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死に神は「美少女」に限る。  作者: 芹澤
第三章 『塔』の葬儀

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消えた屍体

 全身の筋肉が張りつめた。自分の両腕が別物のように持ち上がり、ぼく自身の首を絞めた。まるで別人が力を加えているようだ。やめろ、やめろ、と叫んでも、指先に込められた力は揺るぎない。

 遠のく意識を、なんとか振り絞る。


 死にたくない、死にたくない。それだけを願う。

 死にたく、ない。


 想いがピークに達したとき、ふいに指先の力が緩んだ。ちゃんと呼吸ができる。強い疲労感があるものの、体の自由は取り戻した。


「ふしぎね。わたくしの預言に逆らうなんて。よほど強い加護を受けているのかしら」


 疲労困憊で動けないぼくを見下ろしていた女は、服の上から左腕に触れてきた。生地越しに手の熱を感じる。痛いくらいだ。火傷の痕が息を吹き返したように拍動して、全身へ痛みを拡げる。脂汗が浮かんで、無性に喉が渇いた。


『――あついッ』


 瞬きすると、ぼくの目の前を火の粉が舞っていた。雨のように降ってくる。


『熱いよ、熱いよ、助けてよ、だれか――みんなッ』


 この声はぼくだ。エル・トラの火事に見舞われたぼくの叫び声だ。


 ぼくは走った。先生がいる礼拝堂へと。

 熱でドロドロに溶けた礼拝堂の扉は、幸い、ぼくひとりが通れるだけの隙間を作ってくれていた。


『せんせい、先生、火です、燃えてます、逃げないと』


 祭壇に佇む背の高い人影に向かって、ぼくは叫んだ。

 炎の熱気で、頭がおかしくなりそうだった。顔も体も、ぜんぶ熱い。痛い。


『先生、はやく。みんなを助けて』


 先生に駆け寄ろうとしたぼくは、なにかにつまずいてバランスを崩した。それは真っ黒に焼けた人間だった。

 通路を埋め尽くす、おびただしい数の人間。友達や、信者さん。


『ディオン先生』


 ぼくはようやくしがみついた。先生に。


『逃げる? バカなことを云うな』


 先生が声を震わせる。


『どうしておまえは逝かないんだ。みな、ボクの言葉に従って炎に包まれたのに。どうしておまえだけが生きている?』


 それは、ぼくが列から離れたからだ。トイレに行きたかった。それだけだ。


『この『儀式』には、千人の命が必要なんだ。ひとりたりとも、欠けてはいけない。それなのにおまえのせいで』


 振り返った先生は、見たこともないおそろしい顔をしていた。

 ぼくは恐怖のあまり後退る。


 こんな先生は知らない。怖い。怖い。怖い。

 ぼくは逃げようとしたけど、先生の手が素早く伸びてきて左腕を掴んだ。

 骨が折れるような衝撃と熱とで、ぼくは叫んだ。


 ――たすけて。助けて、おかあさん。

 いままで一度も口にしたことがない名を、そのとき初めて呼んだのだ。


「あら、なんてこと」


 女の手が離れていく。ぼくは脱力感でいっぱいになり、その場にうずくまった。あの熱を思い出して、まだ息苦しい。


「まさか「ここ」にいらっしゃったとは」


 どうして女がこんなに楽しそうなのか、ぼくにはわからない。あまりいい予感はしないけど。

 体を起こす気力もないぼくの顔を、女の冷たい指先が捉える。そのまま上向きにされて、なにかの儀式のように唇をあわせた。凍てついた唇の感触に、ぼくは身をよじる。それが精一杯の抵抗だった。


「『預言』します。あなたは目覚める。もうすぐ」


 なにを云っているのか、もはや考える力もなかった。しだいに意識が遠のいていく。だけど、乱れたフードの隙間から、二の腕の刺青が見えた。


「いいのよそれで。眠って、忘れてしまいなさい。『運命の輪』はもう狂いはじめたのだから」


 ぼくは抗えず目蓋を落とした。



 ぼくはどれくらい眠っていたのだろう。

 目を開けると、ル・ルーさんの怒ったような顔が目の前にあった。


「あ、うぁ、すいません、すぐ仕事に」


 上体を起こそうとした途端、上から額を叩かれた。


「いいから寝てなさい。自分の状態が確認できるまで、むやみに動かないほうがいいわ」


 と無理やり頭を押された。枕にしては温かいと思ったら、なんとル・ルーさんの膝枕。弾力があるのにやわらかい。


「クロ。そのままでいいから、口を動かしなさい。どうしてあなたが倒れていたのか、わたしたちがいなかった間の一部始終を教えなさい」


 ル・ルーさんの言葉には、焦りのようなものが含まれていた。眼差しも鋭い。

 傍らで腕を組んでいるエリアーデさんも、別人のように険しい顔つきだ。


 ぼくは一部始終を説明した。と云っても、エリアーデさんが離れた後『だれか』がやってきた――という曖昧な云い方しかできなかった。


「それだけ? 特徴は? 性別は? 人数は? なにか云ったの?」


「……わかり、ません」


 ついさっきのことなのに、思い出そうとすると言葉に詰まる。頭の中に靄がかかったように記憶が曖昧になり、交わした言葉も思い出せない。おかしいと思うのに、記憶が輪郭を失う。

 

「ここまで不自然に覚えていないということは、なんらかの術をかけられたということね。襲撃してきた女を問い詰めたけれど、知らないの一点張り。女は一方的にエル・トラ孤児院の考えに傾倒していて、この辺りの住民に教えを説いていたみたい。でも、なんの力もないただの民間人。なんでも『塔』の礼拝があると手紙があり、象徴として手に入れたかったらしいの。手紙の差出人は不明。あたしが爆炎に気を取られている隙に現れ、まんまと計画を果たしたというわけ。たぶん手紙の主と同一犯」


 エリアーデさんが素早く状況を整理する。


 計画が果たされた? どういう意味かわからない。


「見てみなさい。自分の目で」


 ル・ルーさんの手を借りながら、ぼくは上体を起こした。


「屍体が――……ない」


 ぼくはようやく事態の深刻さを悟った。

 花びらが敷き詰められた棺の中は、空になっていたのだ。

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