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死に神は「美少女」に限る。  作者: 芹澤
第五章 『太陽』を求めて

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刈られた魂

「自分の体に戻るつもりでしょうけど、無駄よ」


 『死に神』の声が響き渡る。ほんとに、嫌味なくらい澄んだ声だ。ボクは笑顔で訴えた。


「ル・ルーさん、なにしてるんですか。ボクはライラさんを」


「白々しい演技はいらないわ。ディオンでしょう。興奮して鼻が膨らむ癖、変わらないのね」


 あぁ本当に、こいつは昔から。

 ルカ先生の授業で机を並べていたときからずっと、気に入らなかったんだ。

 七つも年上のボクを、見下して。


「……取引しないか? ベアトリス」


「しない」


「そう? 悪くないと思うんだ。もしきみがボクの体を返してくれたら、ボクはこの肉体から離れる。クロムを解放するよ」


「到底受け入れられないわ。あまりにもあなた優位の取引じゃない。クロムの中に意識の断片を残しておくことも、クロムの肉体のまま自分の体を奪う可能性だって否定できない」


「じゃあさ、きみの鎌でボクの魂を狩るといいよ。『死に神』の鎌は肉体から魂を引き剥がすものだ。表層にあるボクの魂を刈れば、クロムの魂が残る」


 ベアトリスは黙っている。


「きみはボクに体の場所を教えてくれるだけでいい。そしてボクの魂を刈り取るんだ。刈り取られた魂は宙に投げ出され、ふつうなら天へ召される。ボクは意地でも自分の肉体にたどり着くつもりだけど、失敗したらそれまでだ。天国行き。きみのことだからどうせ周りに人をつけていて、ボクがうまくたどり着いてもすぐに捕まえる算段だろう? どう? きみにリスクはない。クロムは戻り、ボクは捕まるか死ぬか、どちらか」


 ベアトリスはなおも黙っている。黙るということは、考える余地があるということだ。もうひと押し。


「ボクは自分の体に戻りたいだけなんだ。今際の際になんとかしがみついただけで、この体に執着する理由はないんだ。早く抜けたい。それにさ」


 『死に神』の最大の弱点を、ボクは知っている。


「きみは人を殺したくないだろう? ルカ先生を殺したように、クロムを殺すのかい?」


 鎌が揺れ、明らかに動揺している。

 たっぷり数十秒経ったあと、ベアトリスは鎌を持ち直した。


「体は……サン・ルシェル教会にあるわ」


「――ありがとう。行ってみるよ」


 頷いて、ベアトリスに向き直った。目を閉じ、懺悔を受けるように首を傾ける。

 鎌を下ろすまでの、わずかな逡巡があった。わずかな、けれど、絶対的な隙が。


 空を切って鎌が下ろされる。

 その瞬間、「ぼく」は叫んだ。


「――ル・ルーさ」


 衝撃があった。

 鎌は実体を切るものではない。

 だけど、すさまじい痛みと闇にすべてが支配され――「ぼく」が刈られた。


「残念だったね、ベアトリス」


 素早く立ち上がったボクは、油断したベアトリスの足を薙ぎ払った。短く悲鳴をあげて棺の中に倒れこむ。

 ボクはそこへ跳びかかり、首を絞めた。


「残念だったねベアトリス、残念だったね本当に。いまきみが刈ったのはボクじゃない。クロムさ。瞬間的にクロムを表面に押し出したのさ。はは、きみはひどいねベアトリス。大事な社員を、ルカの子どもを、その手で殺したんだからさ」


 ベアトリスの悔しそうな顔。最高だ。泣いている。最高だ。


「奥様ッッ」


 足音が響いたかと思うと、マッチョと少年のような女が現れた。リリィとジルだったか。


「ライラさんが大変なことになっているから来てみれば、クロムさん奥様になんてことを」


 なるほどね。ライラを吊るしたのは失敗だったな、目立ちすぎる。クロムだと油断していたライラを失神させ、一本一本紐で体を締め上げていくときは愉しかったけど。


「ち、違うんです。ボクはライラさんを助けに来たんです。そうしたらベアトリスが」


 ボクの言葉に、リリィが叫んだ。


「ベアトリス? あなたクロムじゃないわねッ」


 床を蹴り、ジルとともに跳びかかってきた。

 ボクは体をひねってかわす。そうだ。クロムはベアトリスをル・ルーって呼ぶんだった。失敗失敗。まぁいいか、どうせみんな死ぬんだし。


「……あらなに、この臭い」


 リリィが体をくねらせる。その隙に脇を抜け、ついでに後ろから蹴りを加えておいた。急所を押されたリリィが前のめりになって膝をつく。すかさず扉を閉め外から施錠した。


「導師、こちらです」


 階下から声がする。フォルトゥナとイルフィナだった。


「ご苦労。首尾は?」


「くまなく火をつけました。間もなく屋敷全体に広がりましょう」


 ボクが一階へ降りると、ウサ耳をしたイルフィナが怪訝そうに首をかしげた。


「クロじゃ、ない」


「こちらはディオン導師。わたくしたちを新しい世界に導いてくださる方です」


「体はサン・ルシェル教会にあるらしい。これから確保に向かう。準備はできているか?」


 フォルトゥナはおおきく頷いた。


「はい、すでに信者たちが導師の到着をお待ちしております」


 ボクはふたりを連れて屋敷を出た。しかし意図せず、足が止まった。

 クロムの残滓がそうさせた。


 焼け落ちる屋敷。崩れていく柱。

 ここに戻ってくることは二度とない。

 はからずもクロムの願いが叶ったのだ。


 ボクは腹の底から笑ってしまった。

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