おじさんは棺桶屋
「ごほん。クロム、もう一度確認する。そこに座れ」
話は昨夜にさかのぼる。
留置所から釈放され、一週間ぶりに自宅に帰ったぼく。身元保証人として迎えに来てくれたロゼウスおじさんは、道中無言を貫いていたものの、シャワーを浴びてリビングに戻ったぼくをソファーに座るよう促した。
ぼくは一週間分の埃がたまったソファーを軽く払って腰を下ろした。根っからの職人であるおじさんは家事全般が不得意なので、すべてぼくが請け負っていた。
薄暗い天井灯の下、向かい合って座るロゼウスおじさんの眼光は鋭い。
「屍体強奪事件に関して、おまえは一切関与していない。間違いないか?」
同じことを留置所でも耳にタコができるくらい訊かれた。答えは同じだ。
「なにも知らないし、なにもしていない。ミルゼア教の女神ルシカに誓う」
「間違いないな」
「もう百回くらい誓っているよ、留置所でね」
おじさんの顔は怖いけど、問いかける声は怖くない。犯人と決めつけて尋問してきた警察と違い、大前提としてぼくを信じてくれている。捕まってから釈放されるまでの一週間、毎日のように面会に来てくれたことをぼくは忘れていない。
「それなら、どうしておまえが疑われたんだ? 噂を聞く限り、複数犯による計画的な犯行じゃねぇか」
ぼくを担当していた警察官によると、この半年で、あわせて十体の屍体が強奪されているという。手口は様々で、病院で臨終を告げられた直後に葬儀屋を装って連れ去る場合もあれば、屍体安置所に侵入して強奪する場合もある。乱暴なときは、葬儀の最中に銃を発砲し、混乱に乗じてさらうこともあるらしい。
犯人に共通点はないが、奪われる屍体は決まって貴族や商人など金持ちの令嬢で、生前「美少女」と呼ばれていた十二歳までの少女だ。
不意の病で命を落としたばかりか、体に瑕をつけられるかもしれない。それを恐れた遺族は云い値で身代金を支払うが、それきり犯人は連絡を絶ってしまい、警察も手掛かりを掴めていないらしいのだ。世間の厳しい目もあり、焦りがあるという。
「それがさ、ぼくの容姿が、最近真夜中にうろついている不審な男に似ている……って云われたんだけど、まったく心当たりがないんだよ。云いがかりだと思わない?」
「ん? あ、あぁ。そうだな」
なぜか歯切れの悪いおじさん。
「まぁ、自覚がないならいいんだ」
ぼくにはわからないことを呟いたきり、思いつめた顔でうつむいてしまった。
微妙な沈黙が流れる。
「おじさん? どうしたの」
肉刺だらけのおじさんの手が、所在なさげに揺れている。
「悪かったなぁ、クロム。おれが棺桶屋なんてやっているから、疑われたのかもしれねぇ」
おじさんは棺桶屋だ。死期を間近に控えた老人や、余命わずかな病人から生前予約という形態で注文を受け、オーダーメイドの棺を造っている。金属製の棺が大量生産される時代であっても、おじさんは木材にこだわっている。
棺の主が希望する「理想の棺」は、ノアの方舟型や馬車型なんかは序の口で、聖書、東洋の城、ワインボトル、魚、子宮など様々だ。おじさんは求められる形の輪郭を木材に描き、パーツごとに切り出して組み立てる。
接着したあとは滑らかな光沢になるまでひたすらヤスリをかけ、植物由来の塗料で着色する。細部にもこだわり、ボトルのラベルや魚の鱗まで再現する腕前は、若いころ家具職人として培われたものだ。
病の床に伏した奥さんが「明るく楽しいキャンディーのような棺に入りたい」と望んだことが、棺桶屋に転身したきっかけだという。
生前予約が基本だけど、遺族や葬儀社から急きょ連絡を受けて、二、三日で棺を造ることもある。オーダーメイドで造るから、世間的には伏せられることも多い死者の年齢や性別、身長から体重、死因という情報が入るのだ。
つまり身近にいるぼくには、それらの情報を入手するチャンスがある――というのが警察の言い分だ。
だけど、それこそ女神に誓っていい。自宅の一角にあるおじさんの工場に、ぼくは足を踏み入れたことがない。
もちろん興味本位で入ろうとしたことはあるけど、真面目なおじさんらしく、使わないときは部屋の扉は二重に施錠されているし、作業中に扉を開けようものなら顔面めがけてノコギリが飛んでくる。「神聖な場所に入るんじゃねぇ」とすさまじい剣幕で怒られるのだ。
食事や来客があったときは工場につながっている紐を引き、鈴で知らせて反応を待つ、というルールが厳密に運用されている。
棺の主にまつわる資料なども、几帳面なおじさんの手ですべて工場の机にまとめられているようなので、ぼくが死者について知る機会は万に一つもない。
「悪かったなぁ」
机に額をこすりつけるおじさん。空咳で揺れる肩。頑固で厳しいおじさんが謝る姿なんて見たくない。
「おじさんは悪くないよ。警察が無能なだけだ。退学のことだって、寄付金で運営されている学校だから疑わしい生徒を置いておけなかっただけなんだよ。真犯人が捕まれば、挽回の機会をもらえるはずだ」
「しかしなぁ」
「美少女が好きなのはぼくの性癖であって、加齢臭が漂いはじめたおじさんとの暮らしが息苦しいわけじゃないんだよ」
「しかしなぁ」
「ご近所の白い目がなんだっていうんだ。ぼくは元々他人の目を直視する勇気なんてないから、目が白くても黒くても、たとえ金色になっていたとしてもわからない。だから」
「いいんだ、クロム」
ぼくの言葉を遮るように、おじさんが笑った。
「そう遠くないうちに、廃業しようと思っている」