ディオンとサン・ローズの香水
「どうされました? 導師」
馬車の中、フォルトゥナから借りた鏡に映る姿を見て、ボクはため息をついていた。
クロム・クロナ。儀式の失敗の原因であるこの体にしがみつき、奪うことに成功した肉体。
改めて見るとなんとダサいことか。
重たげな黒髪はろくに整えもせずテキトウに伸ばしていて、目は寝不足のように腫れぼったい。体つきは悪くないが、いかんせん関節が固い。
「新しい肉体がご不満なのですね」
「やむを得ないとはいえ、大いに不満だ。おまえもそう思うだろう? フォルトゥナ」
「そうですね。以前は、すれ違った通行人が最低でも三回は振り返るほどの美貌でした。ですがわたくしは、いまのお姿も嫌いではないのです」
「どういう意味だ。この男にどんな魅力があるというんだ」
「敢えて申し上げるとすれば、隙、ですわ。無防備で頼りなくて覇気もない。そういうダメな男に誘われる女もおりますの」
「おまえのように、か?」
「ふふ、だれとは申し上げておりません」
フォルトゥナはボクの三つ下だ。
学院にいたころから優秀で、気高く、美しい。ルカ先生も一目置くような存在だった。
数多の男からの求婚を断り、二十九歳になったいまもまだ独り身を貫いているという。
「まだ処女ということはあるまいな」
冗談のつもりだったが、フォルトゥナは思わせぶりに笑った。
「確かめてご覧になりますか?」
と上掛けを脱ぐ。純白の肌がきらめいた。
「この肉体では少々不便だ」
「お任せいたしますわ、すべて」
と肌をすり寄せてくる。ふわりと香水が漂った。
「……同じ匂いがする」
ルカ先生がつけていた香水だ。フルーツのように甘く、匂い立つ。
抱きしめようと力を込めたものの、逆にフォルトゥナは体を引いてしまった。
「百種、です」
「なにがだ」
「自分に見合う香水を探し、百種の香水を試しました。けれど回り回って、どうしてもこの香水に戻ってきてしまうのです。導師が好きで……わたくしも好きな匂いはこれだけです」
サン・ローズ。太陽の薔薇という名のついた香水は、ルカ先生の人柄そのものだった。
ルカ先生は『太陽』だ。
だれにでも優しく、だれにでも暖かい。
だれにでも。
車窓に教会が見えてきた。人だかりができている。
ボクの再来を待ち望んでいた信者たちだ。
もうすぐ儀式が執り行われる。
現世で惑う千人の命を一度に絶ち、輪廻転生を行う秘術。
他者によって命を絶たれた者は、女神によって救われ、よりよい来世へと生まれ変わる。千人を殺め――いや、救った術者は、すでに天国の門をくぐった魂をひとつだけ取り戻せる。
『千人輪廻回帰術』
もうすぐ、ルカ先生に会えるのだ。




