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死に神は「美少女」に限る。  作者: 芹澤
第三章 『塔』の葬儀

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「運命の輪」フォルトゥナ

 長い長い沈黙のあと、ル・ルーさんはぽつりと呟いた。


「西区の、ルクレ花屋」


 エリアーデさんの眉がぴくりと吊り上がった。聞き覚えがあったみたいだ。


「ありがとう。――ライオネル」


「はい」


「これよりルクレ花屋の店主――『運命の輪』フォルトゥナ・アトラの身柄確保にあたる」


「御意」


 立ち上がったエリアーデさんは、走行中の馬車の扉を開けた。突風が吹き込んでくる。


「テディ、先に行くわ。悪く思わないでね」


 ふわり、と体が宙に舞った。庭先に積まれていた藁草目がけて落下し、すぐさま体勢を立て直す。

 近くにつながれていた馬に乗ると、慣れない服装にもかかわらず、目にもとまらぬ速さで駆け抜けていく。目の前で馬を盗まれ呆然としていた家主に、ライオネルさんは数枚の硬貨を手渡すと、自らも馬を奪っていった。なんという豪胆さ。


「クロ、扉を閉めてちょうだい。髪が乱れるわ」


 ぼくは云われるまま扉を閉め、落ち着きを取り戻したル・ルーさんと向かい合って座る。


「あの……すいません、でした」


「あなたのせいじゃない。隠していても、いずれはわかったこと」


 懇意にしている花屋の店主がアルカナ『運命の輪』であると、ル・ルーさんが知らなかったはずはない。かばう、とまでいかなくとも、自分で話をつけるつもりだったのかもしれない。


「フォルトゥナはアルカナでもあるし、薬にも詳しい。ルフを仮死状態にした上で、外に出たところで蘇生させるつもりだったのよ」


「でも、葬儀を催したのはエリアーデさんの一存でしょう?」


「そうね、元々は屍体安置所で蘇生させるつもりだったのでしょう。エリアーデの行動は誤算。だけど、どちらでも構わなかったのよ、たぶん」


「わざわざ仮死状態にしなくても、術かなにかを使えば脱獄させられたんじゃないですか?」


「ルフが捕らえられていた牢獄は国の最奥で、警備も厳重。脱走の手引きも困難。それに比べると、死んだことにすれば警備が手薄な場所に移されることは間違いない。『塔』が死んだと知ったアルカナたちも油断するし」


 アルカナたちが油断する。それはつまり、アルカナたちにとって『塔』の存在が恐怖ということだ。

 ぼくの眼差しを受け止めて、ル・ルーさんはおおきなため息をついた。


「本来は国家機密だけど、協力してもらう以上、クロにも教えておくわ。ルフはね、罪を犯して投獄されたんじゃない。その能力を恐れたアルカナたちによって幽閉されていたの」


 ル・ルーさんやエリアーデさんのような「アルカナ」が恐れる能力? 想像できない。


「ルフは様々な事象を『戻す』力があるの。その中でアルカナが恐れているのは、逆位置リバースの能力」


 ル・ルーさんはクロコダイル調のセカンドバックから一枚のカードを取り出した。現れたのは塔のタロットカードだ。高く築いた塔に雷が落ち、人間が投げ出されている絵柄。


「アルカナに象徴されるタロットカードには、正位置と逆位置があるのはわかるでしょう? その位置によって意味が変わることも。通常アルカナは正位置オバースで、それぞれの力を持つ。ルフは――『塔』のアルカナは、他のアルカナの位置を変えることができるの。リバースの力を受けたその瞬間、わたしたちは逆位置の意味をもつ、王国の敵になる。本人の意識や記憶とは関係ない。すべてを覆す強制力がある」


 話を聞くだけで、危険な能力に思える。


「元々『塔』はアルカナが反旗を翻した場合の切り札として存在していたの。だけどアルカナが何世代にもわたって交代していくにつれ、リバースの能力の危険性のみが注目されるようになった。だから軟禁することで安心を得ていたの。わたしも、エリアーデもね」


 罪を告白するような云い方だった。


「かつてのアルカナたちは、『塔』の存在を恐れ、子どもを生ませずに血を断つ方法をとったというわ。だけど無意味だった。『塔』が死んで数年が経つと、他のアルカナと同じように、まったく関わりのない赤子が『しるし』をつけて生まれてくるの。生まれ変わりとばかりにね」


 諦めにも似た眼差しで天を見上げるル・ルーさん。疲れているように見えた。


「『塔』は戒めなのよ。アルカナだって人間だもの。いくらでも間違いを犯す」


 ル・ルーさんの素直な気持ちを、ぼくは聞いた気がした。

 いつか、ル・ルーさんが『死に神』になった理由を訊きたいと思う。

 だけどいまはこれだけで十分だ。


「クロ。きょうは疲れたでしょう。貸してあげてもいいわ、膝」


 乱暴に肩を引かれ、ぼくの頭はル・ルーさんの膝に乗った。唐突にある可能性に思い至る。


「もしかして、貸すってことは有料ですか? いまお金持っていませんけど」


「構わないわ。給与から天引きしておくから」


 ひどい、鬼畜だ、と泣きたくなったが、この弾力と香り。そして髪を撫でる手。天国だ。

 『塔』の屍体が盗まれて大騒ぎの中、大変不謹慎だと思うが、ぼくは幸せな気持ちだった。

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