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死に神は「美少女」に限る。  作者: 芹澤
第三章 『塔』の葬儀

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【幕間 Xからの手紙】

「サバ? きょうはお疲れでしょう」


 クロムを送るため遠回りして帰社したル・ルーに、一足先に戻っていたライラは労いのコーヒーを煎れた。


「本当ね。『優しいふり』なんてするものじゃないわ」


 クロムを膝枕したスカートを手のひらで払う。


「従業員の心を気遣うのも代表者の務めだから仕方ないわ」


「ふふー、お顔、赤いですよ?」


 指摘されたル・ルーは拗ねたように唇を尖らせ、角砂糖をぽいぽいとコーヒーに投げ入れた。溶けきれずにコーヒーの中でうず高く積もった砂糖をスプーンでかき混ぜる。そのまま口元に近づけたものの、口をつけずにソーサーに戻した。

 コーヒーの表面がかすかに揺れている。ル・ルーは目を細めて波紋を見つめていた。


「ねぇライラ、甘いものが欲しいわ。『血しぶきカフェ』で買ってきてくれない?」


「すこし時間がかかりますが?」


「あそこの血まみれチョコがいいの。お願い」


「わかりましたー」


 ライラは慌ただしく事務所を後にする。残されたル・ルーは小さく咳払いした。


「なんの用かしら?」


 だれにともなく声をかける。


「エリアーデといいあなたといい、許可なく侵入するなんていい度胸ね。訴えるわよ」


 ふつふつと鍋が煮えるような笑い声とともに、天井辺りから不気味な声が降ってきた。


「オイラはなんでも知っている。二階の窓がいつも開いていることも、単に除湿のためだってことも。オイラはなんでも知ってる。唯一知らないことは、ベアトリスのスリーサイズ……」


 次の瞬間ティーナイフが天井にめりこんだ。


「要件だけ告げてさっさと消えろと云ってるのよ、『吊るされた男』のシグ」


 苛立った声に応じて、壁に影が浮かび上がった。頭から爪先までをすっぽり覆うローブをまとって、蓑虫のようだ。アルカナの絵柄が示す通り、逆さ吊りの状態になっていた。


「ちぇ。きょうこそはスリーサイズを訊こうと思っ」


「棺に閉じこめて火葬用の窯に放り込むわよ」


「おっかねー」


 シグはごそごそと懐をあさると、取り出した黒い封筒を投げて寄越す。

 『吊るされた男』はアルカナ間のメッセンジャー(伝達人)として動き、アルカナにしか読めない暗号つきの封筒を配達するのだ。

 ル・ルーは早速封筒を開いた。


「"XVI" FEGWE.」


「4OG#LMKT#E.TK4PET#QTE」


 一見でたらめな文字の羅列に見えるが、ある法則に基づくと意味のある言葉になる。


「"XVI" FEGWE.」

(十六番目『塔』は生きている)


「4OG#LMKT#E.TK4PET#QTE」

(裏切り者がいる可能性が高い)


「ふぅん」


 ル・ルーは素早く文面に目を通すと、ライターの火で跡形もなく燃やした。


「これはだれが発信した手紙?」


「オイラは専用ポストに入っていたものを回すだけだ。署名がないならわからない」


「専用ポストって、あれでしょう? 広場にある『真実の口』」


「そうさ。黒い封筒は印刷してアルカナ全員へ、青い封筒は特定の個人へ、白は回覧。それだけだ。たまに間違って一般人が恋文や不幸の手紙を入れることもあるが、小銭が入っていることもある。ぜんぶオイラがもらう」


 つまり、だれがなにを投函したのか。シグにとってはどうでもいいことなのだ。


「あなたも読んだでしょう? 警告というよりは、アルカナ間で疑心暗鬼を起こさせる陽動作戦としか思えないんだけど?」


「さぁな。オイラには関係ない」


「あなたと話していても時間も無駄ね。もう帰っていいわよ」


 事務室の窓を開けてやると、シグの姿がゴムのように伸びて壁を伝った。

 もともと実体ではないのだ。シグは自分の分身を何十体も作り出せる力を使い、一手に配達しているだけだ。ここにいるのは幻。だから時間の無駄なのだ。

 シグの姿が窓の向こうに消えた、かと思いきや。


「忘れてた。オマエ宛てだよ、ベアトリス」


 机の上にぽん、と青い封筒を置いて、シグの気配は完全に消えた。

 青は個人宛て、すなわちル・ルーに向けた手紙だ。裏側の差出人の署名を見たル・ルーは怪訝そうな顔をしたものの、細い指で丁寧に封を切った。


「Chrome F0QHDKMKW#R……X」


「ただいま戻りましたー。ドロドロの血しぶきチョコ……サバ?」


 血まみれチョコを手に戻ったライラは、外套を羽織って出掛けようとしていたル・ルーと出くわした。


「ハズレよ。大ハズレ」


 憤然とした表情を浮かべているル・ルーは、かすれた声で呟いた。


「サバ? もう夜遅いですよ?」


「ちょっと出かけてくるわ。人探し。しばらく戻らないかもしれない」


 きゅっと引き結んだ唇には、強い決意とともに緊張の気配が宿っている。ライラは長年の付き合いでル・ルーの覚悟を悟った。


「わかりましたー」


 自分にできることは見送ることだけ。

 ライラは腰をかがめて視線をあわせると、母親のように笑いかけた。


「行ってらっしゃいませ。灯りをつけて待っています」


「オイル代もバカにならないんだけど?」


 皮肉たっぷりの言葉にもライラは慣れた調子で返す。


「かかった分は、私のお給料から引いておいてくださいー」



 どこまでも飄々としてマイペース。だからこそライラはル・ルーの秘書でいられるのだ。


「……冗談よ。必要経費に決まっているじゃない」


 押し負けたル・ルーだが、先ほどの顔の強張りはほぐれていた。


「ついでにお願いがあるの。この封筒を処分しておいて」


 青い封筒をライラの胸元に押しつける。


「処分、ですかー?」


 アルカナ間でやりとりされる極秘の手紙は、復元できないよう処分する。それがマナーだった。ライラのような第三者に処分を託すことはありえない。ふつうなら。


「そうよ。跡形も残らないよう、ライオンに食べさせちゃって」


 ル・ルーは精一杯の笑顔を浮かべると、振り返らず事務所を出て行った。

 残されたライラは、ル・ルーをあそこまで動揺させた封筒に目を落とす。


「Chrome F0QHDKMKW#R……X」


 そこに、ル・ルーの文字で追記がある。


「Chrome KUTI "XXI" T#E. Chrome 0-B#DW……XⅢ」


 ライラに読めるのは冒頭の「クロム」と差出人の「X」「XⅢ」だけだ。

 だからこそル・ルーは云ったのだ。「ライオンに食べさせろ」と。

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