。

 あの背中を追いかけたい。

 役に立たないことは承知している。迷惑をかけるかもしれない。だけどぼくは男だから、好きになった女の子を放っておくことなんてできないんだ。

 

 だって、カッコ悪いじゃないか。


「もし願いをきいてくれるならなんだってする。フォルトゥナも守るよ。約束だ」


 ぼくは最低の男だ。ルフの想いを逆手にとって、自分の目的を果たそうとしている。

 だけどいまは他に手がない。鬼にも悪魔にもなってやる。


「――……わかった。約束」


 ルフの顔にうっすらと笑顔が浮かぶ。

 霧は跡形もなく消え去り、教会へと続くまっすぐな回廊を浮かび上がらせた。


 ルフと手をつなぎ、歩き出す。


「ルフも、本当は、ベアトリス、嫌いじゃない。『塔』のしるしを持っていたルフを、外で育てようとしてくれた人、だから」


「……それって、ルフがル・ルーさんにリバースをかけたときのこと?」


「うん。エリアーデ、教えてくれた。生まれてすぐ閉じ込められたルフに、ベアトリス、優しくしてくれたって。だけどルフ、力が強くて、ベアトリスに、リバースした」


 ル・ルーさんは、幽閉されることを宿命づけられていた『塔』を救いたかったのだろう。そう思って関わりをもった。リバースをかけられたのは予期せぬ事故だったのだ。

 本当にもう、ル・ルーさんは。


「ちなみにルフっていま何歳?」


 ル・ルーさんの話からすると、フォルトゥナとルフの母親はすでに亡くなっている。

 だけどルフはどう見ても十歳くらいで、フォルトゥナとは年が離れすぎている。


「ん、と」


 ルフは両手を広げた。


「指十本。うん、十歳か」


「それと」


 つづけて片手を広げた。指五本。


「――十五歳って、ぼくと同い年? 信じられない」


「ねーさまに、云われた。冷たいところにいたから、ルフ、いろいろ遅れてる。言葉も、体も、胸も、お子ちゃま」


 なるほど。幽閉されていた影響で、知識や言語能力だけでなく体にも影響が出ているのか。

 ルフは自分の平らな胸を撫でていたが、おもむろに指を止めて顔を赤らめた。


「でも、好きな人できたら、すぐに大きくなるって。ねーさまみたいに、でっかく」


 フォルトゥナはとんでもない巨乳じゃないか。ぜひ健やかに育ってもらいたいものだ。


「導師、こちらにいらしたのですか」


 密集した民家の先に目的の教会の鉄塔が見えたころ、ぼくの隣に馬車が並んだ。

 馬車を停めて駆け下りてきたふたりは……フェロー夫妻だった。


「娘の着替えをとりに屋敷に戻りましたら、霧に行く手をふさがれてしまいました」


 ぼくがディオン先生だと信じて話しかけてくる。

 もしル・ルーさんが一緒だったら疑いを抱いたかもしれないけど、先生に味方していたルフが一緒だから疑う余地がないのだろう。

 つまり、ディオン先生はまだ「ぼく」の姿を見せていないということだ。


「儀式に間に合って良かった。これで私たちも娘の元に行ける」


 なんてことだろう。ふたりはディオン先生の儀式でミリアを追いかけようとしている。

 そんなことってあるか。ぼくはミリアじゃないけど、彼女がそんなこと望んでいないと断言できる。


「さ、導師。信者の方々も大聖堂で心待ちにしております。ぜひともお言葉を」


 ぼくは喉元まで出かかった怒りの言葉をなんとか呑みこんだ。


 冷静になれ。

 ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。


「――あぁ、すぐに行くよ。案内してくれるかい?」


 ぼくの変貌ぶりに、ルフが不安そうに瞳を揺らした。


「……ど、したの?」


「どうもしないさ。ぼくはぼく、ディオン・ダーリングだ」 


 中身はどうあれ、ぼくの容姿はディオン先生本人。

 つまり、ぼくの言葉はディオン先生なのだ。


 ならば方法はある。だれも死ななくて済む方法が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ